第339話 農民、壁の高さを知る
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『勝負にならない?』
『ああ。今のまま、無策で突っ込んで行っても、勝ち目はないぞ』
一瞬で決着がつくだろうな、とカミュがシニカルな笑みを浮かべた。
ペルーラさんの工房を出て、そのまま、ラルさんの家へと向かおうとした俺たちに対して、『手伝う気はない』と言っていたはずのカミュから待ったがかかった。
『さすがに無策で突っ込むつもりはないぞ?』
一応、その時点で俺が想定していた手はいくつかあった。
加えて、新しく得たこの武器。
ペルーラさんの試作『幽幻の鎌』。
これによって、多少は攻撃の幅を増やせる、とそう考えていたのだが。
カミュに言わせると、その程度では無策に等しい、って。
『だからな、セージュ。あんたがその程度でクリシュナ相手に立ち回れるって考えている時点で、もうすでに負けなんだよ。あたしが注意したことを覚えてるか?』
『ああ、もちろん』
『いや、全然わかってないぞ。クリシュナの速さ。それについて、あまりにも軽く考えている』
カミュからの忠告についても想定していたつもりの俺だったが、その答えの途中でばっさりと否定をされてしまった。
認識が甘い、と。
いや、別に甘く考えてたわけじゃなくて、前にカミュや十兵衛さんが戦っていた時の最高速、あれと同じか、それよりも少し早いぐらいに考えてはいたのだ。
あの時も、カミュが放った最後の攻撃に関しては、まったく見えなかったし、この『PUO』内の生物にとっても、あのぐらいの速さまでは到達できるのは間違いないと、そう思ってはいたから。
加えて、俺の場合、例の『鎧』との戦闘経験もある。
あの時の攻撃は、向こうでいうところの銃弾に近い速度は出ていた。
いや、事前に射線が読めるとは言え、こちらも反射でかわすことができた以上は、さすがに銃弾ほどの速さはないだろうけど、それでも条件付きであれば、高速戦闘でも対応が可能じゃないか、って。
カミュには言っていないが、一応、俺も前に『戦争系』のゲームをやった時にユウから教わったやり方があるから、そっちを試してみるつもりではあったのだ。
俺のそんな思いを感じ取ったのか、カミュが嘆息して。
『まあ、言葉で言ってもわからないだろうから、ちょっとだけ実践してやろうか? あたしもさすがに『狼種』……クリシュナと同じようなことはできないから、あくまでも似たような別の手段って形になるんだが』
『えっ……? 実践?』
『ああ。セージュ、あんた多分、相手の予備動作とか、その手のことで動きが先読みできるとか、そう考えてるんじゃないか? だったら、その甘い認識は一度打ち砕いておいた方がいいからな。別にクエスト失敗なら、それはそれで仕方ないが、このままだとただの徒労に終わるからな』
やれやれ、という風に肩をすくめるカミュ。
だが、こちらが驚いている間にも、ちょっとこっちに来い、と手招きしつつ、人だかりの少ない畑エリアの方へと誘導してきた。
なので、とりあえず、俺がカミュの後について行こうとした、その時だった。
『――――っ!?』
後ろ向きで前方を歩き始めたカミュの姿が消えたかと思うと、その時にはすでに俺の身体は宙を舞っていた。
次の瞬間、背中の痛みと共に、地面に横たわっているのに気づいて。
ようやく、今、自分が何をされたのか理解する。
前を歩いていたはずのカミュに、後ろから投げつけられたのだ、と。
完全に不意を突かれたため、受け身を取ることすらできなかったが、それほど身体に痛みがないところを見ると、カミュも多少は手加減をしてくれていたようだ。
地面もちょうど掘り起こしたりした土のところで、そこまでの硬さもなかったし、そういう意味では、今のが『実践』とやら、だったのだろう。
いや、振り返ってみても、カミュがどういう風に動いたのかさっぱりだったが。
俺の周りにいたルーガたちも、俺が地面に倒れているのに気づいて、ようやく驚きの表情を浮かべてるし。
一方のカミュはいつものシニカルな笑みを浮かべて。
『な? 予備動作なしで高速移動されると怖いだろ? これをクリシュナなら、呼吸をするかのように容易く行えるのさ』
あたしの場合はこの程度が限界だ、と苦笑するカミュ。
『今、何をしたんだ、カミュ?』
『速く動く際の拍子を消した。あと、単なる『身体強化』での高速移動だと反動がでかいからな。極力、『狼種』の『無反動』をまねてみたのさ』
そうすることで、動きを予測できなくする、と。
カミュ曰く、前の方へと歩いていくように見せて、その後の変化を読ませないように『高速移動』を行なうと、今のような感じになるのだとか。
『通常、速く動こうとするには溜めの動作が必要だな。身体の使い方とかも重要だし、単に速く動くだけだと、移動の際の反動がでかくなるから、魔法で障壁を張ったりしないと動くだけで身体の方にダメージが来るからな』
見てな、とカミュが俺たちを促して。
次の瞬間、どんっ! という轟音と共に、カミュの身体が20メートルほど先の方へと移動した。
ほんの一瞬だが、今のは何となく移動の動線が見えた。
というのも、カミュの身体がかすかに光を発していたからだ。
その光が残像のようになって、線を生み出していたので、何とか動きを追うことができたというか、そんな感じだな。
『今のが、普通の、というか、あたしらも割とよく見かける『高速移動』だな。速くなればなるほど、周りの見えない風がまとわりついて、それが重さとなってのしかかってくる。だから、それを弾くために魔法障壁を作って身体を護るのが基本になるってわけさ』
『あ、なるほど』
そっか。
やっぱり、こっちの世界でも空気抵抗みたいなものは存在するのか。
ということは、さっきの轟音は音速を越えた時の衝撃か。
サウンドバリアとか何とか。
いや、それを生身で成し遂げるのもすごいし、その反動に耐えられるようにできるのもすごいけどな。
その辺は、魔法頼りみたいだけど。
と、そこまで考えて、ひとつ前のカミュの動きの異常さに気付く。
その手の『抵抗』がまったくなかったのだ。
ちょっと待て。
さっきのをクリシュナさんは簡単に使えるってことか?
『だから、そう言ってるだろ。な? 『狼種』って怖いだろ? 当然、攻撃も読めないぐらい速いし、攻撃だけじゃない。こっちの攻撃を回避する時だってそうさ。まず、こちらの攻撃は当たらない。どれだけすごい武器を持ってようが、威力が凄まじい魔法を使えようが、当たらなければ意味がない』
あんたが挑もうとしているのはそういう相手だ、とカミュ。
『もちろん、移動範囲内の全域を攻撃できる魔法でも使えば別だろうが、そもそも、それ自体が困難だろうしな』
『そうなのー? たぶん、できる人はいると思うけどー?』
『あー、まあな。ウルルたちはそういう認識か。グリードのやつも似たようなことを言ってたしな。だがな、そんな自爆技を使えるのは余程の物好きか、特殊な例だってのは覚えておいた方がいい。普通は広範囲にわたる攻撃魔法といえども、術師を巻き込む形で使うことはないのさ。だったら、クリシュナがどうするか? 答えは簡単だ。術師の後ろの死角まで移動すればいい。ただそれだけだ』
なるほど。
そっか。範囲攻撃なら、って思っても自分を巻き添えにする覚悟でもなければ、普通は安全地帯ができてしまうってことか。
まあ、そうだよな。
自分を巻き込むわけにはいかないし、仮に自爆でドローを狙ったところで、俺よりもクリシュナさんの方が体力ありそうだし。
ウルルちゃんが言うように、グリードさんたちなら『分体』を犠牲にして、自爆技を仕掛けることも可能だから、絶対に不可能って話じゃないけど、少なくとも俺にとっては現実的じゃないってことだよな。
……まあ、『死に戻り』ができる迷い人にとっては不可能じゃないかもしれないけど、どっちみち『死に戻っ』た時点でクエストは失敗だろうし。
『じゃあ、どうするの、カミュ? だったら、セージュに勝ち目はないってこと?』
『今のままでは、だな。ルーガの言う通りだ。セージュに勝ち目はない。あたしもそうだが、ペルーラやジェイドも同様のことを言ってただろ? 少なくとも、それなりの力量と常識のある者にとって、今回のセージュの挑戦は無謀としか言いようがないからな』
それこそ、余程のことをしないとな、とカミュが付け加える。
『まず、動きが見えないとお話にならない。それこそ一瞬で仕舞いだ』
『あれーっ? 見えればいいのー?』
『そうですよね、ウルルお姉ちゃん。あの、セージュお兄ちゃん、わたし、今のを聞いて思ったんですけど』
『えっと……何? シモーヌちゃん?』
そういえば、シモーヌちゃんが直接、声をかけてくるのはめずらしいな、と俺がそう考えていると。
『さっきのカミュ、さんの攻撃ですが、わたしにも見えました。たぶん、お姉ちゃんたちもそうだと思います』
『えっ!? そうなのか!?』
『うんー。動き自体が完全に見えるわけじゃないけどねー』
『そうね。さっきのって、『小精霊』と『魔素』を使って反動を抑えてるのよね? だったら、セージュが前にやってたのと同じことよ』
『前にやってたの?』
アルルちゃんのその言葉に、一瞬何のことかわからずにいると。
『そうだよー。ほら、セージュが『雷』を見ながら、『鎧』の攻撃を避けてたのだよー。ウルルには無理だけど、セージュなら、『小精霊』の様子が見えれば、うまくかわせるんじゃないのー?』
ウルルたちだと見えるだけで避けられないけどー、とウルルちゃん。
そこまで聞いて、不意にウルルちゃんたちが何を言いたいかに気付く。
もしかするとクリシュナさんと戦えるだけの可能性について。
わずかに光明が見えた気がした。




