第334話 農民、月狼の情報を探る
「というわけで、カミュ、情報をくれ」
「おい、いきなりなんだってんだよ? 『というわけで』じゃ何のことか、あたしにもわからないぞ?」
所変わって、カミュの元だ。
教会へと戻る途中の道すがらに追いついたので、そのまま頼んでみたのだが、さすがにこれだけ端折ると意味がわからなかったようだな、失敗失敗。
ちなみに、すでにアスカさんとは別行動のようだな。
もうすでに、教会本部での儀式みたいなものは終わったらしく、カミュが監視役をしなくてもいいのだとか。
だから、今の『家造り』のクエストを手伝いたいと言ったアスカさんに許可を与えて、自由時間を認めたそうだ。
「まあ、かなり無茶な日程だったからな。さすがに休ませてあげたいって、あたしの親心だよ」
自由時間に何しようが勝手だ、とカミュが笑う。
もっとも、シスター服は着替えてもらっているらしいけど。
要は、『シスター』として行動するな、ってことか。
そうしないと、色々と制約もあるようだ。
さておき。
こっちの本題はカミュからクリシュナさんについての話を聞くことだ。
『精霊の森』でも時折、クリシュナさんの能力について触れたりもしていたから、たぶん、カミュならそこそこの情報を持っている気がするんだよな。
もっとも、頼んですんなりと答えてくれるかどうかは微妙だけど。
この不良シスター、そういうところは律儀だからなあ。
ただ、俺としても、やれることは何でも試すと決めた以上は、ダメ元で何でもやってみるの精神だな。
初手でリディアさんを一日だけ雇えたのも大きい。
これが無理なら、あっさりと諦めていただろうしな。
一対一。
能力の底上げ。
どこまでが許されるか。
うん。
あのクリシュナさんが相手なのだ。
真っ向勝負で勝てるほど甘くないのは重々承知だって。
そういうことも含めて、ここまでの流れについてカミュに説明する。
「ああ、そういうことか……いや、さすがに今のセージュじゃ、ちょっと難しいと思うぞ?」
『まあ、無茶っすよね』
「きゅい――――?」
「でも、マスターがやる気なら、手伝ってもいいわよって話ね」
「ぽよっ♪」
「クリシュナ……うーん、どこかで聞いたような気がするのよね。どこだったかしら?」
「お母さんー、さっきからずっと悩んでるよねー」
「まあ、『あり得ないということはあり得ない』……か。今のままだとクリシュナが圧倒的に優位だしな。少しぐらい、あたしがしゃべっても問題ないか」
弱い方に手を貸したくなる心理だな、とカミュがシニカルな笑みを浮かべる。
「それに、クリシュナの方から持ちかけた話なんだろ?」
「ああ、そんな感じだな」
というか、この『試練系』クエストが発生した当初から、クリシュナさんってば変にやる気なんだよな。
普段は穏やかそうにしてるのに。
もしかすると、ここで戦うことを望んでいるのかもしれない、とか。
「まあ、知ったところでどうなるわけでもないがな。クリシュナについて、だ。あいつはいわゆる『月狼』って種族で、その名の通り、得意属性は『月』だ」
「そこまでは何となくわかるな」
すでに、『月属性』の話は耳にしていたしな。
加えて、カミュによると、その『月』の属性の特徴は『反射』と『共感』だそうだ。
いいか? とカミュが少し真面目な表情を浮かべて。
「クリシュナの場合、『反射』に関しては割と有名だな。条件次第で魔法を跳ね返したり、光などの反射を阻害することで、自らの居場所を見えにくくする、なんてことをやったりするのが得意なやつだ」
「『反射』って物理攻撃もか?」
「いや、さすがにそこまでは難しいようだな。だが、クリシュナの場合、『月』とは別にもうひとつの側面がある。『狼』って種族の特性だな」
「狼?」
いや、見ての通り狼だろうけど。
狼って、単なるモンスターの一種族じゃないのか?
俺がそう尋ねると、カミュが頷いて。
「まあ、モンスターの一種でもあるが、同時に聖獣や魔獣のたぐいでもあるってことさ。クリシュナの場合は聖獣寄りだな。まあ、どっちにせよ、狼の場合、かなり厄介な特性があるんだ。『高速移動』。まあ、そのまんまだな。もの凄く早く動くことができるのさ。ぶっちゃけ、『月』よりもこっちの方がずっと厄介だ」
そもそも、攻撃が当たらないからな、と肩をすくめるカミュ。
「狼の中でも、移動速度に関しては種によってかなり差があるが、『月狼』は『回避』と『反撃』に特化したタイプだ。自らが積極的に攻撃する感じじゃないが、逆に言えば、隙がないとも言える。あんまり敵対したくない相手だな」
なるほど。
『高速移動』による『回避』。
そして『月属性』の『反射』による『反撃』。
それがクリシュナさんの能力ってことか。
おまけに『認識阻害』系のスキルも持っているから、本人が本気で隠れた場合、見つけるのが至難の業、と。
あれ?
やっぱり、これ詰んでないか?
そうでないにせよ、かなりの高難度であることには違いない。
うーん。
詳細な情報を得たことで、かえって壁が高くなった気もするぞ?
「だから、ラルフリーダさんの護衛をしてるってことか」
「ああ。護り手とすれば超がつくほど一流だとさ。もちろん、攻撃が苦手ってわけじゃない。あれだけの巨躯なんだ、普通に攻撃するだけであたしらみたいな大きさの種族にとっては、簡単に致命傷になりえる。ま、性格的に温厚ではあるが、それができるだけの『牙』は隠し持ってるってわけさ」
さすがにこの手のクエストなら手加減してくれるだろうがな、とカミュが苦笑する。
完全な敵対状態だったら、こっちが存在に気付いた瞬間には殺されている、って。
いや、かなり物騒だって。
まあ、本気モードのクリシュナさんの『睨み』って、近くにいるだけで震え上がってしまうほどには迫力があったけど。
あ、そうだ。
「もし、時間に余裕があるなら、カミュも手伝ってくれないか?」
「うん……? そう、だな……手は貸さないが、面白そうだからついて行ってもいいぞ。あたしもあんまりクリシュナのことはよく知らなかったしな」
「え? そうなのか?」
あれ? カミュ、最初に会った時も馴染みっぽく接してなかったか?
「ああ。存在自体は前から聞いてたけどな。こっちに来てから、ラルの紹介で知り合った程度の話だよ。あとは、ラルんとこに行くたびに顔を合わせるから、ってとこだな」
今は顔なじみではある、とカミュ。
ただし、そこまで付き合いが深いってわけではないらしい。
ふむ。
さっき、リディアさんも『地下通路』に関しては知らなかったし、やっぱり、何でも知ってるっぽいNPCさんでも、把握している情報に関しては人それぞれのようだな。
たぶん、全体を把握してるのって、ジェムニーさんやレイチェルさんみたいなナビさんか、あるいはGMのエヌさんとかの運営サイドぐらいなのだろう。
「今から挑むのか? なら、骨は拾ってやるよ」
「ああ。まだその前に行く場所はあるけどな」
ダメ元とは言え、最善は尽くさないとな。
まず、武器が壊れている状態を何とかしないと。
そんなこんなで。
同行者にカミュも加わって。
そのまま、ペルーラさんたちの工房へと向かう俺たちなのだった。




