第353話 農民、巡礼シスターと対峙する
「セージュ……あんた、何か見たか?」
「……えっ?」
空気が変わったのは、カミュがそう尋ねてきた時だった。
それまで、無言のまま、じっと俺の方を見るだけだったカミュ。
そんな彼女の表情を見て、俺も、おやっ? と思った。
何だろう。
普段は飄々としているはずの、目の前の不良シスターがめずらしく、完全に笑みを消している、というか。
てっきり、カミュもクリシュナさんに一泡吹かせたことを喜んでくれるかと思っていたのに。
どうやら、そういう感じでもなさそうだぞ?
あれ……? 何となく、カミュの目の奥が光っている……?
なぜか、そんな印象を受けて。
ただ、俺もカミュの質問の意味がわからずに聞き返す。
「何か、ってなんだ? 俺、今、目が覚めたばかりなんだけど」
「覚えてないのか?」
「……何がだ?」
「ああ、なるほど……そういうことか。だよな、あいつの眷属に、あれ使えるやつがいたか。そうだよな……さもなければ、ハイネとこっちで会うはずがないからな」
うん?
カミュは何を言ってるんだ?
というか、ハイネ……?
何で、いきなりハイネの話になるんだ?
何というか、こっちに質問とそれに対する答えがちぐはぐで、本当にカミュが何を言いたいのかよくわからないぞ?
まあ、目の前の金髪シスターにはそういうところはあるけど。
ただ……なぜか、いつものカミュとは雰囲気が違う気がした。
どこが、と問われると難しいけど、いつもよりもこちらに対して冷たい……いや、険しいというか、厳しいというか、そんな空気を発しているような。
たぶん、その違和感に気付いたのは俺だけではないようで。
その場にいた、他の面々もカミュに対して怪訝そうな表情を浮かべているな。
例外はリディアさんか。
あの人、相変わらずの、のほほんとした空気でスープらしきものを飲んでるし。
「カミュさん、どうかしましたか? セージュさんに何かおかしなことでも感じられましたか?」
「一瞬だが、介入があったろ?」
「介入……ですか?」
「――――――?」
「うん……? ラルはまだわかるが、クリシュナもか……? ああ、悪い。あたしの気のせいだな。それについては忘れてくれ」
そう言いながら、カミュはちらりとリディアさんの方を見て。
彼女が何食わぬ顔で料理を食べていることを確認し、嘆息する。
「……やっぱりか。あの野郎、あたしひとりを悪者にする気か。いいよいいよ。どうせ、そういう立ち回りがお似合いだ、ってんだろ? ルビーナたちもそうだが、あいつとも一度きっちり話をつける必要があるようだな」
「カミュ、さっきから何を言ってるんだ?」
「愚痴だよ、愚痴。はぁ……愚痴ったからって、どうこうなる話じゃないけどな。どーも、あたしに貧乏くじを引かせたがるやつが多いから、ちょっと、たまには暴れてやろうかな、って思っただけさ……冗談だぞ?」
まあ、ここから先は冗談じゃ済まないが、とカミュ。
何を言っているかわからない俺たちを置き去りに、そのまま――――ルーガの方へと向き直って。
「ルーガ、あんたの能力、その危険性について確認できた」
「えっ……!?」
不意にカミュが発した言葉。
それを聞いた途端に、なぜか、総毛が逆立つ感じに襲われて。
気が付くと、カミュの視線からかばうように、ルーガの前に立っていた。
――――何だ、今の?
今、不意に感じたざわりとした不安感に、俺が戸惑っている間にもカミュの言葉は続いて。
「よって、『神聖教会』の巡礼シスターとして、ここに断ずる」
冷たい。
今までのカミュから、ほとんど感じたことがないような冷徹な視線のまま。
見た目は小学生ぐらいの金髪少女シスターが。
ただ、お役目のままに、言葉を宣言するがごとく。
「ルーガに『危険生物指定』を施す――――」
「なっ!?」
俺たちが驚いている間にも事態は進んでいく。
カミュが宣言をしたのと同時に、その『言霊』に呼応するように、一筋の光がルーガめがけて飛んできて。
そのまま、前に立っている俺を避けるような軌跡を描いて、ルーガに身体を包み込んだ。
「おいっ!? カミュ! 『危険生物指定』って確か!?」
「ああ。前にセージュたちにも説明しただろ? これで、ルーガは教会の『敵』として認定されたことになる」
「どうしてだ!?」
そうカミュに対して叫びながら、俺も『危険生物指定』について思い出す。
確か――――。
この指定を受けたものは『神聖教会から敵性生物と見なされる』。
そのため、『神聖教会や冒険者ギルドなどからの協力が一切受けられなくなる』。
それに加えて、『教会本部から、刺客が送られることがある』。
『賞金稼ぎの冒険者から狙われる』ってのも、注意事項にはあったな、確か。
つまり。
目の前の不良シスターは、ルーガのことを自分たちの『敵』だと断じた、と。
正直、ショックだった。
まさか、いきなり、カミュがそんなことを言い出すなんて思ってもいなかったから。
俺にとっても、この世界で出会った相手の中で、ある意味、最も信頼を置いていた相手だっただけに、あまりのことに瞬時に受け入れることができず。
――――と。
俺よりも先に、横にいたラルフリーダさんが反応する。
他にも、ノーヴェルさんやイージーさんなども、カミュに対して警戒感をあらわにしているのが見て取れる。
「カミュさん……本気ですか? ルーガさんは、私たちの庇護下にあります。それを踏まえた上での、今の行動ですか?」
「ああ、そうだ」
「それは、『神聖教会』としてのご判断、ということでよろしいのでしょうか?」
「そう捉えてもらって構わないぞ、ラル」
「なぜです? なぜ、そこまでルーガさんのことを?」
「悪いが、事情を言うつもりはない。だが、あたしでなくても、そのことに教会関係者が気付けば、そういう決定をせざるを得ない。これはそういう性質の問題だ」
というか、とカミュが嘆息して。
「セージュの『鑑定眼』のレベルならまだしも、ラルやクリシュナなら、どういう状況か気付けるはずだぞ? よく、ルーガのステータスを見てみろよ」
さすがに、この状態じゃあ、あたしも見て見ぬふりはできない、とカミュ。
「これは…………」
「――――――!?」
「…………お嬢様?」
「これは、本当ですか、カミュさん?」
「見ての通りだろ。どうする、ラル? その上で、あたしも聞くが、あんたたちはどうするつもりだ?」
ルーガの方を見て、一瞬、動揺を浮かべていたラルフリーダさんだったが、直後、ふっと微笑んだかと思うと。
「私たちの対応は変わりませんよ。『グリーンリーフ』へと頼ってきた存在を護るのは、お婆様の信念……『グリーンリーフ』が『グリーンリーフ』たるのゆえんです」
「それが、ルーガのような存在でも、か?」
「もちろんです。ここはそういう場所ですよ? たとえ、『神聖教会』と敵対することとなっても、そこは曲げるつもりはありません」
まっすぐ、だが、凛とした強い宣言。
それを聞いて、カミュもいつものシニカルな笑みを浮かべる。
「後悔するつもりはないな?」
「ふふ、そのお言葉はそっくりそのままお返ししますよ?」
見捨てる、という選択肢はありません。
そう、ラルフリーダさんが頷くのを見て。
なぜか、カミュもどこか嬉しそうに微笑むのを感じた。




