第34話 農民、美味しい夕食を食べる
「ふえっ!? じゃあ、あの、警告の原因って、十兵衛だったの!?」
「まあな、血がたぎってるとこに、あんな強ぇ嬢ちゃんと出くわしちまったんだ。手合せしてぇ、ってのは、俺みたいな武芸者の端くれとして生きてもんにゃ、至極真っ当な感情だぜ?」
「いや! 全然わかんないってば!?」
運ばれてきた料理を食べながら、色々と話をしていたんだが、やっぱり、十兵衛さんとカミュの激突の話になったら、ラウラもカオルさんもびっくりしてた。
そりゃそうだろうな、と俺も思う。
普通の感覚だと、喧嘩っぱやいどころじゃないもんな。
「俺は、目の前で見てただけだけど、さすがにいきなり斬りかかったりはしていなかったなあ。一応、カミュからも同意を得てから、って感じにはなっていたし」
「だろ? ありゃ、単なる真剣勝負だぜ」
「でも、挑発といいますか、殺気をぶつけてましたよね、十兵衛さん?」
「そりゃあ、本気になってくれねぇと面白くねえからな。はは、やっぱり、強かったぜ、カミュの嬢ちゃん」
負けたにも関わらず、どこか嬉しそうな十兵衛さん。
何でも、こっちに死に戻って来た後で受け取ったメールに、今回の罰則として『痛覚軽減の解除』の措置が下ったことが書かれていたらしいが、むしろ、十兵衛さんとしては、ありがたい話だったらしい。
『道理で、身体の感覚がおかしいと思ったんだよな』とか言ってるし。
あれで、本気じゃない辺り、十兵衛さんも大概だよな。
「でも、カミュたちは、俺たちみたいな『死に戻り』はできないって言ってましたよ。終わった後、この手の命のやり取りみたいなのは勘弁してくれ、って愚痴ってましたし」
「あー、そうなのかよ。そいつは悪ぃことしたなぁ。まあ、しょうがねえ、俺も当面は勝負を挑むつもりはねえよ。せめて、あの嬢ちゃんから、もう少し全力を引き出せるくれぇに俺も鍛えないといけねえからな」
「あれ、カミュは手加減してるように感じました?」
結構、必死だった気がするんだけど。
攻撃こそ、防がれていたけど、ラースボアを目にした時と違って、冷や汗みたいなものはかいていた気がするぞ。
だが、俺がそう言うと、十兵衛さんが首を横に振って。
「ありゃあ、戦い方を俺に合わせてただけだろ。打ち合った感触だと、確かにあの嬢ちゃん、剣に命を捧げてるって感じじゃなかったが、それでも、俺の攻撃が通用しなかったじゃねえか。まあ、こっちの俺の身体がこのざまだから、鈍ってたのは否定しないがな、それでも、得手じゃねえもんで、互角以上にやられたのは、俺にとっては屈辱だぜ? 当面の目標はあの嬢ちゃんだな」
「はあ……そういうもんですか」
屈辱って言ってる割には、十兵衛さん嬉しそうだな。
良い相手を見つけたって感じだし。
やっぱり、この人、戦闘狂だ。
そんなことを思っていると、十兵衛さんが、そもそも、と付け加えて。
「セージュの坊主も見ただろ? あのでけぇ化けもんを包み込んだ水をよ。あれが魔法ってやつなんだろ? だったら、俺はあの嬢ちゃんの本気にはまったく届いていねえってこった。本気だったら、相手に隙を生み出すのに、あの手のやつは恰好の技だからな。こっちで言うなりゃあ、銃を持った相手が、それを抜かねぇうちに負けちまったってことになる。まあ……悔しいわな」
「あ、でも、カミュは十兵衛さんのこと、高く評価してましたよ。最後に切り札を使わされたって言ってましたし……あれ、最後は結局どうなったんですか?」
「いや、傍から見てたおめえがわからねえんだから、俺も説明なんざできねぇぞ? 俺はあの時、俺ができる一番速ぇ動きをしただけだ。正直、身体も疲れてたんでな。それ以上は持たなかったってのもあるんだが」
あー、やっぱり、当の本人でもよくわからなかったか。
そもそも、素手で剣を壊すなんて技は、こっちの世界でもそうそうないらしいし。
甲冑剣術の組み打ちなどで、武器を持つ手などを破壊する方がよっぽど手っ取り早いから、と十兵衛さんに言われてしまった。
「あれも、魔法の一種ってことは、俺もそれなりにそっちを学んで行かねぇと対等には戦えねえってことだろ」
「へえ、すごいですね、十兵衛さん」
剣の達人だったら、魔法とか邪道だとか言いそうなもんだけどな。
十兵衛さんは、そっちもどんどん活用していこうって感じの考え方なんだなあ。
「いや、相手に合わせて剣術の形も変えていくのが当たり前だろ? そもそも、古流の型だけにこだわっても、今の時代じゃ、銃を持ってるやつに勝てねえだろ。そっちの近代兵器にも対応していくってのが、今の時代の実戦剣術ってやつだぜ?」
ほぅほぅ、なるほどな。
彼を知り己を知れば、ってやつかもな。
状況によっては、銃を持った相手でも斬り伏せることが可能だと、十兵衛さんは笑う。
「へえ! すごいね、十兵衛! 相手が銃でも勝てるんだ!? さすが、サムライだね!」
「相手との距離にもよるがな。要は、互いに得意な間合いがあるってこった。その状況をいかにして作り出すかだな」
十兵衛さんの話を少し感動しながら、ラウラが聞いている。
あー、そう言えば、帰国子女なんだっけ。
それが、目の前にいかにも昔の『侍!』って感じの人がいたら興奮するよな。
俺も、十兵衛さんと出会うまで、今の時代までそういう感じの人が残っているなんて知らなかったから、びっくりしたしな。
あの、ラースボアの首を、ゲームの中とは言え、一刀両断できる人がいるってのはちょっとした感動でもあるし。
カミュの話だと、あれもほとんど本人の腕ってことらしいし。
そんな物騒な話を、にこにこと聞きながら、普通に食事を続けているカオルさんもそれはそれで凄いんだが。
この人も見た目は妙齢の貴婦人って感じだけど、今の十兵衛さんのことを忌避する感じでもないし。
何というか、良い感じの温度のお婆ちゃんだよな。
そんなことを考えながら、俺も料理を口へと運ぶ。
いや、ここの料理、マジで美味い。
というか、今日の料理人が作ってくれたのが、フレンチのコースらしいんだが、正直、美味いは美味いんだが、俺レベルだと、あまりにも食べ慣れていないせいで、美味いとしか言えないんだよな。
アミューズバーか? 前菜からして、説明されてもよくわからない料理だったし、栗をベースにしたスープはそれなりに身近だったから素直に受け止められたけど、その後に出てきた、貝と野菜をマリネしたものとか、何とかのコンフィだったか? いや、あのな、そもそも、料理名が長くて、覚えきれんっての。
いや、どれも美味かったけど。
実際、オレストの町の料理がイマイチだった後で、こっちを食べると、本当にレベルが違いすぎて何も言えないよな。
もしかすると、SZ社がそういうのも計算に入れて、テスターのこっちの食事を豪華にしているのかも知れないな。ゲームの世界では味の再現ができませんでしたから、これでご勘弁くださいって。
そんな中でひとつ俺の心に触れたのは、目の前の肉料理だ。
「へえ、これって、うさぎの背肉を使った料理なんですか」
うさぎと鴨のフォアグラをほうれん草で包んで、真空低温調理だか何だかを施した料理なのだそうだ。
ひとつのお皿の上に、黄色やオレンジ、紫のにんじんやら、リーフやらが彩り鮮やかに並べられていて、最後にうさぎでダシをとったジュだっけ? それをかけることで、ひとつの料理として完成する、とか何とか。
いや、美味かった。
少なくとも、俺が今までに食べてきたうさぎ料理の中でも一二を争う感じだ。
肉そのものの旨みもさることながら、そのソースも。
へえ、うさぎの骨や肉と野菜から、こんなに美味しいソースが取れるのか、って。
まあ、濃厚で複雑な味わいは、フォアグラで補われているせいかも知れないけど、うさぎ料理をひとつとっても、調理次第でここまで素晴らしいものになるんだよな。
やっぱり、『PUO』の世界って、そう考えると、調味料のたぐいが圧倒的に足りてないような気がする。
あ、でも、サティ婆さんの野菜スープは美味かったよな?
もしかすると、その辺にヒントが隠されているのかも知れないな。
「あん? そんなに向こうの料理ってのは不味いのか?」
「ええ、まあ。そもそも、食材がうさぎと蛇でしたから」
食事を食べる前に死に戻った十兵衛さんに、オレストの町の料理について話す。
すると、ラウラもその話に加わって来て。
「あ、オレストの町って、料理が蛇なんだ? わたし、ワニとかだったら食べたことあるけど。ふうん、じゃあ、わたしがいるところの方が料理が美味しいのかな?」
「え? ラウラ、もしかして、オレストの町にいないのか?」
「うん、わたし、今、アーガスシティってとこにいるよ。『アーガス王国』の首都というか、城下町だね」
へえ! アーガスシティか。
確か、オレストの町から南に向かうと、『アーガス王国』があるんだよな。
それにしても、そういうケースと直接話をしたのって初めてだから、何となく嬉しいな。
「ってことは、ラウラはレア種族なのか?」
「どうなんだろ? 種族は普通だよ? 人間種だもの。職業は『召喚師見習い』だから、そっちのせいなのかな?」
「あ、『召喚師』なのか、ラウラって」
「そうだよ。こっちの町って、あんまり他の迷い人がいなかったからね。だから、お友達を召喚できたのは嬉しかったよ? まあ、そんな感じで町の中を色々と巡ってたから、イベントとかはほとんど進めてないんだけどね」
なるほどな。
ただ、ラウラ自身も、どうして、自分が別のところからスタートしたのかはよくわからないのだそうだ。
まあ、その辺は、ユウも『けいじばん』で愚痴ってたから仕方ないよな。
条件がよくわからないのは、βテストが始まったばかりだから当然だし。
ちなみに、そのアーガスシティは、いかにもなファンタジーって感じの作りの町なのだそうだ。
立派なお城とかもあって、町の中には貴族街とか、魔法街とか、色々とあるらしい。
うん、聞いているとそれだけでもテンションがあがるな。
料理に関しても、周辺のモンスターのお肉を焼いたものとかがあって、それなりに食べられたそうだ。
「でも、ここの料理は別格だね。わたし、あんまりこういうとこで食べたことがないから、緊張しちゃって」
「ふふ、錦戸さん、そういうのは慣れてくるから大丈夫よ」
「いやあ、カオルさんよ。俺ぁ、いつまで経っても、この手の料理は苦手だぜ? まあ、食いもんに贅沢言うつもりはねえが、もうちょっと、気楽に食えるもんの方がありがてぇな」
うん、俺も十兵衛さんやラウラの感覚に近いかな。
いや、もちろん、すごく美味くて、テスターでこんな料理が食べられるのは嬉しくて仕方ないんだが。
それはそれ、だな。
何となく、自分の庶民的な感覚にため息をつきながら。
夕食の時間は過ぎていくのだった。
札幌の『施設』にも、四人の他にもプレイヤーはいます。
食事の時間などは、どのタイミングでゲームをやめるかなどで、まちまちです。




