第364話 女斥候、目の前の戦闘に圧倒される
「強い……」
激しい戦闘を目の当たりにして、傍観者の眼で感嘆の声を漏らすエコ。
いざという時に備えて……『魔女』シプトンの助言から、ルーガ、クリシュナの両名へと付き添う形で動いていた彼女は、ただただ、眼前で繰り広げられている戦いの、力の奔流のぶつかり合いに圧倒されるばかりだった。
これが、こちらの世界の実力者の戦い――――!
確かにボスモンスターは強い。
シプトンの事前予測だと三体。
そのうちの一体である、『暴風』をまとった巨大な樹は確かに強かった。
まるで、超大型の台風に直撃されたような風に襲われ、少し離れた場所から魔法で援護するだけのエコですら、身体が浮き上がる感覚に危機を感じているほどだった。
だが。
それ以上に、味方であるはずのルーガ、クリシュナ。
そのふたりの力が異常だ。
まるで、ボスモンスターの脅威を感じさせないほどの魔法の力。
斥候職であるエコは、敵の能力を看破する系統のスキルに長けている。
なので、それぞれ三人の力を『鑑定』『看破』しようと試みたのだが。
何とか、読み取れたのはボスモンスターである『暴風の樹』、そしてその樹が使役する眷属だけだった。
名前:サイクローネ
年齢:◆◆◆
種族:はぐれ樹人種《風嵐樹》(ドリアード)
職業:『迷宮森林《風》』の管理者
レベル:◆◆◆
スキル:『風の理』『風魔法』『風刃乱舞』『枝葉手裏剣』『飛翔』『滑空』『風斬り召喚』『台風の眼』『精気吸収』『◆◆◆の加護・再生』『源泉との直結』
名前:エアロスの影
年齢:◆
種族:風鼠種(モンスター)
職業:サイクローネの眷属
レベル:◆◆
スキル:『風魔法』『飛翔』『滑空』『風波乗り』『神風特攻』『かまいたち』
風をまとって、空を飛びながら、嵐を生み出してくる巨大な樹。
その樹の周囲から産まれては、風に乗って自爆攻撃を仕掛けてくる、見た目は大き目なモモンガのような影絵のモンスター。
この眷属も、どうやら、サイクローネという樹が無尽蔵に生み出すことができるらしく、相当の数がルーガたちへ目掛けて突進していくのだけど。
『少しずつ、使い方が慣れてきましたね』
「うん――――!」
パーティーを組んでいるおかげか、エコにもクリシュナが何を言っているのかが理解できるようになっていた。
何と、このふたり、この状況にも関わらず、『魔法』の修行をしているのだ。
しかも、相手が『風属性』特化であることを承知で、あえて『風魔法』をぶつける形で。
ルーガが、パーティーを組んだ者の能力を我が物にできる、というのは聞いていた。
それが『魔王の欠片』の特性。
だからこそ、クリシュナもそれを利用して、ルーガに自分の力の一部を分け与えて、力の使い方を教えているのだが――――。
問題はその規模だ。
『全力は引き出さずに。今はわたしが補助していますが、それだけに過剰な力になってしまいます。大事なのは必要に応じた力の使い方です。ルーガ、貴方が自らの魔力を枯渇させないように。貴方が協力者の魔力を奪いきらないように』
「わかったっ!」
『サイクローネたちと同じ程度に力を抑えなさい。同量の把握。そして相殺。それを狙うことで、巨大な力をコントロールしながら、巨大な力に慣れることができます。そのためには、サイクローネは打ってつけです』
『風魔法』同士のぶつかり合いが一番被害が少ないですから、とクリシュナ。
それを聞いて、エコも理解する。
どうやら、クリシュナは目の前のボスモンスターを倒しきる意図はないようだ、と。
嵐と嵐のぶつかり合い。
でも、それの実情はただの魔法の訓練。
そして、その信じられない光景はエコに別の認識を与えていた。
これが『魔王』の力。
そして、これが『森の守護者』の力。
まさしく、同じ人型の一個の生き物が行使できるような力には収まっていない。
現実の世界であれば、一騎当千など生易しい。
対軍、対艦隊兵器。
それを無手の存在が身体に有しているのに等しい。
いよいよ、『涼風』が――――『涼風研究所』が何を考えているのか理解ができない。
こんなものを。
こんな代物が闊歩する世界と、あちら側を交錯させるメリットは何か?
こんなもの、一士官であるエコですら、危険すぎる目論見であることはわかりすぎるぐらいによくわかる。
確かに、自分も補助が必要であるとは言え、短期間で『魔法』の御業を習得することができた。だが、それだけだ。
目の前の『力』はそれと比べても次元が違う。
今もなお、向こうでこの『力』が現実化したら、と思うと恐怖しか感じない。
それを知った上で、自分も万能の力を得らえると錯覚した愚か者はいた。
麒麟も老いぬれば、というやつだ。
すでに、エコが知るだけでも参加者の中に死亡者が出ているのは、それが原因でもあるからだ。
馬鹿げている。
物語に出てくるような英雄に自分がなれるとでも思ったのだろうか?
そんなことのために、祖国を危機に陥れる可能性もある者たちと手を組んだのだろうか?
そんなことのために自分たちが――――いや、もういい。
これ以上考えるのは、エコの役割ではない。
エコは斥候である。
だから、この情報を現場指揮官の元へと持ち帰るのみだ。
『エコ、申し訳ありませんが、貴方は後方支援に徹してもらえますか?』
戦闘開始時に、クリシュナより、その提案を受けたのは渡りに船だった。
一瞬たりとも、目の前の光景を見逃さない。
たとえ、それが『涼風』の手のひらの上だったとしても、今できることをするまでである。
それにしても、とエコは内心で独り言ちる。
もしかすると、今自分は『魔王』の覚醒に立ち会っているのかも知れない、と。
『けいじばん』を見る限り、このゲームの参加者の多くは、ルーガに対して好意的だ。
だが。
だからこそ、万が一に備える必要もある、ということでもある。
……『教会』に潜伏中の側からの情報も欲しいですね。
ともあれ。
エコは思考を切り替える。
今回、このクエストに同行できたのは僥倖だろう。
『魔女』のシプトンが何を考えて、そうもっていったのかは未だに謎だが、この機会をきちんと利用させていただく。
それが任務なのだから。




