第354話 農民、巡礼シスターと別れる
「それで……ルーガをどうするつもりだ、カミュ?」
「今はどうもしないさ――――今はな」
俺の問いに対して、そう言って、肩をすくめるカミュ。
あくまでも、今日のところは宣告だけだ、と。
「さすがにリディアが相手じゃ、あたしでも分が悪いからな。ラルたちもルーガを護るって言ってるしさ」
「ん、今日は護衛」
「私たちだけではありませんよ? こちらとしましても『神聖教会』が相手でしたら、それなりの措置を取らせて頂きます」
いつの間にか、料理を食べるのをやめて、リディアさんがルーガの身体を包み込むように抱きかかえていた。
それに、ラルさんもカミュ相手に本気モードっぽくなってるし。
確か、教会って、この大陸でも最も力を持ってるって話だよな?
にもかかわらず、一歩も引かない構えなのか。
何となく、みんながみんな、ルーガの敵になりそうな気がしたんだけど、そういうわけではなさそうで、ホッとする。
……あれ?
何で、俺、今、みんながルーガの敵になりそうだと思ったんだ?
そもそも、ルーガがそこまで教会から敵視される理由がわからない。
だが、そんな俺の困惑などお構いなしに。
「じゃあ、そういうことだから、あたしは去るぞ。立場的に居心地悪いしな」
「では、こちらからも。カミュさん、先程の『宣告』を撤回するまでは、私の権限で『グリーンリーフ』への立ち入りを禁じます。それは『神聖教会』の施設及び、他の方々も同様です」
「まあ、それも仕方ないだろうがな。できれば、施設と関係者二名は勘弁してもらえないか? あたしは別に構わないんだが、それをやると、この話と無関係の迷い人連中に影響が出るぞ」
「えっ!? あっ! そうか」
確かに、教会がなくなると、回復手段がなくなるぞ?
おまけに、『死に戻り』する場所も使えなくなる可能性があるし。
それを聞いて、ラルさんも俺の方をちらりと見て。
「ちなみに、残すべき方は?」
「神父のタウラスと回復系の手続きを取り仕切ってるシスター・グースリーズだ。その二名がいれば、機能は残るはずだ」
「シスター・グースリーズ?」
「ああ。セージュには、こう言った方がわかりやすいか? 教会担当の人間種のナビだ」
ああ、なるほど。
この町の教会にもナビさんがいたのか。
カミュの話だと、そのグースリーズさんが『聖女さま』を呼び出してくれていたのだそうだ。
ジェムニーさんと同じで、エヌさんの眷属らしい。
「わかりました……ですが、今後の増員は認めませんし、外部との連絡を封じさせてもらいますよ?」
「ああ。それで構わない。というか、今回の件で、それだけのことをしてるのは、あたしも重々承知してるからな。寛大な対応に感謝するよ」
「仕方ありません。私の独断であまり話を進めすぎるのはよろしくありませんから」
カミュの言葉に、ふぅ、と嘆息するラルフリーダさん。
やっぱり、ラルさんも教会との全面戦争は避けたいようだ。
それも当然のことなんだろうけど。
と、話が終わったところで、カミュが俺の方を向いて、シニカルな笑みを浮かべて。
「じゃあな、セージュ。事情が事情だから、次はいつ会えるかわからないが、それまで精々頑張れよ」
「いや……それをカミュが言うのか?」
誰のせいだよ? と俺が呆れていると、不意に真面目な表情になって。
「いいからよく聞け。いざという時への備えでもあるからな。『教会が敵に回ったら』どうなるか、それを身をもって感じておけ――――ルーガを助けたいのならな」
「――――っ!?」
「セージュ、あんたがやっているのはそういうことだ。幸い、こっちの教会はまだ甘いからな。今のうちに慣れておいた方がいい」
どういうことだ?
カミュは、俺に対して何を言ってるんだ?
ただ、ひとつ感じるのは、悪意や敵意だけでカミュがルーガに『危険生物指定』を与えたわけではない、ということ。
「後は……そうだな。『思い出せ』」
「……えっ?」
「あの能力に対抗できなければ、いつかどこかで足をすくわれることになる。ふふ、あたしからできる忠告はここまでだ」
じゃあな、とだけ残して、そのまま走り去っていくカミュ。
ラルさんたちも含めて、この場にいた全員がただそれを眺めていることしかできなくて。
「……結局なんだったの、マスター? カミュが敵になったってこと?」
「うーん……そうではあるんだろうけど……」
ビーナスの困惑した問いがすべてを物語っているような気がした。
カミュが去って、少しの時間が流れた後。
「ところで、ラルフリーダさん、なぜルーガが教会から敵視されたのかわかりますか?」
結局のところ、どうして、ルーガがいきなり『危険生物』扱いされるようになったかが、俺にはわからなかったのだ。
だって、一応、『即死系』のスキル持ちであるビーナスですら、様子観察レベルなんだぞ?
ルーガの新しく判明した能力って、『パーティを組んでいるメンバー内で、スキルをひとつだけ自由にやり取りできる』というものだろ?
いや、これはこれですごいけど、それだけだったら、どこが『危険生物』なんだ?
純粋な疑問だ。
だが、そんな俺の問いに対して、ラルさんが苦笑を浮かべて。
「そうですね……セージュさんは『鑑定眼』の次の段階のスキルは持っておりませんし。そのように疑問を持たれるのも当然なのですが」
『セージュ、今のルーガのわたしたちが読み取ったステータスを教えますね』
「あ、はい」
ラルさんだけではなく、クリシュナさんからも『心話』が返ってきた。
それによると、だ。
名前:ルーガ(◆◆◆◆◆◆◆)
年齢:14
種族:人間種(魔人種)
職業:狩人
レベル:39
スキル:《なし(『魔王の欠片』)》――――『土魔法』『農具』『農具技』『爪技』『解体』『身体強化』『土中呼吸(加護)』『鑑定眼(植物)』『鑑定眼(モンスター)』『緑の手(微)』『鍛冶』『暗視』『騎乗』『調合』『土属性成長補正』『自動翻訳』『飛行』『栽培』『突進』『養分変換』『子育て』『叫び』『直死の咆哮』『株分け』『マーキング』『音魔法』『つるの鞭』『自己治癒』『モンスター言語』『眷属成長』――――《効果1/2》、《『聖術』は内包失敗》『光閃』『おなかすいたー』
「……えっ!? それって……」
びっくりした。
今のルーガが使える『スキル』の数の多さに。
俺となっちゃんとビーナス、三人の『スキル』で重複していないものについて、そのすべてが『隠蔽されたステータス』に記されていたのだそうだ。
ラルフリーダさんとクリシュナさんは、どうやら、『鑑定眼』の一段階上の『スキル』が使えるらしく、それで読み取ることができた、と。
そして、それ以上に重要なのが――――。
「『魔王の欠片』……?」
『ええ。おそらく、不完全な『魔王』スキルでしょう。『魔王』スキルについては、わたしも知っています。『統制型』と呼ばれるめずらしいスキルのひとつで、条件は所持する者によって異なりますが、『心酔させた相手のスキルを自由に使用できる』、というものです』
部下が増えれば増えるほど強くなる能力。
それが『魔王』のスキルです、とクリシュナさん。
「え……わたしが、『魔王』……? そもそも、『魔王』って何?」
「魔族の王、のことですね。私も過去、ひとりしか知りません。そもそも、今は魔族自体がこの大陸から姿を消しておりますから」
『別に、『魔王』のスキルを持っているだけで『魔王』と称されるわけではありませんよ? 『統制型』のスキルはその名に『王』、あるいはそれに準ずる名が刻まれます。あくまでもそういう名前のスキルというだけです』
「そう……なんだ……」
どこか呆然とした感じのルーガ。
まあ、それはそうだろう。
自分のことをいきなり『魔王』扱いされてもなあ。
なるほど。
つまり、ルーガは『魔王』関係のスキルを持っているから、危険と判断されたってことか。
「そうですね。『神聖教会』は魔族を敵視していますから」
「あれーっ? そういえば、セージュの家に魔族の猫さんがいなかったっけー?」
「あっ……」
そうだ、ヴェルフェンさん!
ウルルちゃんの指摘で気づいたけど、あの人、普通にカミュとかとも会っていたはずだよな? でも、『危険生物』扱いはされてないような……。
「もちろん、魔族というだけで闇雲に討伐するかどうかは、私にもわかりませんが、『魔王』になり得る存在というのは、さすがに看過できない、ということなのでしょう」
「ん、別に悪い魔族ばかりじゃない」
ラルさんの言葉に、リディアさんも頷く。
つまりは『魔王』だからまずい、ってことか。
「……わたしはどうしたらいいの?」
「そうですね。ふふ、結果的に、セージュさんが『クエスト』を達成されたことが幸いしましたね」
「……えっ?」
「良い機会です。クリシュナを護衛に就けますので、セージュさんたちはこのままお婆様の元まで向かってください」
ラルさんの言葉に少し驚く。
お婆さんの元って、つまり……。
俺の視線にラルさんが頷く。
「はい。『グリーンリーフ』の中枢。『千年樹』の元へ、です」




