第344話 巡礼シスター、月狼の正体に気付く
「馬鹿な……」
あり得ない、と内心で続けつつ、カミュは先程のクリシュナが使った能力を振り返る。
セージュの『土魔法』を無効化してしまった力。
あれは、明らかに『月属性』の能力ではない。
『土魔法』を吸収したうえで、魔法で生じた現象そのものを逆戻りさせてしまった。
もちろん、方法がないわけではない。
設置型の魔法ならば、使い手が同じ属性の魔法で『解除』を行えば似たようなことは可能だ。
ただし、それが自分以外の魔法の場合、その相手から強制的に制御を奪う必要がある。
術師が同じならば簡単だが、そうでない場合は難易度が跳ね上がる技なのだ。
しかも、発動中の魔法の権限を奪う、だと?
そうでもなければ、先程のセージュの『地針』を散らすことはできなかったはずだ。
『土魔法』というのは派手さはないが、相手にするとなれば意外に厄介だ。
何せ、発動条件の多くは、術師の手と地面が触れている必要がある、というものだからだ。
要はほとんどが術師とひと繋がりの魔法なのだ。
故に無力化が難しい。
ひたすら防御を固められれば、長期戦は必至の相手となるのだから。
むしろ、クリシュナがそのまま体当たりなどの力技ですべてを壊す方がよっぽど容易い話だろう。
にもかかわらず。
それの制御を離れた場所から奪う、だと?
余程、同属性の魔法に精通していなければできない芸当だ。
つまり、クリシュナは『月狼』……『狼種』にも関わらず、他属性の魔法にも長けている、ということになる。
……『狼種』はその圧倒的な能力の反面、『精霊種』などと同様に属性特化の種族のはずだ。
だからこそ、自分の属性に限って言えば、他の追随を許さないほどの力を持つ。
少なくとも、それがカミュの……教会の『狼種』への認識だった。
明らかにクリシュナの能力はおかしい。
そう、カミュは考えつつ、目の前の状況を見つめる。
もう既に、戦闘は次の場へと進んでいる。
セージュも、地上戦では太刀打ちできないと踏んだのだろう。
地面に穴を掘ったかと思うと、地中を移動しながら、上に向けて岩などを発射させたりして、クリシュナへの攻撃を繰り返している。
もっとも、地面が隆起するのに合わせて、クリシュナも即座に回避してしまうため、傍から見ていても一向に当たる気配はないが。
「へえー、正直驚きよね。ね? ノーヴェル? あのクリシュナ相手で数分間持ちこたえている相手なんて、めずらしくない?」
「…………まあ。でも、獣せこい。地面の中に逃げた」
「ふふ、ですが、上手い手ですよ? クリシュナも私に気を遣って、大穴をあけるような技は控えてくれているようですし」
いい勝負になってます、と微笑むのはラルだ。
そして、どこか感心したように眺めているのは、イージーとノーヴェルだ。
それでも、三人とも、平然とはしているな。
つまり、今のクリシュナの能力について、おかしい、とは思っていないということだ。
「全然、セージュの魔法が効いてないね」
「きゅい……」
「やっぱり、クリシュナさん、強いわね……マスター! もっと頑張りなさいよっ!」
「あーっ、アルルの位置がわかりにくくなっちゃったー」
「……思い出したわ。クリシュナって、『グリーンリーフ』の『守護者』の名前よね? あら……? だとすれば、どうして……?」
一方で、セージュたちの戦いを心配そうに、あるいは必死に応援して見ているのが、ルーガたちだ。
最初から勝ち目が薄いとわかっていただろうが、何せ、セージュが手も足も出ない状況だ。心配するのも当然のことだろう。
そんな中で、カミュが気になったのはフローラのつぶやきだ。
誰に言うでもなく、かすかにつぶやいただけの言葉。
本人も無意識だったのであろう、そのつぶやきを確かにカミュは聞き取った。
フローラも『精霊の森』の実力者だ。
当然、カミュと同じように、クリシュナに関することについても耳にしたことがあったのだろう。
――――あっ!?
そこまで考えて、ようやくカミュはその可能性に気付いた。
「なあ……さっきのクリシュナがセージュの『土魔法』を無力化にしたやつ、あれって、クリシュナにとっては当たり前の能力なのか?」
「あら? カミュ、知らなかったの?」
「…………そう。あれはクリシュナの『魔喰い』。レーゼ様やお嬢様たちを除けば、間違いなく、敵なしの力。魔法が一切効かなくなる」
やはり、とカミュが頷く。
イージーもノーヴェルも気付いていない。
その言葉に頷いているラルも同様だ。
つまり、三人ともエヌの管理の内側にいる、ということだ。
だから、『グリーンリーフ』の住人でありながら、クリシュナの立ち位置がおかしいことに気付けていない。
いや、ラルあたりは違和感ぐらいは感じ取っているのかも知れないな。フローラが少し妙だということに気付けたように、だ。
だが。
今、ノーヴェルから『魔喰い』という能力を聞いて。
改めて、カミュはそのことを確信する。
クリシュナのやつ……あいつも、あたしやリディア同様に、向こう側の存在であるということに。
そうだ。
本来のクリシュナの立ち位置は、さっきフローラがつぶやいたように、『グリーンリーフ』の『守護者』だったはず。
『グリーンリーフ』の深奥で、レーゼを含めた『グリーンリーフ』そのものを護っている存在。
そのため、カミュも向こうではクリシュナと直接会う機会はなかった。
何せ『グリーンリーフ』の奥地にしかいないため、そこまで踏み込む機会もきっかけもなかったからだ。
だから、カミュも『教会本部』で得た情報ぐらいしかクリシュナについては把握していない。
セージュに教えた情報。
クリシュナが『月狼』であること。
そのために、どういった能力を持っていると思われるかの答え。
こちらの世界でクリシュナと会って、ある程度確信を持てた部分に関することが、ちょっと前に教えた情報だったのだ。
――――だが。
『魔喰い』という能力を聞いた今、カミュの頭には別の可能性が思い浮かんでしまった。
思い出すのは、『クリシュナ』という名前の『狼』に関する情報ではない。
別の存在について、『捜索任務』を受けた時にルビーナのやつに聞かされた話の中に、確かに『魔喰い』に関する話があった。
『あん? 何で、あたしがそんな面倒なことを……?』
『仕方ないでしょう? 貴方の我儘を呑む代わりだもの。そうでもなければ、他の皆が納得しないわよ。どれだけ自分が無茶を言っているのかわかってるの?』
『……はいはい。わかったよ……』
『いいじゃない。別に期限を切るわけじゃないんだから。要は、『どこ』に『誰』がいるか、それがわかればいいの。『誰』が『残って』いて、『誰』がもう既に『喪われて』いるか。あるいは『次』の『誰か』が『生まれて』いるか。それだけわかればいいわ。あちこちを巡るついでに探しておいて』
『……わかったわかった。で? それが一覧か?』
『ええ。現時点で教会が把握している――――『原初の竜』の居場所、能力、何に化けているかの、ね。と言ってもねえ……』
『おい……ほとんどスカスカじゃねえか』
『それだけ、探すのが難しいってことじゃないの。だから期限は切らないわ。相手がどんな種族にも化けられる以上、正直なところ、探しようがないもの。でも、教会としても『災害』に対して対策を練らないといけないじゃない? それが例え――――『最強種』のひとつ、『原初の竜』が相手であってもね』
『三賢人』のルビーナから得た情報。
『原初の竜』の捜索任務のために用意された、わずかに残った情報の中に、確かにその『魔喰い』の能力があった。
「――――『生存不明』、『М』の座。あらゆる属性の魔法を極め、『魔喰い』によって、あらゆる属性の魔法を吸収する存在」
「うん? カミュ、何か言った?」
「何でもないぞ、ルーガ。ちょっとあたしも頭が痛くなっただけだ」
あーあ、とシニカルな笑みを浮かべるカミュ。
これだったら、単なる『月狼』の方がましだったな、と。
――――『魔導竜』、か。
「……さすがにあたしもそこまでは想定してなかったからなあ。セージュ、ごめんな」
「…………?」
セージュに対して謝りつつ。
内心で、後でエヌのやつ殴る、と心に決めて。
横で頭に疑問符を浮かべたまま、こっちを見つめるルーガに対して苦笑を返しつつ、カミュは嘆息した。
「ちょっと、相手悪すぎだな。死なない程度に頑張れ、セージュ」




