第333話 農民、高い壁に挑む
「ねえ、マスター、護衛を頼むのはいいけど、リディアを仲間に入れてどうするつもりなの?」
「ああ、ダメ元でクエストの同時クリアを目指すんだよ」
不思議そうに尋ねるビーナスに対して、そう答える俺。
テツロウさんに俺たちにしか行けない場所、と言われたときに何となく頭をよぎったことについて、改めて、ビーナスやルーガたちにも説明することにした。
一瞬、『秘密系』かどうかの判断に悩んだけど、まあ、ルーガたちと情報を共有する分については、今までも問題なかったもんな。
たぶん、他の迷い人に教えたり、『けいじばん』で情報を流したりする場合はNGってことだろう。
サティ婆さんと話した時も大丈夫だったから、『秘密系』のクエスト内容と言っても、ゲーム内の住人に対しては、そこまで厳しい制約にはなっていないってことなのかもしれない。
そもそも、今から話すことに関しては、ルーガもなっちゃんも知ってることだしな。
ビーナスはあの時は気を失ってたっけ?
まあ、そもそも、出会った場所がそっちがらみだから、おんなじことか。
「ルーガ、ビーナス、俺たちが最初に出会った場所のこと覚えてるか?」
「もちろんだよ、セージュ」
「あの真っ暗な場所でしょ、マスター?」
さすがに忘れるわけがない、とふたりとも頷く。
そう、例の『地下通路』だ。
この『魔境』こと『グリーンリーフ』の全域を走る『結界陣』。
そう、ラルフリーダさんは言っていた場所。
「リディアさんは、この町の地下について何かご存じですか?」
「ん? さあ……地面の下のことは知らない」
「地下に洞窟のような通路が走っていることは?」
「初耳」
リディアさんも『グリーンリーフの地下に洞窟があることは初めて聞いた』そうだ。
あれ?
これって、けっこう貴重な情報なのか?
カミュとかがリディアさんについて話していることを聞いた感じだと、この人、何でも知ってそうなイメージだったんだけど。
「そこって、何か食べ物はある?」
「えっ……? いや、ほとんどモンスターもいませんし……」
食べられそうなものはあったかな?
あ、一応、リムヴァ草は生えてたっけ。
今は、サティ婆さんの家の保管庫で干したままになっている素材だな。
でも、あれって薬の材料だよな?
少なくとも、あんまり美味しそうなものには巡り合えなかった気がする。
「ん、たぶん、だから知らなかった」
俺の言葉を聞いて、興味がなかったから、と頷くリディアさん。
いや、この人、ほんとに食べ物以外は関心が薄いんだな?
あ、そういえば、昨日も隣の大陸まで行くとかどうとか言ってたっけ。
「そういえば、リディアさん、昨日言ってた『東大陸』ってところには行くことができたんですか?」
「ん、行けた」
「へえ! すごいですね!」
つまり、データとしては存在してるってことか。
βテストの期間中にたどり着けるかどうかは別として。
中で生きているNPCさんたちの中には、行き来できる人がいる、ぐらいの情報ってことだろうけど。
「ねえ、マスター、話の途中だったけど?」
「あ! ごめんごめん」
またうっかり、話が逸れるところだったよ。
半眼のビーナスに突っ込まれたので、慌てて話を修正する。
「今、目指しているのは、その地下通路を通って、素材を採りに行くってことさ。あの通路って、ルーガたちも知ってるけど、モンスターがほとんどいないだろ?」
おまけに、『森』の全域に通じている。
ということは、だ。
『森』の中心まで通じている可能性もある、ってことだ。
いや、むしろ、通じていないとおかしい、って話にもなる。
「さっきの話し合いでも出たけど、『お城』を建てるためには特殊な素材が必要になってくるだろ。カミュやベニマルくんが言っていた『千年樹』の素材が」
「そういえば、そんなこと言ってたわね」
『そうっすねー。レーゼ様の剪定した枝とか、落ち葉っすね』
「ねえ、ベニくん、葉っぱも使えるの?」
『そうっすよ、ルーガさん。レーゼ様の樹って特殊っすからね。一枚の葉っぱで盾とかも作れるっすよ? 魔法防御としては、ミスリルにも匹敵するって話っす』
「えっ!? そんなにすごいの?」
確かに遠くから見てもあれだけ大きな樹だから、葉っぱも大きいだろうけど、まさかそれ一枚でミスリルに匹敵する素材って。
よくそれで、狙われなかったもんだ。
いや、それだけ、『森』の中心に近づくのは難しいのかも知れないけど。
少なくとも、正攻法で到達するのは厳しそうだ。
『でも、セージュさん、『セントリーフ』には資格持ちじゃないと入れないっすよ? 今のままだと僕も厳しいっす』
そう言って、ベニマルくんが首を横に振る。
うん。
それに関しては、十兵衛さんと一緒にいたマークさんも同じことを言っていたな。
たぶん、今のままでは仮に『地下通路』に無断侵入できたとしても、『森』の中央に至るのは難しいかもしれない。
だからこそ、だ。
「もちろん、きちんと手順を踏むよ、ベニマルくん。今、ラルさんから受けているクエストに資格がらみのものがあるんだ」
『そうなんすか?』
そう。
本来は、別の目的のための条件クエストだったんだけどさ。
でも、今もクエスト一覧には未達成のままで残っているクエストがある。
『クエスト【試練系クエスト:領主の護衛を倒せ】』
『注意:こちらは期限無制限のクエストとなります。条件は一対一。ターゲットは領主が認めた護衛のうち、いずれかです。尚、倒すというのは、相手を死に至らしめるという意味ではありません。その点はご注意ください』
『試練系』のクエストだ。
元々は、精霊種の話の時に、ラルさんから示されたクエストだ。
ノーヴェルさんか、クリシュナさんを一対一で倒すという、見るからに高難度のクエストだよな。
ただし、このクエストについては、昨日、クリシュナさんからも直接言及があった。
正規のルートとして、『地下通路』を使うためには避けては通れないということだろう。
そのことについてもルーガたちに話す。
「ええっ!? マスター、あの狼に挑むつもりなの!?」
「セージュ、ノーヴェルさんじゃないの?」
「ああ。だから、リディアさんに協力要請をしたんだよ」
呆れているビーナスと、てっきりノーヴェルさんと戦うつもりだと思っていたルーガ。
ふたりにリディアさんを雇った意図について説明する。
ぶっちゃけ、ノーヴェルさんもクリシュナさんもどっちも強いのはわかっている。
とはいえ、強さの比較ができるほどの情報はないし、しいて言えば、クリシュナさんの方がちょっと強そうなイメージがあるけど、その代わりにもし勝利することができれば、『地下通路』に関することに協力してくれる、って話だし。
「もちろん、そのためには試せることは全部試すつもりだぞ?」
「まあ、マスターがやる気なら別にいいけど……勝ち目はあるの?」
「わからないな」
「ちょっと! マスター!」
一対一でしょ!? とビーナスが詰め寄ってきた。
でも、仕方ない。
わからないとしか言いようがないし。
地力の差は埋めがたいものがある以上、いくつか考えはあるけど、どこまで通用するかは未知数だからな。
「マスターが頑張らないといけないのよ!? わたしたちが手助けできないんでしょ!?」
「そうとも限らないぞ?」
「えっ……どういうこと?」
戸惑うふたりに対して、笑みを浮かべながら頷く。
もちろん、勝てる可能性はかなり低い。
だからこそ、そこに挑戦するって燃えるだろ?
内心、そんなことを思いながら。
打倒、クリシュナさんの策を練る俺なのだった。




