第35話 農民、自室で振り返る
食事を終えて、また俺は元の個室へと戻って来た。
俺たちに用意されたのは、『PUO』のプレイルームが一部屋、寝室、トイレ、風呂、そして台所設備まで完備されたくつろぐための部屋、以上がワンセットになった個室だ。
だから、個室って言っても、複数の部屋があるのだ。
さすがは、高級老人ホーム。
シングルって意味なら、ホテルとかでも、これだけの設備だとかなりお高い値段設定になるだろうけど、それをテスターひとりひとりに与えてくれるんだから、すごいよな。
というか、これで元が取れるのかね?
単なる一アルバイトとしても、逆に不安になってくるんだが。
もっとも、そのことを一色さんに尋ねたところ、俺が使う個室でも、この『施設』の中でもかなり狭い方なのだとか。
やっぱり、お金ってあるところにはあるんだな。
掃除とか洗濯は、専門のスタッフが入るので、こっちでやることはほとんどないし、本当に至れり尽くせりって感じだよ。
念のため、貴重品に関しては、ゲームをする際にも持ち込んでおくようには言われたけどな。
まず、そういうことはあり得ないけど、万が一、物がなくなった場合は責任は取りませんって話だし。
とりあえず、ここから一か月はゲームをするか、テスターとしての報告をするか、あるいは、それ以外の時間を『施設』の中で過ごす感じになるらしい。
報告業務については、一色さんに確認したところ、職員に直接伝えるか、他のテスターにも内容が把握できるように、『けいじばん』の専用スレッドに吹き込むか、どちらかで構わないと言われた。
職員が音声で報告を受け取るので、書面にして、わざわざ報告書を作る必要はないのだそうだ。
とりあえず、今日の分でも、気が付いたところや疑問に思ったことについては、一色さんに報告を済ませておいた。
と言っても、疑問に思った部分を問う内容だったり、ちょっとした、ここをこうした方が良いんじゃないか? ってことをあげたりしたぐらいだったけどな。
それぞれのテスターで条件が違いすぎる部分とか、スタートの段階で差別化を図りすぎると、プレイヤーの一部から不満があがるんじゃないかって話とか、だな。
長時間プレイしたものが、それなりに優位になるのはわからないでもないけど、最初の時点で、運みたいなもので、格差ができたりすると、VRMMOとしてはちょっとまずいんじゃないかって話だ。
もっとも、その手のバランスを取るのって、かなり難しいのも事実なんだよな。
初期から参加しているプレイヤーと、後から参加したプレイヤーだと、どうしても、差のような部分が生じてしまうし、そもそも、プレイヤースキルの差で、上手い下手っていうのは現れてしまうから。
今の俺と、十兵衛さんとの戦闘能力の差とかな。
でも、その辺を均してしまうと、逆に、頑張ってるプレイヤーのやる気を削ぐことになるからなあ。
まあ、難しいとは思うけど、『PUO』を試作できるメーカーだし、その辺にも対応してくれるかも知れないということで、報告としてあげてみた。
後は、ゲーム内での食べ物の問題だ。
もうちょっと美味しい素材を増やしてほしいのだ。
さっき、ラウラから聞いた話だと、アーガスシティの方だと、高価だけども、ハチミツなんかも流通しているって話だし、オレストの町でも、もうちょっと食べ物の幅が広がると良いと思うんだよな。
それが無理なら、少しだけでも空腹値のマイナスを軽減してもらうか。
一応、そんな感じで報告をあげたけど、一色さんは、この『施設』の職員に過ぎないらしいので、笑顔で報告を受け取ってくれるだけにとどまった。
まあ、当たり前の話だが、ゲームに関する細かい情報とかは聞いてないんだろう。
ここの入居者のついでで、俺たちのお世話係みたいになってるみたいだし。
それで、報告業務は終了となった。
あ、そうそう。
さっき、十兵衛さんたちとの別れ際に、十兵衛さんから忠告を受けたんだよな。
『おい、セージュの坊主。あんまり、食っちゃ寝食っちゃ寝で、ゲームばっかりしてるんじゃねえぞ。空き時間で身体も動かしとかねえと、どんどん鈍っていくからな』
何でも、十兵衛さんの話だと、この『施設』の中には、ジムなんかの運動のための設備も整っているのだそうだ。
さすがに、バリバリと毎日活用している人は、ここの入居者の中でも一部らしいけど、寝てばかりだと、身体が衰えていくので、それらの設備を活用する人ってそれなりに多いらしい。
カオルさんとかも、プールで歩いたりとかするそうだ。
水の中なら、身体への負担を少なめで、筋肉に負荷をかけることができるのだとか。
やっぱり、廃用症候群は恐い、と。
うん、俺も普段は学校と、農作業の手伝いの日々だったしな。
たぶん、一か月だらだら過ごしたら、うちに帰った時には役立たずになっていて、両親からどやされる結果になるだろう。
やはり、空いた時間はしっかりと身体を鍛えるのに使うか。
一応、武道場というか、そういう設備もあるらしく、何だったら、十兵衛さんも稽古を見てくれるって言ってくれたので、ありがたくお願いしておいた。
残念ながら、こっちの十兵衛さんの身体は、自由に動かせないみたいで、組み手みたいなことは難しいみたいだけど。
『脳をやっちまってな。利き手側に麻痺が残っちまったんだよ』
そういうわけで、開いていた道場もやめてしまったのだとか。
で、色々と諦めていたところに、今回の『PUO』のテスターの話があって、試しにやってみて、『これだ!』と確信したんだそうだ。
向こうの身体なら、五体満足に自在に動かせるから、と。
おまけに、強いやつも強いモンスターもごろごろしてるから、十兵衛さん的には言うことなしってことらしい。
まあ、一色さんも最初の説明で、それらしいことを言ってたしな。
VRの医療への応用の試作として、リハビリ目的があるのだそうだ。
VRMMO内で、身体を動かすことによって、麻痺側の神経を通じさせることができないか? そういう試みなのだとか。
もちろん、成功するとも限らないけど、ゲームの中でなら、元気だった頃の自分を取り戻すことができるということで、それ自体が、本人の生きる活力へと繋がったりするらしく、その点でも、介護医療の現場では注目されている、とのこと。
SZ社とこの『施設』を運営する会社が提携しているのも、その辺に価値を見出しているからなのだろう。
一色さんも、この部屋から出ていく前に興味深いことを言っていたし。
『当施設で暮らすご入居者様の中でも、こちらの技術に期待する方々は多いのです。例えば、運用に、ひとりあたり数千万円かかるとしましょう』
『数千万円で、新しい人生を買えるとしたら……イツキ様はそれが高いと思いますか?』
『少なくとも、不老不死などよりも、余程、現実的です』
そうつぶやく一色さんの言葉には、熱というか、実感がこもっていた。
医療の限界の無力さを埋めてくれるものとして、新しい技術を望む。
そのこと自体が悪いことなのだろうか、と。
そんな感じで。
その言葉の響きから、何となくわかったことがある。
最初から、この『PUO』というのは、そういう人たちをターゲットにして作られているものなのだ、と。
金で人生を買うって言うと、途端に薄汚く聞こえるかも知れないけど、逆に言えば、現状の自分に絶望していて、かつ大金を持っている人たちをスポンサーとして、このゲームは開発されているのだろう。
技術が生み出されなければ、それで助かる人も生まれず。
システムが完成して、参加者が増えることで、結果として、それほど遠くない将来、この技術が安価で提供されるように。
「だから……現時点では、情報をほとんど洩らせないってことか」
一体、どのくらいの業界が、このゲームに関わっているのだろうか。
ネット上にすら、ほとんど情報が流出していない、その理由。
それが、何となくわかるような気がした。
とはいえ、だ。
それがわかったからと言って、別に俺が態度を変えるつもりもないけどな。
むしろ、SZ社に対して、よりいっそう興味を持ったというか。
ゲームを通じて、社会貢献まで考えている会社なんて、やっぱりすごいよな。就職を目指す俺としては、申し分のない感じだし。
「まずは、テスターとして、ゲームを堪能しないとな」
そして、そのためには準備が必要だ。
俺は、明日のプレイに備えて、今日の『けいじばん』の内容を確認するのだった。
この『PUO』をより良いゲームにするために、テスターとして、頑張る、と。
『PUO』の開発資金などがどこから出ているか、のお話の一部です。
ゲーム内のお話とは関係があまりないので、ややシリアスはここまでですね。
次は掲示板回を挟んで、二日目突入です。




