第335話 農民、ドワーフの工房で頼む
「どう、セージュ? もう代金は用意できた?」
「………………」
「いえ、さすがに二千万はすぐには厳しいですって」
どこか楽しそうな、いや、どちらかと言えばからかうような雰囲気でペルーラさんが尋ねてきた。
また所変わって、ペルーラさんの工房だ。
今、話しているのは例の『お湯を沸かす魔道具』のことだな。
こっちはこっちで、今回のクエストで重要なんだよなあ。
これがないと、宿に銭湯を併設する話も保留になっちゃうから。
ただ、ペルーラさんもそんな大金をあっさりと用意できるとは思っていないらしく。
「まあね。昨日も言ったけど、お金が厳しかったら、珍しい素材持ち込みでもいいわよ? もっとも、わたしたちドワーフにとって珍しいってのは、もちろん『鍛冶』に使えそうな素材ってことだけどね」
ということらしい。
鉱物系の素材か、一緒に鋳造できるタイプの素材。
あるいは、炉の火力を高めることができる燃料とか燃焼系の素材とか、と。
と言っても、ドワーフって、そっち系の素材にはかなり精通しているらしくて、ちょっとやそっとの珍しいレベルじゃ、お話にならないとも聞いている。
まあ、なあ。
前に聞いた話だと、アルミナでは石炭を改良した炭とかも普通にあるみたいだから、ペルーラさんたちを驚かすような素材となると、結構厳しいかもしれない。
食べ物系だったら、困ったときの『レランジュの実』とビーナス印の『マンドラゴラの苔』なんかがあるけど、さすがに鍛冶作業には使えそうにないし。
後は『薬油』系統もめずらしい部類には入るだろうけど、あっちはあっちでそもそも調合に関しては、ハヤベルさんの手を借りてるし。
あれも治癒の力がなければ、ただの油って扱いみたいだから、鍛冶に生かせる感じじゃないもんな。
ただ、そっちはそっちで考えがあるというか。
だからこそ、『森』の中央を目指してみよう、って話になってるわけなのだ。
『グリーンリーフ』の奥地だったら、ペルーラさんが喜んでくれそうな素材があるんじゃないか、って。
そうすれば、現金で二千万Nを集めなくても、十分な報酬を渡せるって寸法だ。
うーん。
捕らぬ狸の皮算用だなあ。
どっちかと言えば、自転車操業ともいう。
自重はしないけど。
まあ、それはそれとして。
今、工房に足を運んだのは、そっちが本題じゃないし。
これまでの流れについて、ペルーラさんたちにも簡単に説明する。
「――――というわけで、クリシュナさんから一本取らないといけないんですよ」
「………………」
「あらら……旦那様も言ってるけど、随分と無茶なことに挑むのね? あの狼、ミスリルゴーレムとか目じゃないぐらいに強いわよ? ちょっと甘く見すぎじゃない?」
無謀と勇気は違うわよ、とペルーラさんが苦笑する。
どちらかと言えば、出来の悪い息子を叱るような生暖かい視線というか。
「ペルーラさんはクリシュナさんが戦っているところを見たことがありますか?」
「無くはないけど、ほとんど戦いにならないわね。ほとんど一瞬というか、初手で決着がついてることばかりだもの」
……やっぱりそうか。
俺が目にしたのは、鳥モンさんの集団相手に立ちまわっていた時ぐらいだな。
あの時も目の前の相手をあっという間に地面にたたき落としていたし、魔法による飽和攻撃に至っては、飲み込んでそのまま相手に返してしまったもんな。
たぶん、あれがカミュが言うところの『反射』の能力なんだろう。
やはり、初撃への対応が鍵か。
「ひとまず、この折れた鎌を何とかできないか、相談に来たんですけど」
「うーん……まあ、修理だけなら簡単よ? このぐらいなら短時間で修復できるわ。セージュが自分でやっても、一時間ぐらいで済むんじゃないかしら」
「あ、そうなんですか」
思ったよりも簡単なんだな。
ペルーラさんによると、一応、俺もここで『鍛冶』スキルを身に着けているので、以前の修行の続きとして、やりかたを伝授することもできる、と。
「でもねえ……元の鎌じゃ、たとえ直しても、クリシュナさん相手じゃ力不足よ? また折られるのが精々よね」
ほら、とペルーラさんが工房の片隅に置かれていた別の鎌を持ってきた。
【武器アイテム:鎌】鋼鉄の鎌
ペルーラお手製の鎌。鍛冶の技法によって鍛えられた鋼はわずかなしなりがある。そのため、それよりも強度の高い武具と打ち合っても、威力を受け流すため壊れにくい。
使い手の技量によって、威力が変化する鉄の鎌。
おおっ?
あれ? 俺が買った鎌よりも情報が多いな?
あの時、武器屋では『鉄でできた鎌』的な簡単な情報しか出てこなかったんだけど。
だから普通に農具兼武器として使っていたんだよな。
たぶん、ペルーラさんがきちんと打った鎌なのだろう。
同じタイプだけど、店売りよりもちょっと品質良さめというか。
「これ、今、セージュが持っている折れた鎌と同じように打ったものよ」
「すごい鎌ですよね」
「でも、これって、あくまでも鉄の鎌なの。クリシュナさんの噛みつきとか爪攻撃って、ミスリル相手でも通用するレベルだから、側面を攻撃されたらアウトね」
あっさり折れる、と。
結局のところ、そのまま鎌を修復しても、この場合、あんまり意味がないんじゃないか、とペルーラさんが続ける。
「せめて、修理の際に、もうちょっと改造できる余地があればいいんだけど……セージュ、何か面白そうな素材は持ってないの?」
「はあ……」
そんなこんなでペルーラさんによる所持品チェックが始まってしまった。
ただ修理するだけでまた壊れるのは、職人のプライドが許さない、って感じかね?
そんなことを考えていると。
不意に、ひとつのアイテムに、ペルーラさんの目が留まった。
「セージュ、これは?」
「あ、それはさっきベニマルくんからもらったものですね。昨日のクエストの報酬のうちのひとつです」
『そうっすね。コッコゴーストのたまごっす』
【素材アイテム:素材/食材?】コッコの霊卵
コッコゴーストのたまご? たまごのようだが、実体に乏しい。一応触れることはできるようだ。産み落とされるとすぐに『相互召喚術』の『たまごの間』に保管されるため、実物を目にするのは非常に難しい。
鮮度は割れない限りは新鮮……新鮮? 食べられるかどうかはあなた次第。
数あるコッコさんのたまごの中でも一際目立つ、というか、謎に秘められたたまご。
『コッコの霊卵』だ。
そもそも、説明文からして、たまごであるにも関わらず、食べられるかどうかについては疑問符があるというのだから、まあ、謎だよな、これ。
だが、それを聞いたペルーラさんが笑みを浮かべて。
「あら!? これって、霊体の素材なの? ふうん……ねえ、セージュ、その折れた鎌の修理、『修理』じゃなくて、『試作』ってことにしてみない? そうすれば、失敗するかもしれない代わりに安く仕上げることができるわよ」
「えっ? いいんですか?」
「ええ。前にも言ったけど、その鎌って元にしたものがあるの。この素材を使えば、そっちに近づけるかもしれないから。もっとも、失敗するかもしれないけど」
どうする? とペルーラさんが尋ねてきたので、そこは喜んでお任せすることにした。
何だかよくわからないけど、ちょっと面白くなってきた気がするし。
こういう時は流れに乗っておくのが俺流だ。
ペルーラさんがやる気になってるのも、良い傾向だしな。
「それじゃあ、ちょっと待っててね。作業に関しては見せられないから」
そう言って、この場をジェイドさんに任せて、工房の奥へと引っ込んでしまうペルーラさん。
あっちは確か、前にファン君たちが入っていった部屋だよな?
ということは、これの修理って、ドワーフ限定の技法が必要ってことか?
「ふふ、何か面白くなってきたな」
「んー、ぱくり」
「あれー? リディア、何食べてるのー?」
「リディアさん、でしょ、ウルル?」
「ん、戦利品。黒い飴」
「えっ!? リディアさん、それって、黒糖!?」
「黒糖って何、マスター?」
「また微妙なもんを……それ、ハチミツよりも希少品じゃねえか。ブラックタートルの腹ん中に溜まっている凝固物だな」
「ん、甘くて美味しい」
「ブラックタートル?」
「東の海に生息している巨大な亀のモンスターだ。海のモンスターはどいつもこいつも巨大だからな。めったにその素材が出回ることもないんで、希少品扱いされる代物だ。たぶん、その欠片ひとつが同量の金と交換されるはずだ」
同じ甘いものなら、ハチミツの方が簡単だ、とカミュが肩をすくめる。
いやいや、黒砂糖ってモンスターの体内に溜まるのか!?
こっちってサトウキビとかビートはないのかね?
どうやら、リディアさん、例の『東大陸』に向かう途中で、その『ブラックタートル』を仕留めたらしいけど。
やっぱり、この人、普通じゃないっぽいな。
そんなこんなで、黒砂糖のことで盛り上がること数分。
ペルーラさんが工房の奥の部屋から戻ってきた。
手には前に俺が持っていたものよりも大きな鎌が握られて、だ。
「はい、『試作』できたわよ。素材持ち込みだから、格安でいいわ」
満足そうに微笑むペルーラさん。
そして、そのまま俺の手に渡されたその鎌は。
【武器アイテム:鎌】幽幻の鎌(試作)
ペルーラお手製の鎌。刃渡りが長く、見た目は使いにくそうに見えるが、その実、普通の鉄の鎌よりも軽く振り回しやすい優れもの。『霊卵』を用いたため、コッコゴーストの想いが宿っている……。
「おおっ!? 何かすごそうですね!?」
「基本は鉄の鎌だけどね。ふふふ、ちょっと闇属性も宿ったっぽいし、わたしにとってもまずまずの出来ね」
「………………」
「ふふ、ありがとっ! 旦那様っ!」
結果として、俺は十万Nという格安で、この試作品の鎌を得ることができたのだった。




