第357話 農民、編集者たちと合流する
次々と襲撃してくるモンスターを蹴散らしつつ、どうにかこうにか『ヴィーネの泉』と呼ばれる場所までたどり着くことができた。
クリシュナさんによると、ここは『迷いの森』の中にある、数少ないヒーリングスポットのひとつなのだそうだ。
ヒーリングスポットとは、モンスターがあまり近寄らない場所のことらしい。
ああ、そういえば、『けいじばん』でログアウトが可能という話を見かけたような気もするな。
町の外でも、所々にそういう場所が点在しているとか。
そのひとつが『ヴィーネの泉』なのだろう。
そのためか、『森』の中でも、泉の周辺だけがポッカリと開けている感じだな。
木々が生い茂っているわけでもなくて、空が開けている、というか。
中心には自然石が削れてできたような噴水のようなものがあって、そこから水が噴き出して、その周囲の窪地に水が溜まって池のようになっているようだ。
なるほど。
『泉』という響きから想像していたのと少し違う感じなんだな。
何となく、間欠泉っぽい感じも受けるし。
ただ、その水の透明度はすごいの一言に尽きる。
太陽の光が届く範囲なら、水底の様子までも見通せるほどだ。
おそらく、『ヴィーネの泉』の湧き水が持つ、浄化作用によるものだと思うけど。
さっきまでのモンスターとの連戦状態と比べると、本当に静かで穏やかな雰囲気が流れている場所だと感心する。
うん。
いるだけでホッとする場所というか。
気持ちが穏やかになる気がするのだ。
本当は、『森の中』の方がそういう効果があると思うけど、モンスターが満載だと休んでいる余裕がなかったからなあ。
それはそれとして。
俺たちも意味もなく、この泉を目指していたわけではなくて。
「やあ、待っていたよ、セージュ君」
「遅くなって、すみません、クラウドさん……そちらの方々は?」
俺たちの到着を先に待っていてくれていたのは、クラウドさんだ。
結局、『けいじばん』では相談事ができず、その後、メールなどを活用して、色々と話を進めた結果、この『ヴィーネの泉』での合流することになったのだ。
ちょうど、クリシュナさんが示した場所も、この『泉』だったおかげで、タイミングが良かったというか。
ただ。
ちょっと意外だったのは、クラウドさんに同行者が複数いたことだ。
あれ? おかしいな。
メールでのやり取りでは、そんな話はなかったはずなんだけど。
「ああ。ちょっと訳ありで、事前に情報を出せなかったけど、今回の件に興味を持って来てくれた人たちだよ」
俺の疑問に、クラウドさんが頷いて。
改めて、同行者のふたりの女性を紹介してくれた。
「こちらの覆面をしている人が、エコさん。俺やセージュ君と同じで迷い人として、このゲームのβテストに参加している人だよ」
「エコと申します。どうぞよろしく」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
クラウドさんの紹介に、軽く会釈をしてくれたのがエコさん。
顔の大部分を覆面で隠しているため、目元ぐらいしか確認できないけど、きれいでつぶらな瞳をした人だと思った。
目だけで女性だとはっきりわかる。
職業はクラウドさんと同系統で、盗賊なのだそうだ。
そういえば、今でこそクラウドさんも顔を晒しているけど、初対面の時は今のエコさんっぽい感じの装束だったもんな。
うん、納得だ。
こちらも同行者の面々を紹介する。
まあ、迷い人ってことだし、クラウドさんも問題ないって言っているから、ルーガが『魔王の欠片』であることも説明しておいた。
エコさんの態度を見ても、驚いた様子がないので、たぶん既に把握していたんだろう。
ちなみに、フローラさんが精霊種であることなどは伏せているし、今、俺がウルルちゃんと『憑依』状態にあることも、あえて触れていない。
『鑑定眼』を使われると気付くかも知れないけど、基本的には『秘密系』の内容なので、こちらから伝える感じじゃないし。
「ふうん……なるほどねえ。おねえさんもびっくりだよ」
一方のもうひとりの女性……そこまでの話を横でふんふんと頷きながら聞いていた、魔術師っぽい服装の女の人が、感心したように言葉を挟んできた。
ルーガが『魔王の欠片』だと知って、驚いたというより、どこか面白がっているような口調。
何だろう。
何となくだけど、雰囲気的にリディアさんに近いというか、つかみどころのないふわふわっとした空気をまとっている人というか。
というか、誰なんだろう、この人?
無言ではあるけど、俺の疑問に気付いたのだろう。
クラウドさんが苦笑しながら、紹介を続けて。
「ああ。こちらがシプトンさんだよ。『けいじばん』でセージュ君から、ルーガちゃんに関する話を聞いた時、この人だったら助けになってくれると思って、俺の方から相談を持ち掛けた人だね」
「えっ!? そうなんですか!? ……ちなみに、どういった方なのでしょうか?」
「おやおや、少年ってば、おねえさんのことに興味津々かなぁ?」
「へっ――――!?」
うわっ!? 何だ、この人?
何となく、言動から嫌な予感を感じて、ちょっと身構えてしまう。
いや、どうというわけじゃなくて、何となく……こわい。
そんな俺の胸の内を読み取ったのか、目を丸るくする『自称おねえさん』ことシプトンさん。
「ははあん、なるほどなるほど……ふふふ、初々しいねえ。おねえさん、そういう子も嫌いじゃないよ?」
「……シプトンさん?」
「ふふ、ごめんごめん、クラウドちゃん。割と真面目な話だったねえ。うん、そうそう、自己紹介だったねぇ。おねえさんの名前はクラウドちゃんから聞いたよね? シプトンっていうんだよ」
マザーって言っちゃダメだよ、おねえさん怒っちゃうよー、とシプトンさんが笑う。
……いや、あの。
このゲームで出会った人の中でも一二を争うぐらい対処に困るタイプだぞ?
ゆるふわな肉食系?
いや、自分でも言ってる意味がわからなくなってきたけど。
少なくとも、全力でこっちのことをからかいに来ているのは何となくわかった。
言ってる意味がわからないことも多いし。
「セージュ君、シプトンさんは『魔女』なんだってさ」
「ああーっ! クラウドちゃん、それはおねえさんの口から言いたかったのに!」
「いや、話が進まないじゃないですか……シプトンさん、年下好きでしたか?」
「うんっ! そうだねえ、おねえさん的には初々しい方がいいかなあ」
シプトンさんの言葉を聞いて、頭が痛いと言わんばかりのジェスチャーを浮かべるクラウドさん。
相変わらずの苦労人タイプだよな、クラウドさんって。
というか。
結構、大事な情報が飛び出してきたんだけど、それが吹っ飛んじゃってるような。
「『魔女』さんですか? そういえば、前にメイアさんとの話で、『魔女』さんの話にも少し触れましたけど」
「うん、そうだね。だから、俺の方も色々と動いていたんだよ。カガチさんからも『魔女』の重要性については教わっていたからね」
あ、そっか。
魔道具を作っている人たちが『魔女』さんなんだっけ。
そして、魔法屋のアリエッタさんが『魔女』さんとのつながりがある、と。
だから、そっち経由でクラウドさんも『魔女』さんのことを探していたのか。
もっとも、会ってみたら、ちょっと変わった人だったのはクラウドさんも予想外だったみたいだけど。
少なくとも、扱いに困ってるのが伝わってくるもんな。
だから。
俺も第一印象から、シプトンさんのことを『変な魔女』さんだと認識していたんだけど――――。
「ん? もしかして、無断で同期してる?」
リディアさんがぽつりとつぶやいた、その疑問で。
シプトンさんの雰囲気が一変した。
「ふうん……それに気付くってことは、『本物』?」
「ん、もちろん」
「なるほど、なるほど……ふふ、ちょっとおねえさんも油断してたかなあ」
言いながら、リディアさんと……クリシュナさんの方に視線をやったかと思うと、小さく頷いて、またこちらの方へと向き直るシプトンさん。
その表情からは、さっきまでのからかい全開の雰囲気が抜けて、大分、キリッとした感じへと切り替わっているのがわかった。
「んじゃ、真面目な話をする? おねえさんにも言えることと言えないことがあるけど、ね」
『魔女』の風格。
その存在感を示したままで。
シプトンさんを交えた相談が始まった。




