第352話 農民、試練系クエストを達成する
「セージュ、セージュ……大丈夫?」
「あ、ルーガ……えーと、俺、結局どうなった? ちょっと、最後の方が思い出せなくなってるんだが」
気が付くと、最初に俺の目に飛び込んできたのは、心配そうにこちらをのぞき込んでいるルーガの顔だった。
えーと。
あれ……?
俺、確か、クリシュナさんと戦っていたんだよな?
どうなったかを振り返って、思い出そうとしても、ちょっと記憶が途切れ途切れになっているようで、細かい部分が曖昧になっているというか。
たぶん、これ、気を失っていたな。
何となく、以前も起こった強制ログアウトの時に感覚が近いし。
えーと……。
思い出せ、思い出せ。
地中から『土魔法』を使って試みた、自爆打ち上げからの強襲をあっさりかわされたんだよな、確か。
せっかく、ルーガにも頼んで能力を切り替えてもらって、なっちゃんからも『土人形』を作って操作できるスキルを借り受けたのに、全然不意をつけなかったよな。
いや、クリシュナさんの不意はつけたのだ。
問題は、俺の攻撃が当たる前に気付かれて、あっさり回避されてしまったことで。
たぶん、あれ、俺が叫んだせいだな?
全力攻撃の時は、大声をあげると攻撃力は上がる半面、相手に気付きやすくなる、と。
というか、クリシュナさん、反応速すぎ。
あれで魔法も効かないのなら、本気でどうやって攻撃を当てたらいいのか、頭を抱えるレベルだったもんな。
とりあえず、次回以降の反省は不意打ち攻撃の時は『静かに』、ってことだろう。
目指すのは、暗殺者とかの無声での全力攻撃か。
うん。
次からは気をつけよう。
そのまま、結局打つ手なしになって、諦めかけた俺をかばうように――――そうだ!?
「アルルちゃんは無事か!?」
「うん、大丈夫だよ。セージュ、落ち着いて。アルルも無事だったし、セージュも気絶しちゃったけど、クリシュナさんも麻痺で動けなくなったから、今回は引き分けということで、セージュの勝ちでいいって」
クリシュナさんとラルさんが、とルーガがにっこりと微笑む。
……はい?
引き分けだけど、勝ちでいい?
いや、ルーガ、それ、言葉としておかしいぞ?
まあ、それはそれとして。
改めて、周囲に目をやると、周囲のみんなが祝福してくれていることに気付く。
アルルちゃんも元気そうな姿で、目が合うと手を振ってくれた。
「アルルちゃん、無事だったのか? クリシュナさんの攻撃を直で受けてたけど」
「うん、大丈夫大丈夫。防御のための『土魔法』を発動したまま、本体に戻ったから。わたしたちに普通の物理攻撃は効かないわよ」
「うんうんー。ほらー、前にウルルもセージュにそう言ったじゃないー」
あ、そういえば、そうだったな。
クリシュナさんによる体当たりも爪攻撃も、どれほど威力があろうと、『精霊種』の本体には傷ひとつ付けられない、ってことか。
そう考えると、やっぱり精霊さんってすごいよな。
基本、物理無効。
魔法攻撃は、自属性の魔法で相殺。
なので、みかんみたいな『小精霊』を奪う系や、例の『鎧』のような切断特化などの敵でもなければ、そうそう後れを取ったりはしないらしい。
「ふふ、クリシュナが本気を出せば別でしょうがね。ですが、アルルさんは今回のクリシュナの攻撃対象ではありませんでしたから。怪我を負わせるつもりはなかったそうですよ」
「――――――!」
なるほどな。
ラルさんの言葉に、横でクリシュナさんも頷く。
というか、クリシュナさん、本当にケロッとしてるよな。
どこからどう見ても無傷というか。
『いえ、正直、驚かされてばかりでしたよ、セージュ』
あっ!? これ、クリシュナさんの『心話』か。
ようやく、この状態ではあるけれど、意思疎通をとってくれるようになったらしい。
なので、俺もクリシュナさんの『心話』に合わせる。
『結局、クエストは達成でいいんですか?』
『ええ。今のはわたしの負けで構いません。ふふ、動きを封じられたのも、まともに攻撃を受けたのも、麻痺状態になってしまったのも、本当に久しぶりでしたから。同族以外でここまで追い詰められたのは、あまり覚えがありませんから』
セージュの力は示してもらいました、とどこか嬉しそうな声でクリシュナさんが笑う。
まあ、俺の頭に直接響いている感じなので、周囲の他のみんなは聞こえていないみたいだけど。
それでも、クリシュナさん本人から直接そう言われるのは、俺もうれしい。
――――と。
俺の頭の中に、例のぽーんという音が響いて。
『クエスト【試練系クエスト:領主の護衛を倒せ】を達成しました』
『おめでとうございます』
――――うん?
いや……いつものクエスト達成のメッセージかと思ったら、『おめでとう』のメッセージも追加されてきたぞ?
今までもクエストは達成してきたけど、こんなの初めてだよな?
それだけ、達成が難しいクエストだった、ってことなのかもな。
敗北イベントって話だったし。
……うん?
敗北イベント……だったっけ?
なんか、どこかでそんなことを聞いたような……あれ? 俺の気のせいか?
「やったじゃない、マスター! まあ、あんまりかっこよくなかったけど」
「きゅい――――♪」
ぽんぽんと俺の頭をたたきながら、ねぎらいの言葉をかけてくれるビーナス。
そして、なっちゃんも周りを飛び回りながら祝福してくれた。
うん。
やっぱり、こういう雰囲気はうれしいな。
ダメ元でも頑張った甲斐があったよ。
「ん、セージュ、頑張った。よく、生きてた」
「あ、リディアさん、ありがとうございました。おかげで助かりました」
そうそう! 思い出してきた!
最後に俺が気を失ったのって、リディアさんからスキルを借りて使ったからだ。
どうやら、ものすごく消耗が激しかったらしく、それで俺も発動と同時に気を失ってしまったらしいな。
ルーガも消耗の激しいスキルで気を失うことがあったから、たぶん、その時の状況に近いのだろう。
「ん、耐えられたのはびっくり。おなか空いた?」
「あ……確かに……」
言われて、めちゃくちゃ腹が減っていることに気付く。
うわっ!? 想像以上にやばいかも。
慌てて、持っていた『お腹が膨れる水』を数本飲み干す。
それでようやく人心地がついたぞ?
なるほど。
こんなに消耗の激しい能力を持ってるから、リディアさんってば、いつも食べてばかりいるのか。
何となく、普段の大食いの理由がわかったような気がした。
「…………それにしても、クリシュナが状態異常だなんて驚いた」
「そうですね。確か麻痺の耐性もありましたよね?」
「――――――!」
「ふふ、どうやら、ビーナスさんの『苔』の作用は、普通の麻痺毒とは異なるようですね」
高レベルの『耐麻痺』持ちにも通用するとは驚きです、とラルさん。
それを聞いて、えっへんと胸を張っているのがビーナスだな。
やっぱり、ラルさんたちから褒められるのはうれしいようだ。
そういえば、ビーナスの『苔弾』の麻痺って、あの『鎧』にも効いてたからな。
『死霊系』のモンスターにも効くってことは、余程な能力ってことか。
おかげで、クリシュナさんに一矢報いることもできたしな。
「ありがとな、ビーナス。おかげで助かったよ」
「ふふん! そうよ、マスター、わたしってすごいのよ。もっと感謝しなさい」
「はいはい」
何となく、調子に乗ってるビーナスもかわいいよな。
そんなことを思いながら、俺も笑う。
そこには、クエストがひと段落した後の穏やかな空気が流れていた。




