第346話 対月狼戦、決着
「――――――!」
どうやら、男も諦めて、最後の特攻に躍り出るようだ。
自らに勢いよく向かってくる振動を確認し、それに対応するべくクリシュナは身構える。
警戒すべきは、あの『鎌』による攻撃だけだ。
避ける。
可能ならば、先に攻撃をして、武器破壊を狙うのもいいだろう。
それぐらいの速度差はある、とクリシュナは頷いて。
直後。
地面の下。
クリシュナの立っている位置の真下から、男が勢いよく突進してくるのに気づいて、高速で短距離移動。
迎撃するにはちょうどいい場所。
光る鎌を振り抜こうとする男の姿を確認。
そのまま、か。
特段、想定内の動きでただ『鎌』で攻撃してきた男に対して。
そのまま、高速移動で近づき、爪で『鎌』の側面を弾く。
呆気なく。
本当に呆気なく、光る『鎌』が折れて、そこから粉々になるのを確認。
爪で身体を引き裂いてしまうと、さすがにラルフリーダといえども、即座の回復は難しいと判断し、体当たりでの気絶を狙って。
男へと攻撃。
こちらの速度に対応できず、回避すらできずに男が体当たりを受けて――――。
「――――――っ!?」
その身体が粉々に砕け散ったことに、思わず動揺する。
しまった――――。
今の手加減でも人間種にとっては、致命的だった!?
やりすぎた!?
そう、クリシュナが己の不覚を恥じていると。
「あああああああっっっ――――!」
「――――――っ!?」
再び、地面の下から現れた男に驚愕するクリシュナ。
――――それじゃあ、さっきの男は!?
視界の端に、砕け散って、服や装備だけが残っている男の姿を捉えて、ようやく、何が起こっているのか気付く。
――――土人形!?
男そっくりに作られた土人形に服を着せただけ。
そうか。
だから、顔にも布のようなものを巻いていたのか、と。
地面から現れるほんの一瞬だったので、『鎌』の方への意識を優先させてしまった。
そのため、大きさと動きだけで判断してしまった。
肌の露出がほとんどないことなど、気にも留めなかった。
それだけ、その土人形が自然な動きをしていたことに感心する。
男に、そんな能力もあったのか、と。
してやられた。
そう思って、思わずクリシュナは笑みを浮かべた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ほんの一瞬。
一瞬だ。
確かに、クリシュナさんの意識を逸らすことができた。
「あああああああっっっ――――!」
「――――――っ!?」
だから、ここからは何も考えない。
ただ、全力で、この『鎌』を振り抜いた――――。
「――――なっ!?」
「――――――!」
刹那。
クリシュナさんがゆっくりと微笑んだのに気付いて。
だが、俺の『鎌』による攻撃はあっさりと空をきった。
――――躱された!?
完全に虚を突いたつもりだった。
事実、クリシュナさんも感心したように笑みを浮かべたのが見えたし。
だが。
それでも届かなかった――――。
すでに、クリシュナさんは『高速移動』によって、俺から距離を取っている。
数メートル先に移動したクリシュナさんがどこか嬉しそうにたたんでいるのが見えて。
そのまま、攻撃態勢を取ったのに気づいて。
だが、もうすでに俺には打つ手がなくなっていて。
次の瞬間。
再度の『高速移動』によるクリシュナさんの攻撃が迫ってくる。
それがスローモーションのようにゆっくり流れてくるのを呆然と眺めて――――。
『セージュっ!』
一瞬。
クリシュナさんの攻撃が来る、その一瞬前。
アルルちゃんの内なる声が聞こえて。
「――――っ!?」
アルルちゃんっ!?
慌てて、俺の思考が再起動される。
その時には、もう、アルルちゃんは『憑依』を解除していて。
彼女が何をしようとしているのか気付いて。
「――――っ!?」
実体化したアルルちゃんが自らを護るように『土魔法』を発動。
そのまま、俺をクリシュナさんからかばうように前に出たのに気付いて――――。
俺は今、自分に何ができるか、何をすべきかをフル稼働で考えて――――。
そのまま、ダンプカーにはねられたような衝撃に襲われて。
自分の身体が後方に吹き飛んでいくのをスローモーションのまま認識。
飛ばされる途中で、リディアさんと目が合って。
『どうする?』
何故か、その圧縮された時間の中で、リディアさんの問いが理解できて。
ゆっくりと身体の痛みが伝わってくるのと同時。
まだ、飛ばされた身体が宙を舞っているのを感じたままで。
ルーガに指示を飛ばす。
『ルーガ、頼むっ!』
アルルちゃんが『憑依』を解除しているため、既に能力は失われているのかもしれない。
無駄なのかもしれない。
だが。
俺は目の前でアルルちゃんが俺の身代わりとなって、クリシュナさんの攻撃のほとんどを受けてくれたのをずっと見ていた。
――――だったら。
このまま、あっさりと負けてたまるかっ!!
ぽーんという音が頭の中に響く。
『よろしいのですか?』
『今のあなたの行為は『力の代償』が必要となる可能性があります』
『注意:覚悟はよろしいですか?』
その警告に、無言でイエスを返す。
望むところだ、と。
『隠しステータス:『浸食率』が上昇します』
そのメッセージが頭の中を流れるのと同時に。
俺は今できることを確認。
――――『しょっと』『そーど』『しーるど』『ぼっくす』。
選べる選択肢はひとつだけ。
だから、俺はそのうちのひとつを選ぶ。
跳ね飛ばされる俺の身体と至近距離にあるクリシュナさんの身体。
ありったけのビーナスの『苔弾』をアイテム袋からばらまき。
その空間めがけて、キーワードを放つ。
「――――『ぼっくす』」
「――――――っ!?」
驚愕の表情を浮かべるクリシュナさん。
その身体が見えない壁によって封じ込められるのを確認して。
ゆっくりと流れていた時間が、元へと戻るのを感じて。
そのまま、俺の意識は真っ白になった。
『セージュ・ブルーフォレストの身体から◆◆◆◆の『因子』が消えるのを確認しました』
『以降、同様の行為はできません』
『セージュ・ブルーフォレストの『浸食率』が40%に上昇しました』
最後にそんな声が聞こえたような気がした。




