第351話 農民、狩人少女の正体を知る
「……あのモンスターの異常はルーガが引き起こしたもの?」
「うん。その証拠に、『狂化』のモンスターが現れた場所と、ルーガちゃんの移動動線を比較してごらん。地下通路を延々と進んでいた際の、その周囲でモンスターの『狂化』が起こっているはずだから」
いや、あの。
すべての情報を握っているエヌさんなら簡単なんだろうけど、さすがに俺も、出会う前のルーガがどういう感じで地下通路を歩いていたのかまでは知らないっての。
ルーガはルーガで、地下を歩いている時の現在位置なんてわからないだろうし。
まあ、ビーナスに聞いてみればわかるか?
いや、『狂化』した後のことをどこまで覚えてるか怪しいけど。
ともあれ。
最初に遭遇した『ラースボア』。
『採掘所』で出会った『ミスリルゴーレム』。
そして、『ビーナス』。
後は、俺は直接出会っていないけど、町の南側の道を崩落させた『ぷちラビット』の巨大化モンスター。
そして、十兵衛さんが迷いの森で遭遇した『ドリアード』。
あ、そうだ、ペルーラさんの工房でモミジちゃんに食べられたのもいたな? 確か、『グレンリザード』とか言ってたっけ。
そのあたりが、『オレストの町』周辺で発生した『狂化』モンスターだな。
後は、確かに俺とルーガが一緒に行動している時に遭遇しているケースが多い。
「確かに、みかんは『狂化』されていませんでしたね」
『精霊の森』でみかんと敵対した時のことを思い出す。
あの時はルーガと別行動をとっていたよな。
もしかすると、そうでなければ、みかんも『狂化』していた可能性がある。
「ちなみに、当然のことだけど、昨日のコッコたちの『狂化』もそうだから。ほらね? 周囲への影響が甚大でしょ? たぶん、セージュ君はそれでもルーガちゃんの味方でいられるだろうけど、他のみんなが事実を知った時、どう思うと思う?」
「うっ……」
確かに。
それはエヌさんの言っていることがもっともだ。
少なくとも、被害を受けた人たちは当然怒るだろうし、昨日の一件で仲良くなったネーベとかも、ルーガのことを敵視しかねないかも、だ。
というか、そもそも、ビーナスなんかモロだしなあ。
『狂化』モンスターについて調査をしていたラルさんたちも良い顔はしないだろう。
なるほど。
さっき、エヌさんが言っていたことの理由がわかった気がする。
「……だから、俺がいなくなるとルーガは危ない、ってことなんですね?」
「まあね。セージュ君が間に入れば、もしかしたら、ってことがあるかも知れないけど、そうでなければ、追い詰められるだけだもの。僕は隠しているつもりだったけど、カミュとかは恐らく、そのことに勘づいているだろうし」
「あー、確かに」
クリシュナさんに挑む前のカミュの言動を思い出す。
ルーガの能力について、まるで知っていることのように振舞っていた。
そして、実際、カミュの予測した通りに、ルーガの能力は発動したのだ。
あの時にわかったのは、ルーガの能力は、『スキルなし』という隠蔽スキル、そして、他のパーティメンバーのスキルを共有・流用できるスキル、というものだった。
パーティメンバーの能力をひとつだけ選んで、別のメンバーに流用する能力、だな。
そのおかげで、俺はクリシュナさんとの戦闘中に、二回、能力を切り替えて、それで一矢報いることができたのだ。
一度目はウルルちゃんの『精霊眼』をなっちゃんの『土人形操作(土魔法・初級応用)』に。
そして、二度目はダメ元で、リディアさんの能力を借りて、だな。
そっちは本当に一か八かだったけど、どうやら、ルーガは俺の『頼む』という言葉だけで、何をしてほしいか把握して、瞬時に動いてくれたようだ。
リディアさんをパーティに組みなおして、そこから能力を、ってのは本当に離れ業だっただけに、俺自身、まさかうまく行くとは思わなかったしな。
「あ、そうだ、セージュ君。もう、リディアの能力は使っちゃダメだよ?」
「えっ……?」
「まったく……どれだけ自分が無茶をしたかわかってないね? いや、僕もまさか、君がリディアの『因子』をまだ持ってると思わないしさ。たぶん、あの『毒消し』の時のやつなんだろうけど。うーん……そこまでリディアが考えてたのかなあ? どっちかと言えば、彼女って、行き当たりばったりで臨機応変に対応するタイプだと思ってたから、ちょっと予想外なんだけど。うーん、大分考え方が人間っぽくなってきたのかなあ……?」
まあ、いいや、とエヌさんが頷いて。
「実際、あれ、能力を使っただけで、君の身体に異常に負荷をかけたからね? どのぐらいかっていうと、あれ一回で『浸食率』が『30%』上昇するぐらい、だね。まったく、身体がバラバラになって消滅してからの蘇生だって、『2%』ぐらいだってのに……」
呆れたように嘆息するエヌさん。
えーと……。
つまり、リディアさんの能力を流用した時って、俺、五体満足だったにも関わらず、十数回死んだのと同じだけの影響を受けてしまったらしい。
げっ――――!?
能力を借りただけで!?
あの人こそ、ルーガ以上に何者なのか気になるぞ?
本当に謎だ。
「もう『因子』もないし、リディアにもやらないように頼んでおくからね。今後はそういうことしないように。まあ……あのぐらいでなきゃ、クリシュナを封じ込めることはできなかったろうし、クエストって意味なら素晴らしい成果だけどさ」
「はい……わかりました」
「まあ、セージュ君がこっちの世界に来るのなら、歓迎だけどね」
冗談まじりでウインクするエヌさん。
簡単に『浸食率』が上昇するから、って。
「それはさておき。セージュ君がルーガちゃんを助けたい、って思うのなら、目的がはっきりしたと思うよ?」
「それは?」
「うん、今は制御が不能だから困ったちゃんだけど、だったら、制御できるようにすればいんだよ」
「――――えっ!?」
「ふふ、これ以上は内緒。自分たちで考えてね。まだ続ける覚悟があるんだったらね。それなら、必ずどこかに道があるはずさ」
そう言って、微笑むエヌさん。
これ以上は、GMとして、教えられないって。
それだと、あまりにも他の人たちに対して不公平だから、と。
それもそうか。
ただ、この邂逅のおかげで、新しい何かが見えてきた気がした。
「それじゃあ、時間だね――――九ちゃん、よろしくー」
「わかったのー」
エヌさんの言葉に、さっきからずっと黙って横にいてくれていた九ちゃんが俺の前まで、ぴょんぴょん跳ねながらやってきた。
と、元の男の子の姿へと戻って。
「『暗示:逢瀬は夢のごとく』!」
「――――えっ!?」
そう、九ちゃんの声が聞こえたのを最後に。
俺の視界は真っ白になって、そのまま意識を失った。
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「うん、ありがとね、九ちゃん」
「どういたしまして、なのー」
「ふふ、まあ、セージュ君には全部覚えておいてもらうのもアリだったんだけど。そこはそこ。僕も『管理人』として、公平でありたいからね」
九ちゃんの頭をなでながら、エヌが笑う。
「『洗脳系』の『記憶操作』。それでも、ここで話したことは忘れても、記憶そのものを失うわけじゃない、ってのがポイントだね。まったく、ハイネがこの能力を多用するのがわかる気がするよ」
「よくわかんないー」
「うん、九ちゃんはそれでいいよ。それ自覚したらハイネみたいになっちゃうから。折角、九ちゃんはかわいいんだから、ああいう風になっちゃダメだよ、ってね」
九ちゃんは、ハイネの『因子』も持っているから、と。
協力者の『因子』を得ることで、新たな『眷属』を生み出すのは、エヌの能力のひとつ。
ただし、その子たちは、仮想世界でしか生きられない、という縛りがある。
――――だが。
「スノーとの取引に応じたのも、それが目的だからね」
「えぬたまー、何のことー?」
「ふふ、内緒。なに、あっちの僕が九ちゃんやジェムニーたちと直接会えるかもしれないってことさ。条件次第ではルーガちゃんたちも、ね」
だから、と九ちゃんに対してエヌが微笑む。
「セージュ君たちには期待、かな? まあ、失敗したらしたで構わないけどね」




