第345話 農民、地下で足掻く
「思った以上に――――きついなっ!?」
『それはそうよ。だって、セージュ、ずっと魔法を使いっぱなしだもの』
地面の中を移動しながら、その消耗の激しさに早くも身体が悲鳴をあげている。
たぶん、傍から見れば、今の俺たちがやっていることって、かなり地味に見えるだろう。
だが、それによる魔力消費は今まで、俺が『PUO』の中で経験したうちでも群を抜いて厳しい状況だ。
既に、魔法を使い続けることによる片頭痛で頭の中がガンガンだし、時折、めまいのような症状に襲われることもある。
それはそうだ。
何度か、穴を掘って、地面の中を移動することはあったけど、ここまで『土魔法』を使い続けの状況は初めてだったから。
『土魔法』で穴を掘る。
現在位置を悟られないように、同時に『地層妨波』を発動させる。
移動をし続ける。
『土魔法』で後ろの穴を埋める。
これらを常時行なっている状態なのだ。
加えて。
地上にいるクリシュナさん目掛けて、『土魔法』で撃ち出しの攻撃を行なう。
攻撃によってできた穴を直後に埋める。
これらも行わないといけない。
俺たちはかくれんぼをやっているわけじゃない。
息を潜めて、相手が去るのを待つわけにはいかないのだ。
ひとつひとつはそれほど重くないが、積み重なってくるとかなり消耗がひどくなる。
特に『地層妨波』の定期的な発動はな。
まさか攻撃による縦穴を通じて、直後に反撃が来るとはな。
クリシュナさんの『高速攻撃』はさすがに来ないが、『火魔法』らしき火球が飛んできて、慌てて縦穴を塞いだという経緯もあった。
幸いというか、アルルちゃんが『憑依』してくれているおかげで、以前よりも、地面の中にいたまま把握できる空間の大きさが広がったため、地上にいるクリシュナさんの動向などもそれなりに把握できている。
さすがに空を飛ばれてしまうと厳しかっただろうけど、地面に接している時なら、どこにいるのかがはっきりとわかるのだ。
だから、ピンポイントでの攻撃も可能なのだが、それはさすがに振動などで察知されてしまうらしく、地上から一メートルほどの距離まで攻撃が届いた辺りで、あっさりと移動されてしまうんだけどな。
おまけに、感知で把握する限りだと、クリシュナさんが地上から俺たちのことを『土魔法』で狙っているようで、時折、的がずれた何らかの攻撃が上から降ってくることもあるし。
半径一メートルぐらいの攻撃か?
それのエネルギーのようなものが振動と共に、すぐ側の地面の中を通過していくのを感じたし。
穴は空いていないから、『土魔法』で何らかの攻撃を通しているのだろう、というのがアルルちゃんの読みだ。
要は、中国武術でいう発剄みたいなものか?
地面に対して、点による浸透系の攻撃を『通す』、って感じで。
まったく、クリシュナさんってば、芸達者だよ。
「おかげで、こっちもゆっくり止まってられないし」
『そうね……攻撃が外れても、その反応で私たちのいる場所を探ってるみたい』
まさか、こんな方法で『地層妨波』を破ってくるとは思わなかったわ、とアルルちゃん。
まったくだ。
全然、笑えないっての。
おかげでこっちは現在位置を誤魔化し続けるしかなくなるという。
結果、俺の消耗がひどくて、一切ダメージを与えていないにもかかわらず、既にぼろぼろの状態だ。
ビーナスの『苔』などでも、もう回復が追い付かない状態だし、このままの状態を続けてもジリ貧なのは間違いない。
長期戦狙いでは確実に負ける。
いや、もちろん、冷静に見れば、何をやっても無駄かもしれないけど。
せめて、一太刀だけでもクリシュナさんに浴びせたいところだ。
リディアさんに強化してもらった『鎌』なら。
一縷の望みがある、と信じたい。
一瞬。
ほんの一瞬でいい。
俺の力が尽きる前に、クリシュナさんの気を逸らす。
なので。
「――――『精霊同調』」
小声で能力を発動。
相手からの返事を確認せず、思念によって指示だけを伝える。
『ルーガ、切り替えを頼む』
これもグレーゾーンなのはわかっている。
ずるいのは百も承知。
だが、返事がなければ、ただの独り言だ。
もうすでに、一か八かに賭けるしかない。
程なくして、俺の眼が力を失ったのを確認。
『土の民』としての地面の中の感知だけが残っているのを確認。
『精霊眼』が使えなくなったことに頷いて。
そして、もうひとつ残っていた切り札をアイテム袋から取り出す。
『身体強化』を俺が可能な限界まで発動。
後は、クリシュナさん目掛けて、『それ』と自分の身体を撃ち上げるだけ。
『アルルちゃん、ごめん。そっちにもダメージが行くかもしれないけど』
『大丈夫。そのぐらいは覚悟してるから』
そのアルルちゃんからの返事に俺も頷いて。
――――いくぞっ!!
せめて、一太刀。
落ち着いているクリシュナさんの裏をかいて攻撃を通す――――!
自爆攻撃によって、衝撃と共に、自分の身体が撃ち上げられていくのを感じたまま。
そのまま、勢いよく俺は地上へと一直線に飛び出した。




