第340話 農民、精霊憑依を試す
『それって、『精霊眼』だな』
『……セージュ君?』
『あ、すみません』
おっといけない、さすがに往来でその手の単語はNGだったな。
どこで誰が聞いてるかわからないし。
フローラさんに睨まれて、慌てて謝る。
ただ、対クリシュナさんにおける、かすかな光明であるのも確かだ。
先程までの話を整理すると、やはり、さっきカミュが行なった『無反動』での『高速移動』といえども、わずかに周辺の環境には影響を与えているようだ。
ウルルちゃんたちが持っている『精霊眼』であれば、それがどういう風に作用しているのか、はっきりと見て取れる、って。
もっとも、見えることと対応できることは別のようだけどな。
前の『鎧』の攻撃も、見えるには見えたけど、ウルルちゃんたちにとって上手にかわすのは難しかったそうだ。
まあ、カミュの話だと『精霊種』の場合、本体なら物理攻撃はほとんど通用しないらしいし、種族として回避するってことに慣れてないのかもしれないな。
魔法は障壁展開とかで防ぐことができるみたいだし。
そして、更に重要なのはもう一点。
ウルルちゃんたち『精霊種』だけではなく、ふたりが憑りついているシモーヌちゃんもしっかりと『小精霊』への作用を見て取ることができた、と。
『つまり……憑いてもらえば、ってこと?』
『そうですよ、お兄ちゃん』
『どこまで共有できるかは、相性とか適性によるけどねー』
『適性がなければ、そもそも『憑く』ことができないわね』
なるほど。
三人の言葉に頷く。
必要なのは属性に関する適性と精霊術師としての適性、か。
あとは、個々の相性とか信頼度とかにも左右されるみたいだけど、そっちでうまく行ったとしても、他の適性がなければ、ただ『憑依』できるだけ、なのだそうだ。
『ふぅ……そうね。でも、それだけでも意味はあるわよ、セージュ君。たとえ、能力を得られなくても、身体能力そのものの底上げが可能だから』
なんと!
仕方ないという雰囲気ながらも、フローラさんが教えてくれたことによれば、『精霊種』が『憑依』できただけで身体の基礎値の上昇が見込めるとのこと。
俺の場合、ステータスは数値化されていないけど、仮にそうだった場合、相乗効果での能力アップが可能、と。
『ふふん、ま、今のままじゃ勝率はほぼゼロだ。試す価値はあるだろうな』
『それじゃあ、お願いできる?』
『うんー! いいよー!』
『ちょっと待ちなさいよ、ウルル! 借りがあるのは私なんだから、私がするわよ!』
『えーっ!? いいじゃないのー!? ウルルがやってもー!』
いや……あのな……?
いきなり、そのまま姉妹喧嘩が始まってしまったぞ?
最初は言い争ってるだけのふたりだったけど、そのうちにエスカレートしてきて、ちょっと殴り合いのけんかみたいになっちゃったんだが。
うーん。
軽い気持ちで頼んだつもりが、ふたりとも予想以上に重く考えてくれてたようだ。
『だって、『村』から出てこれたのもセージュたちのおかげだよー! ウルルだって、お礼がしたいもんー!』
『その前にわたしの方が迷惑かけてるじゃない! 今回はあんたが引きなさいよ!』
『……まったく』
その光景を見て、フローラさんも呆れてるけど。
放っておいたら、お互いに魔法とか使いそうな雰囲気だぞ?
何とかしないといけないよな。
『いっそのこと、シモーヌちゃんみたいにふたりともってのはできないのか?』
『やめとけ、セージュ。シモーヌのは特殊な例だ。普通は複数の――を憑かせることなんてできないし、もし万が一、セージュに適性があったとしても、今のレベルじゃ、耐えきれないはずだ』
『そうね。セージュ君の今のレベルって、アルルたちの四分の一ぐらいだもの。それだと難しいと思うわ。ひとりだけでも何かあったら御せない可能性があるもの』
なるほど。
言われて、自分のレベルを確認すると身体のレベルは43だった。
昨日のコッコさんたちとの戦闘だと、倒しきっていないからなあ。
そっちの経験値はほとんど入っていないのだ。
どちらかと言えば、スキルレベルの方が上昇してるしな。
というか、フローラさんの話から推測すると、ウルルちゃんたちって、レベル180前後か? 一応、三桁なのは知ってたけど。
それじゃあ、厳しいかもなあ。
他のゲームの悪魔とかの召喚でも、自分より高いレベルが相手だと仲間にできなかったりするものな。
そんなことを考えていると。
『いいかげんにしなさい、ふたりとも!』
『だってー、お母さんー!』『そもそも、借りを返すのは大事って言ったの、お母さんじゃない』
『お母さんじゃないでしょ!? お姉さんでしょ!』
『いや、怒るとこ、そこなの?』『ウルルも間違えたけどー』
『そもそも、セージュ君の能力を考えたら、アルルが協力すべきじゃないの。これについてはウルルが出しゃばるのがおかしいのよ』
『えーっ!? やだよーっ! ウルルがやるのーっ!』
『あっ!? ちょっと、このお馬鹿っ!?』
――――えっ!?
フローラさんが仲裁に入ってくれたから、大丈夫かと思って見ていた俺の方へと、いきなりウルルちゃんが飛びかかってきた。
俺が、ぶつかるっ!? と身構えた瞬間、ウルルちゃんとぶつかった部分を中心に、身体がさざなみのような振動によって支配された。
まるで、自分が音叉になってしまったかのようだ。
身体の皮膚が水面だと例えると、その一点にしずくが落ちて、波ができて、それが全身へと広がっていく感覚。
うわっ。
ちょっと振動に揺さぶられて、酔いそうな感じだ。
船に乗っている時のような内部からの揺れが生じて。
『ほらー! できたよー!』
身体の中と、少し離れた空間、それぞれからステレオのような感じでウルルちゃんの声が聞こえる。
もしかして、これが『憑依』状態だろうか?
『うんー、そうだよー』
えっ!? 今のって、俺、声に出してなかったよな?
『うんー。セージュが頭の中で言葉にしたら、それはわかるよー? 考えてることの全部が全部わかるわけじゃないけどー』
マジか。
ウルルちゃんの言葉を聞きながら、少し冷静になる。
どうやら、完全に思考を共有しているわけではないらしい。
もっとも、俺、頭の中で言葉を浮かべて考える傾向が強いから、そうなると考え事をしている間は筒抜けになってるということで間違いないらしい。
『へえ、意外だな。『土の民』で水との適性もあるのか?』
『そうね。ただ、セージュ君の能力を見る限り、やっぱり、ウルルだとあまり意味がなさそうだけど』
『ちょっとー! お母さんっ! そういうこと言わないー!』
ええと……ステータスか?
どれどれ?
名前:セージュ・ブルーフォレスト(憑依状態)
年齢:16
種族:土の民(土竜種)
職業:農民/鍛冶師見習い/薬師見習い
レベル:43(+◆◆◆)
スキル:『土の基礎魔法Lv.35』『土の初級魔法Lv.19』『農具Lv.24』『農具技Lv.5』『爪技Lv.18』『解体Lv.9』『身体強化Lv.20』『土中呼吸(加護)』『鑑定眼(植物)Lv.16(+◆◆)』『鑑定眼(モンスター)Lv.18(+◆◆)』『緑の手(微)Lv.7』『暗視Lv.10』『鍛冶Lv.1』『騎乗Lv.2』『調合Lv.5』『土属性成長補正』『自動翻訳』
《『水魔法』『精霊眼』》
『土の基礎魔法Lv.35』――魔技『アースバインド』
『土の初級魔法Lv.19』 魔技『岩砕き』
魔技『土壁』
魔技『土盾』
魔技『土耕』
魔技『石礫』
あっ!?
すごいかも。
身体のレベルがプラスアルファで上昇しているようだ。
もっとも、今の俺の『鑑定眼』だとウルルちゃんのレベルまでは読めないみたいだけど。
えーと……あと、他にあがっているのは、二種類の『鑑定眼』と、それに追加スキルとして『水魔法』と『精霊眼』か。
他のスキルと別枠で記されているのは、『憑依状態』限定でのスキルってことかな?
確かに、何となくではあるけど、前よりも力が湧いてくる感じがある。
なるほど。
これが『憑依』か。
もちろん、ウルルちゃんが強いからこそのこの状態だろうけど。
『ねっー! すごいでしょー!』
嬉しそうなウルルちゃんの声が響く一方で。
『うーん……やっぱりね。もちろん、セージュ君にウルルが憑くことができたのは驚きだけど、『水魔法』にも魔技はないし、『鑑定眼』の上乗せはあったけど、『精査』は得られなかったのね』
『フローラの見立てはどうだ?』
『可もなく不可もなく、ね。『水魔法』のレベルを考えると使い物にならないけど……一応、目的は達成よね。能力はあるわけだし。でも、セージュ君の身体の負担を考えると割りにあわないと思うわ……ほら、ウルル。気が済んだなら、戻りなさい。セージュ君が疲れちゃうから』
『うー、なんか、お母さん微妙ー』
『――――ウルル?』
『うー、わかったよー』
フローラさんの静かな怒気に耐えられず、渋々ながらも憑依を解くウルルちゃん。
さっきの『憑依』された時と同じような感覚が生じて、今度は身体が軽くなったように思えた。
ただ、少しの脱力感はあるようだ。
いや、力が抜けている感じだから、借りていた分のパワーアップ要素が抜け出たことでのギャップなのかもしれないけど。
ただ、精霊さんの『憑依』に効果があることはわかった。
『それじゃあ、今度はアルルがやってみて』
『ええ、わかったわ』
そのまま、フローラさんの監督のもと、アルルちゃんとの『憑依』を試すことになった。




