第336話 農民、町長の家に赴く
「もはや、これ、農具じゃないなあ……」
「そうだな、どこからどう見ても、モンスターを殺しにかかってる武器だろ」
俺がぽつりとつぶやいた言葉に、横で見ていたカミュも頷くのが見えた。
ちょっと受け取った鎌を、試しに軽く振り回してみたのだ。
軽い。
感じるのは鎌自体の軽さだ。
見た目は前の鎌よりも数段長い。
にもかかわらず、振るった際の反動が少なくなっているように感じる。
どうやら、ペルーラさんってば、刃の部分を長くするのに合わせて、バランスが良くなるように柄の部分も調整してくれたらしい。
おかげで、前のが『ちょっと死神の鎌っぽいかな?』ぐらいの鎌だったのに、今持っている、この『幽幻の鎌(試作)』は明らかにデスサイズという感じの重厚感を漂わせているというか。
一応、刃の部分の反りは控えめなので、遠目で見れば、大きめの農具の鎌かな? ぐらいに見えなくもないけど、いざ持って構えてみると、自分の背よりも長い鎌って、普通に威圧感を感じさせるので、想像以上の迫力になるのだ。
おまけに振り回した際に、だ。
「ペルーラさん、何か、もやっぽい軌跡が残るんですけど……」
「ええ、そうみたいね」
鎌の振り回した後の空間に、数秒間だけ黒っぽい影のようなものが残るのだ。
たぶん、これが『コッコゴーストのたまご』を使った効果だと思うけど、これ、単なるエフェクトってだけじゃないんだろ?
そのつもりで、ペルーラさんに聞いてみたのだが、笑顔で流されてしまった。
あくまでも、これは『試作』だと。
要は商品としての品質チェックを一切しない代わりに、格安でドワーフの技術を行使してあげた、って形になるらしい。
これも意地悪じゃなくて、あくまでもペルーラさんの好意によるものなのだとか。
アルミナに対して、筋を通しつつ、何とか格安で仕事を受けるための苦肉の策というか、抜け道のようなものだ、って。
だから、効果や威力などについては、後は自分でチェックしてほしいと言われてしまった。
「失敗するかもしれない、ってのはそういうことよ。『品質を確認しない』、『受け渡し後の状態の責任を持たない』、『作業は一発勝負』。だからこそ、値段をお手頃価格まで下げられるの」
普通は職人の仕事ってのは、売った後まで責任を持つものだから、とペルーラさんが真剣な表情で教えてくれた。
もし仮に売り手の過失がない状態で故障した場合は、きちんと修理まで行なう責任が生じるからこそ、ドワーフの技術料というのが存在しているのだそうだ。
なるほどなあ。
たぶん、スイスの独立時計師とか、そっちの感覚に近いのだろう。
その辺は世界に冠する職人の誇りとか、信頼とか、そういうものもあったりとか。
結局のところ、自分で検証していくしかないようだ。
もっとも、そもそもが元の鎌を修復するのが目的だったので、実のところ、十分すぎるというか。効果が謎なだけで、明らかに当初の鉄の鎌よりもバージョンアップしているから、申し分がないしな。
クリシュナさん相手ということで、ペルーラさんが試作してくれた代物だ。
ひとまず、これで事前準備は整ったことになる。
「マスター、それじゃあ、ラル様のところに行くの?」
「ああ。あんまり時間も無駄にできないしな。ペルーラさん、ありがとうございました」
「ふふ、頑張ってね」
「…………」
手に持った鎌をアイテム袋にしまいつつ、ペルーラさんとジェイドさんにお礼を言って、俺たちは工房を後にした。
「そうですか、セージュさんがクリシュナに挑戦ですか」
「はい。よろしくお願いします」
「――――――――」
一応、ラルフリーダさんの護衛任務中ということもあり、クエストに挑む前に前もって了承を得ておくことにした。
相変わらず、クリシュナさんは無言のままだけど、基本的には言葉を発しないというだけで、会話が通じているのはわかっている。
というか、その話になった途端に目つきが変わったというか。
一応、四本脚は座ったままだけど、いつものまったりマイペースで寝そべっている時とはまったく違う、刺すような雰囲気を醸し出しているというか。
「…………獣、物好き」
「あら、面白いじゃないの。無謀だけど」
「…………どうせなら、イージーとかにすればいい。そっちのが可能性が高い」
「やぁよ。わたし、護衛って言っても『気配遮断』が主だもの」
呆れたようにこっちを見ているのはノーヴェルさんたちだ。
ちっちゃい姿でホバリングしているイージーさんも、わたしが相手だとただのかくれんぼになっちゃうじゃない、と首を横に振る。
それだと、実力の判断にならない、って。
どうやら、妖精さんたちの種族スキルが『気配遮断』というものらしい。
クリシュナさんがやっている『認識阻害』とは少し違って、空間に結界を張って、その内側にいるものの気配を消してしまう、というのがその能力とのこと。
その状態で妖精さんが森の中に紛れてしまうと、探すのが困難になってしまうんだって。
それはそれで、別の能力のチェックになるようだけどな。
「他の方は付き添いという形でよろしいのでしょうか?」
ラルさんがフローラさんたちの方をちらっと見ながら、そう尋ねてきた。
あ、そういえば、一昨日、町に戻ってきた報告の際にそっちがらみの相談もしてたもんな。
精霊種として、森の中にいる同胞と会うとか会わないとか。
別件で許可をどうするか、その話についてラルさんが気にしているのだろう。
ただ、その視線については、フローラさんもただ頷いただけだ。
後は、カミュも手を左右に振って、不参加の意を表明しているし、リディアさんはリディアさんで、無言でさっきの黒飴を食べてるし。
というか、リディアさんに関しては、既に手を打ってもらっている。
それらを確認したのちにラルさんが改めて頷いて。
「わかりました。では他の皆さんは付き添いで――――では、周囲に影響が出ないように舞台を用意しましたので、こちらへどうぞ」
「あ、はい」
用意しました、っていつの間に?
どうやら、今の話の間に『舞台』を整えてくれたそうだ。
相変わらず、ラルさんの能力って底が知れないよな。
そんなことに感心しながら、ラルさんの後についていく俺たちなのだった。




