第327話 農民、荒れ地に集合する
「なあ、ビーナス……」
「何よ、マスター?」
「なぜか知らないが、俺の目には二本のレランジュの樹が見えるんだが」
「そりゃあ、もちろん、頑張ったからよ」
どう頑張るとひとつの苗木から、ふたつの樹に成長するんだろう?
まあ、細かい理屈はわからないけど、とにかく、今の俺の目の前には誇らしげに胸を張るビーナスと、その後ろの方に少し間隔をあけて青々と成長した二本のみかんの樹……じゃなくて、『レランジュの樹』が屹立していた。
もしかして、地面の中で繋がっているのかね?
少なくとも、俺がビーナスに託した苗木はひとつだったのは間違いないので、これもたぶん、『PUO』の世界独特の現象なのかもしれない。
『栽培』のスキル持ちとかが頑張れば、こういうことが起こったりするとか。
もっとも、当のビーナス自身が『何となくやってみた』って感じで、どうやったかについてはよくわかってないみたいだけど。
「ねえ、セージュ~、そろそろ始めるよー?」
アルルとおか……お姉ちゃんが準備できたって、とウルルちゃんが俺を呼んだ。
そうそう。
本題はそっちの方だったよな。
鳥モンさんたちの『家』造り。
ウルルちゃんたちと合流できたので、サティ婆さんの家から『町』の北側の荒れ地へと移動してきた俺たちだったけど、そこで待っていたのは、昨日まではなかったはずの大きく育った二本の樹で。
もう既に、『家』の建設予定地だった場所に庭木が生えてしまっていたのは驚いたけど。
いや、樹が生えてるのは予想できたけど、何で二本になってるのか、とは思った。
ともあれ、ビーナスも『家』の配置には配慮してくれたのか、建設予定地の端っこ……荒れ地の入り口付近に生やしてくれたから、それほど問題はなさそうだ。
昨日から今朝にかけて、コッコさんたちが『儀式』によって、魔法陣を刻み込んでくれた土地。
今日は、いよいよ、そこに『家』を建てる作業へと進むわけだな。
ちなみに畑の方で俺たちの到着を待っていたのは、ビーナスだけではなく。
「コケッ!」
「ピヨコッ!」
「おーい、セージュ、待ってたぞー」
「うん、頼まれたもの持ってきたよ」
「にゃにゃ。にゃあも描いてきたのにゃ」
「ゲームの中だと、どうやって家を建てるのかな?」
「うむ、肉体労働なら色々と手伝えるぞ」
「クエッ♪」
「――――KUA!」
そもそも、ケイゾウさんを始め、コッコさんたち他、多数の鳥モンさんたちは昨日からずっとたむろしてるし、テツロウさんたち迷い人さんたちもスケジュールの都合がつく人は手伝いに来てくれたし。
やっぱり、面白そうだから、って。
うん。
それはそうだよなあ。
昨日の『コッコダンシング』のイベントもただのお祭りにしては、変に盛り上がったし。
そういう意味では引き続き、大規模なクエストって感じがするし。
少なくとも、俺が持ってる建築のための『手順表』って、発動者として協力してくれたアルルちゃんだけでなく、使用するための魔力の提供者がそれ相応に必要ってことらしいので、きちんとした大きめの宿屋を建てるとなれば、いくら魔力があっても足りないというわけで。
そんなこんなで、テツロウさんたちの野次馬根性こみこみの協力はとても助かるのだ。
というか、ことが大きくなりすぎて、俺ひとりの手には余るイベントというか。
むしろこれ、独り占めしたら、他のテスターさんと揉める案件というか。
みんな、誰もが大好きレアクエだからなあ。
うん、普通に参加するよな。
とりあえず、イメージとして、どういう宿屋にするかはもう既に『お風呂部隊』の方でも話し合ってくれていたらしいので、そっちの図面を写る楽さんたちに持ってきてもらったんだよな。
イメージは大事だからって、フローラさんも言ってたし。
おー、やっぱりすごいな写る楽さん。
『絵師』って言ってたけど、こういう俯瞰図みたいなのも描けるんだな?
問題は、俺がこういう図面をあまり見慣れてないせいで、細かい部分での記号とかの意味がわからなかったので、図面を見ながら色々と説明を受けたりしたけど。
いや、さすがにエレベーターとかは無理だと思うけど。
その辺は、写る楽さんたちも冗談で組み込んだらしい。
今のところはただの縦穴にして、ロープとかで昇り降りする感じにするらしい。
「何か、そっちの方が異世界っぽくね?」
「うんうん、ロストテクノロジーの名残みたいな感じでね」
とか何とか。
うん、俺も何となく、その発想はわからないでもないな。
漫画とかでよくある、遺跡とか廃墟とかでのお約束だもんな。
『この縦穴……ここ、もしかして、すごい昔にすごい文明が!?』的なやつ。
みんな、この手のネタが好きだなあ。
「にゃはは、にゃあとかなら、そのまま飛んだり、三角飛びみたいな要領で上にあがれそうなのにゃ」
「ヴェルフェンさんは、獣人種だったっけな」
「違うのにゃ、テツロウにゃん。にゃあは魔猫だにゃ」
あー、確かに獣人種の身体能力なら、そういうのも可能か。
てか、そう考えると獣人種の国って、随分とアクロバティックな感じになってそうなイメージなんだが。
町中みんながパルクールをやってる感じで。
何か、『砂の国』のデザートデザートって、色んな意味で凄そうだ。
「いや、それはいいんですけど、ヴェルフェンさん」
「何かにゃ、セージュにゃん?」
「何ですか、この完成予想図」
テツロウさんと突っ込みあいを始めていたヴェルフェンさんに、俺も思わず突っ込む。
写る楽さん同様、もうひとつの宿屋のイメージをヴェルフェンさんも持ってきてくれたんだけどさ。
「これ、宿屋の外観イメージですよね? 何ですか、この大きさ。お城でも作るつもりですか?」
「にゃはは、いくつか案があった方がいいのにゃ」
その方が面白そうだにゃ、とヴェルフェンさんがすごくいい笑顔をする。
ちなみに、彼女が描いてきたのはまさしく西洋風山城という感じのイラストだった。
そもそも、図面ですらないし。
「あ、ヴェルさん、これって、お城ホテルの?」
「そうだにゃ。監獄ホテルも捨てがたかったけどにゃあ」
え? 元ネタあるの?
ダークネルさん曰く、ドイツとかにある古城ホテルとかに似ているそうだ。
へえー、お城に泊まれるところもあるのか?
やっぱり、ファンタジーっぽい世界なら、お城ホテルは似合うとか何とか。
いや、それはいいけど、もう一個の監獄ホテルってのは何だよ?
さすがに牢屋に泊まりたくないぞ。
というか。
「いや、ここに建てるのって、そもそもコッコさんたちの『家』ですよ?」
「別にいいと思うのにゃ、鳥さんたちがお城に住んでも。ねー、ケイにゃん?」
「コケッ♪」
「ほらー、いいって言ってるのにゃ」
「……いいのかなあ?」
いや、一応、昨日の『お祭り』が大ごとになったおかげで、敷地的にはそれなりの広さになってるし、ベニマルくんによれば、魔法陣の規模もかなり広範囲にわたってるらしいから、小さめなお城なら作れるのか……?
いや、そもそも作れるのかどうか知らないし。
あんまり大きすぎると管理とか大変じゃないのかね?
「………………」
「………………」
試してみないと、と俺の問いに小声で答えるアルルちゃん。
何だか、早くも話がおかしいことになってるけど大丈夫かね?
少し先行きが不安になってくる俺なのだった。




