第349話 農民、このゲームの話に驚く
「と言っても、僕が語ることは大して驚くようなことじゃないね。ごくごく単純でありふれたようなことだよ」
そう、前置きしたうえで。
エヌさんが微笑む。
「今、言った通り、この『世界』を創ったのは僕だよ。『世界』というのが大げさだと思うなら、『一文明単位』と言い換えてもいいね。一個の集団網を自分の能力の範囲内で、可能な限り再現するのが僕の能力だよ。まあ、『幻獣種』のそれとは違って、あくまでも限定された仮想空間に、ってだけだけど」
どこか自虐的にエヌさんが笑って。
「おまけに、リソースが足りていない事象については、表層的な再現しかできない。にも関わらず、僕が持つ『原初の竜』としての特性のほとんどが捧げられている状態でね、ふふ、まあ、何というか、中途半端な能力なんだよね」
「はあ、なるほど……」
「うん? あれ? セージュ君、わかってないみたいだね?」
「……まあ」
俺の生返事に対して、半眼を向けてくるエヌさん。
いや、だってさ。
正直、何を言っているのか、わかりかねる話だぞ?
この『PUO』を作ったのがエヌさんだというのはわかる。
ただ、そこに何やら専門用語などを混ぜて語られても、別に俺もそっちの技術に通じているわけじゃないので、単なる比喩なのか、本当のことなのか、『どこまで』が真実なのかがわからないのだ。
何となくで返事がしたくもなるだろう。
そんな俺の気持ちに気付いたのか、エヌさんが嘆息して。
「わかったよ、わかったよ。それじゃあ、もうちょっと単純に行くね? ひとつ、このゲームは僕の『スキル』によって創られています。ふたつ、僕の本体は君たちの『世界』とは別のところにあります。みっつ、この『世界』は僕の本体がいる『世界』と君たちの『世界』、その間のどちらでもない場所に存在しています」
「――――へっ!?」
「はいはい、最後まで聞いてね? 驚くのはそれからでいいから。よっつ、この世界は僕の『スキル』に起因するって言ったよね? だから、君たちが今使ってる身体――――それは『初期状態』であるのなら、純粋な君たちの複製であるけども、死亡などによる欠損から蘇った場合、僕の『スキル』によって復活することになる。そうすれば、どうなるか。いつつ、『死に戻る』ことで、君たちの存在がわずかに僕の元の世界へと傾く」
「――――っ! それって!?」
「うん、そういうことだから、もうちょっと聞いてね。むっつ、『浸食率』というのは、君たち迷い人……僕らにとってはちょっと離れた隣の『世界』の存在だね。そんな君たちが、どのぐらい僕らの『世界』に引きずられたか、それを示す数値である。そうなると当然、疑問も出てくるよね? ななつ、『浸食率』があがるとどうなるのか。答えは簡単。君たちの存在が僕たちの『世界』の存在へと書き換えられる」
「――――」
「やっつ、そうなったら、どうなるのか? それも答えは簡単。君たちは元の世界へと戻れなくなる。正確には、僕と同じような能力持ちが、君たちを逆に引っ張ってくれれば、『浸食率』を下げることは可能だね。もっとも、そういう存在がいるかどうか、寡聞にして僕は知らないけど」
淡々と。
俺が衝撃を受けていることなど、一切気にすることなく、淡々とエヌさんが言葉を紡ぎ続ける。
いや、ちょっと待て!?
俺も、あくまでも仮説のひとつとして、荒唐無稽ではあるけれど、『近くて遠い世界』とか、SFチックな『並行世界』とかの可能性はないかと夢想したけど。
実際、このゲームのタイトルがまんま、『並行世界』のOnline、だからな。
もちろん、エヌさんが真実を語っているのかの判断は俺にはできないけど。
それでも、だ。
そんなことが事実だとすれば、向こうの世界だと、この『PUO』を開発した『SZ社』のやってることって大問題じゃないのか?
だって、これって……。
「あ、セージュ君、異世界からの『侵略』とかそういう話じゃないからね? たぶん、カミュとかもチラッとお漏らししちゃったけど、これ、合意が得られてることだから」
「……合意? って、誰とです?」
「だから、スノーと。ああ、スノーって言っても君たちには通じないかな? まあ、もっとも、僕も彼女たちの全貌は把握してないんだけどね。『死神種』って、あんまり自発的に行動する連中じゃないからさ」
『死神種』。
やっぱり、そこに繋がってくるのか。
カミュが漏らした、ってのは例の『涼風さん』という人が『死神種』だということだろう。
俺も含めた札幌の『施設』でテスターの身体のケアなど、面倒をみてくれる一色さんの先輩さんで、この『PUO』の関係者のひとりで、十兵衛さんが言うところの『死神衆』のひとり、と。
「エヌさん、『死神種』って、どういう存在なんです?」
「逆に聞くけど、セージュ君にとって、『神』ってどういう存在だと思う?」
「えっ……? 『神』、ですか?」
質問に対して、質問を返されてしまったけど、割と真剣な表情のエヌさんの様子から、これも大事なことなのだろうと考え直して、改めて思考する。
『神』……ねえ。
一応、俺も日本人だから、お正月に神様に祈ったりするけど、取り立てて、『神』に対して、信心深く何か思うところがあるわけじゃないな。
悪いことをしていると神様が見ている、ってのが何となく、小さい頃の親に叱られた時のイメージというか。
少なくとも、他の宗教とかでありがちな、唯一無二の存在とか、偶像って感じじゃなくて、もっともやっと漠然とした存在という感じだよな。
しいて言えば、『ゲームのラスボス的な創造神』とか。
でも、それもゲームやマンガとかのイメージだしなあ。
とりあえず、そんなことをエヌさんに伝えると。
「あっ、ふふ、セージュ君はそう思うんだ?」
どこか嬉しそうな感じで微笑まれた。
どこが気に入ったのか知らないけど、エヌさんにとって喜ばしい回答だったようだ。
「ふーん。君たちの『世界』って、偉大な『神』のイメージが横行してるかと思ったけど、そうでもないんだね? なら好都合かな。僕らの『世界』には『神族』って言ってね、『神の係累』みたいな種族もいるんだけどさ、でも別に偉大ってわけでもないし。今はとあるとこに引きこもってる感じだしさ。まあ、それはさておき、僕らの『世界』には、明確な『神の定義』があるんだよ。もちろん、知らない人は知らないんだけど」
そう言って、エヌさんが笑う。
どうやら、その『神の定義』を知る者というのは限られているらしい。
「まあ、シンプルな話だけどね。『神』ってのは、僕らの認識だと、別の『世界』へと行き来できる能力の持ち主、そんな感じだね。ちなみに、だから、『死神』にも『神』が含まれているんだよ」
つまり、とエヌさんが続ける。
「この『PUO』を支えている『スキル』はふたつ。ひとつは、僕の『仮想世界を創り上げるスキル』。そして、もうひとつはスノーの『異界同士を干渉させるスキル』だね」
まあ、そういうわけで、とエヌさんが肩をすくめて。
「ね? シンプルな話でしょ? つまり、この『PUO』はそういうものなんだよ」
――――いや、全然シンプルじゃないですよ?
内心で、俺も呆れながら突っ込む。
というか、話が大きくなり過ぎて、意味がわからん。
――――いや。
そんなことがあるはずがない、とどこかで否定したい感情が働いているのだろう。
なぜなら。
もし、エヌさんが今言っていることが掛け値なしの真実であるのならば。
今、俺が立っている場所はどこなのか。
「うん。びっくりしたよね? ただ、まあ、そう悲観することばかりじゃないと思うけどね。正直、スノーが何を考えて、君たちを選んだのか、僕も知らないからね。面白い人たちを集めたとは聞いたけど、どういう意味があるのか、までは僕も推測するしかないからね」
だから、と。
困惑する俺に対して、慈愛を込めたような柔らかな笑みを浮かべて。
「今は大いに悩むといいと思うよ。だから僕も情報を与えに来たわけだしね。ふふ、まあ、セージュ君なら大丈夫。何せ、『変数』だからね」
と、わかったようなわからないような慰めをしてくれた。
そんなこんなで、エヌさんのとの話はもう少し続く。




