第359話 農民、試練に挑む
『今のセージュたちには、他に優先すべきことがあります。アリエッタがどこにいるのかはわたしも知りませんが、その後の話になります』
「ということらしいですよ、クラウドさん」
「えっ……? ということ、とは? もしかして、今、そちらのクリシュナさんが何かを話したということかい?」
「あれっ?」
クラウドさんの疑問を聞いて、初めてそのことに気付く。
もしかして、クリシュナさんの『心話』って、限定した相手のみにしか届いていないのか?
『そうですよ、セージュ。貴方たちが条件を満たしているだけです』
こくり、とクリシュナさんが頷く。
なるほど。
条件を満たしている相手以外には「――――――」としか聞こえないのか。
確かに、俺たちも『心話』が聞こえるようになる前に、明らかにラルさんやノーヴェルさんが、クリシュナさんと意思疎通しているような時もあったしな。
今のクラウドさんも、当時の俺とおんなじ状態ってことか。
なので、クラウドさんに今のクリシュナさんが言った言葉を改めて伝える。
アリエッタさんのところに行くのはいいけど、それよりも先に『グリーンリーフ』の中心部を目指すって。
この後も、そのまま、千年樹のふもとまでたどり着かないといけないのだ。
「そうだったのかい? それもすごい話だね。俺たちも同行することはできないのかな?」
『シプトンは問題ありません。そちらのエコも……『聖地』まで一度到達しているようですので、資格を得ていますね』
「シプトンさんとエコさんは問題ないそうです」
「ということは、俺が問題ということだね?」
『ええ。クラウドは『ノースリーフ』でパウルと面識を得ているようですが……それだけでは不十分です。残念ですが、ここから先は遠慮してください』
ばっさりとクラウドさんにダメ出しするクリシュナさん。
というか、エコさんは問題ないのか。
その『聖地』って場所が、森のどの辺りにあるのかは知らないけど、俺たちが思っていた以上に、深いところまでイベントを進めているってことらしい。
ソロなのにすごいなあ。
とりあえず、クラウドさんには同行が難しいということを伝える。
それを聞いても、そこまでがっかりした風でもなくて。
「ああ、わかった。この『森』が資格がらみには厳しいってことは知っていたしね。その辺りは最初から話をしていたし」
「ええ。手筈通りに。私が同行します。代わりにクラウドは戻って、アリエッタの護衛に加わってください」
「了解」
ふうん?
そっちサイドにも色々とあるみたいだな?
とりあえず、クラウドさんはここから撤収して、代わりにエコさんとシプトンさんが俺たちと一緒に来る、という流れになりそうだ。
「うん、おねえさんもちょっと興味があったしね。せっかくだからクリシュナたちについて行くことにするよ」
『わかりました。では、クラウドがこの場から離れたあと、資格を得るための『試練』に挑んでもらいます』
「あー、そっかそっか。そっちの話なんだ? ふふん、それで『ヴィーネの泉』を待ち合わせ場所にしたってわけかあ」
ふんふん、とシプトンさんがクリシュナさんの言葉にうなづいて。
クラウドさんの方へと向き直って。
「じゃあ、後はおねえさんたちに任せて、クラウドちゃんは戻って。たぶん、しばらくは……そうだね、『試練』が終わって、『泉』が元通りになるまでは結界封鎖状態になるはずだから、どっちみち、ここには数時間入れなくなるから」
「そうなんですか?」
随分と物々しいことを言い出すシプトンさんに、むしろ俺がびっくりしてしまった。
いや、『迷いの森』から先に進むために、クリアしないといけないことがある、とはクリシュナさんからも聞いてはいたんだけど、その内容については不明だったのだ。
どうやら、この『ヴィーネの泉』に関係しているらしいけど。
「特殊イベントということですね? つまり、俺がいるとイベントが始められない、と」
「そういうこと♪ 何せ、今からやる『試練』って、『グリーンリーフ』の中でも……」
『そこまでです、シプトン。貴方は視えることがあるかも知れませんが、吹聴しないことも貴方の務めではないのですか?』
「あ、ごめんごめん。おねえさん、うっかり♪」
舌をぺろっと出して謝罪するシプトンさん。
「ま、迷い人相手なら大丈夫かなって。うん、気を付けるよ」
『お願いしますよ』
ふぅ、と嘆息するクリシュナさん。
どうやら、この銀狼さんにとっても、『魔女』ってのはあまり得意な相手ではないようだ。
「わかりました。そういうことなら、俺は席を外しますね」
じゃあ、セージュ君、またあとで、とだけ言葉を残して、そのままクラウドさんは去っていった。
それもあっという間に。
相変わらず、機動力が高いなあ、クラウドさん。
たぶん、俺が見た中だと、カミュとかまではいかないけど、迷い人の中ではトップクラスの速さだよな。
おまけに、状況判断が早いし。
自分がいるとクエストの邪魔になるとわかれば、あっさりと身を引くあたり、さすがはきちんと弁えている感じだよなあ。
大人の、成熟した感じのゲーマーって感じの。
俺もかくありたいと思うよ。
とは言え、本当はクラウドさんも一緒だと頼りになったのに、とも思う。
エコさんとはほぼ初対面だし、シプトンさんは、何となく……いや、何となくじゃなくって、色目を使ってくるのが怖いのだ。
できれば、男性迷い人が残ってくれた方が嬉しかったんだが。
――――と。
そんなことを考えていると、例のぽーんという音が頭の中に響き渡った。
『クエスト【試練系クエスト:『草冠』を奪取せよ】が発生しました』
『注意:こちらのクエストは強制クエストとなります』
『クエスト発生中は結界が張られるため、この場からの撤退が不可能となります』
『なお、『ヴィーネの泉』の泉としての特性が失われた状態になりますので、その点については留意しておいてください』
やっぱり。
『試練系』のクエストが発生したな。
ただ、今回のクエストで気になったことは。
「『試練系』なのに、モンスターを倒すとかじゃないんだな?」
というか、『草冠』って何だ?
クエスト内容が『奪取せよ』という風になっているということは、何者かか、あるいはどこかの場所から、その『草冠』を奪えばいいってことなのだろうけど。
『良いですか、セージュ。こちらは『試練』ではありますが、突破するための方法は複数存在しています。もちろん、わたしやリディアが代理で終わらせることも可能です』
「そうなんですか?」
それはちょっと意外だ。
というか、クリシュナさんやリディアさんの手を借りられるなら、このクエストって随分と楽勝のような気がするんだけど。
だが、俺の疑問にクリシュナさんが首を横に振って。
『できますが、『試練』達成としては最悪です。あくまでも最後の手段と思ってください。そもそも、こちらの『試練』は誰が定めたものか、ということを考慮してください』
単にクエストをクリアすればいいというわけではない、と。
クリシュナさんが俺たちに警告する。
つまり。
クリア難度は低い。
問題はどうクリアするか。
そのクリアの仕方、それこそが重要なクエストである、と。
うん。
試されている、というのは間違いなさそうだな。
何となく、嫌な気配……いきなり、モンスターが現れそうな雰囲気を感じながら。
俺たちはそのまま、このクエストへと挑むことになった。




