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農民さんがVRMMOを楽しむらしいですよ  作者: 笹桔梗
第2章 テスター交流スタート
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第32話 農民、現世へと戻る

 体感時間にして、数十秒の暗転の後、俺は現実へと戻ってきた。


 ゲームを始める前に入った時と同じ、人がひとりすっぽり入るように作られたカプセル状の機械。

 酸素カプセルや日焼けマシーンを更に一回りも二回りも大きくした装置。

 これが、『PUO』のゲームの本体である。


 一応、大柄の人でも対応できるように、最大で四メートルまでは収納可能らしいが、そもそもそんなに身長の高い人っているのかね? 重量の方も一トンまでは大丈夫らしく、かなり限界を大きめに見積もって作られているようだ。

 

 そのカプセルの中。

 寝台のような場所に寝そべって、カプセルの中を見ていると、一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなるような錯覚に襲われる。

 ログアウト直後から、意識がはっきりと覚醒するまでは少し時間がかかるのだろうか。どちらかと言えば、夢から覚めた直後のまどろんだ感覚というか、ふわふわと身体が浮いているようで、それでいて半分くらいは夢の中に溶けたような状況のように感じる。

 そのまま、目を閉じると二度寝してしまいそうな、そんな感覚だ。


 ゲーム機……そのカプセルの中は、もやのような、霧のような、ふわふわとした柔らかな感触がする気体と液体の中間のようなもので満たされているのだそうだ。

 俺も詳しくはわからないが、それが新技術というやつらしい。


 ゲームの中へとログインするための導入剤のような役割と、その気体のようなもので包まれることで、全身の状態をゲーム内での五感とリンクさせることができるのだそうだ。

 本体自体には、その外側にはたくさんのコードが繋がれていて、それが別室にある大型のコンピュータと結ばれているらしいが、俺自身の身体には、コードの類が一切繋がれていないのはそのためだ。

 これで、わざわざ全身にコードを繋げなくても、五感共有のVRゲームが可能になったのだとか。

 

 とは言え、どういう技術なのかは、素人の俺にはさっぱりだ。

 はっきりしていることは、この技術が生み出されたおかげで、フルダイブ型のゲームがプレイできている、ということだけだな。


 ちなみに、ログアウトから、少し暗転した状態が続くのも、このカプセルの中の物質を回収するために少し時間がかかるせいであり、その作業が終わって初めて、カプセルから外に出られるようになる。


『お疲れ様でした。イツキ様、ログアウト作業が完了いたしました』


 と、こういう感じでな。

 機械を通した声がカプセルの中に流れたかと思うと、そのままカプセルがゆっくりと上下に開いていく。

 これで、この中から出られるってわけだ。


 ちなみに、今のアナウンスは、この『施設』の職員さんの声だ。

 俺も最初にテスターの仕事に関する説明を受けて驚いたのだが、この『施設』では、かなりの数の職員が常駐しており、テスターひとりひとりの、ゲームの内外に関するお世話をしてくれるようになっているそうだ。

 もちろん、担当が常に同じ人というわけではないが、ログインとログアウトの際は、必ず職員が機械の操作の補助をしてくれるようになっている。


 ゲーム内からテスターの誰かがログアウトした場合、それがすぐに通知され、その担当部屋へと職員が訪れる。

 そういうシステムになっているのだそうだ。


「はい、お疲れ様でした。初めての御使用でしたが、お身体の具合はいかがでしょうか?」

「あ……はい、そうですね……特に疲れは残っていないようです」


 身体を起こして、寝台に座った状態で手足などの動きを確認してみる。

 半日ほど、ずっとゲームを続けていた割には、取り立てて、疲労感のようなものは感じられないな。

 ほとんど、眠っていたのと変わらないというか、むしろ、起床の時よりも、身体の節々の痛みとか、のどや目の渇きのような感じは少ない気がする。


「そうですか。では、念のため、バイタル等を確認させて頂きますね」


 俺の目の前に立っている白衣の女性が、慣れた手つきで、いくつかの検査をしていく。

 この『施設』の職員でもある、一色いっしきさんだ。

 今日の俺の担当ということで、ゲームを始める前にも挨拶された。

 一色いっしき虹子にじこさん。

 前髪を切りそろえたショートヘアで、成人はしているだろうけど、どこか小柄な感じがする女性だ。

 白を基調とした施設の制服のせいか、とても清潔感がある印象を受ける。

 というか、職業柄当たり前なんだろうな。

 一色さん、看護師の資格を持っているそうだし。


 実際、この一色さんに限らず、この『施設』の職員の多くは、医療及び介護の関係の資格を持っているか、その専門家か、いずれかだ。

 サービス業種と兼業している人もいるようだが、その多くは、資格持ちで、緊急時には利用者のための様々な対応を取ることができる、と。


「一色さん」

「なんでしょうか?」

「あの、この施設って、本当に老人ホームなんですか?」

「ええ。高齢者住宅です。分類上は、有料老人ホームに含まれますね」


 やっぱりなのか。

 改めて、この場所がどういうところなのか確認して、自分が、どこでゲームのテスターをしているかを再認識する。


 高齢者向け施設『スノーウィンド札幌』。

 それがこの『施設』の名前だ。

 札幌の中心地からそれほど離れていない場所に建てられた、高層ビル。

 見た目は商社向けのビルのように見えて、その実、看板などが出ているわけでもないので、何のために建てられたビルなのか、よくわからない謎の建物。

 その高層階が、全て、高齢者のための施設になっているのだそうだ。


 もちろん、ただの老人ホームというわけではない。

 ネットなどを検索しても、この施設に関する情報はほとんど出てくることがない。

 なぜなら、この施設は、それなりにお金を持った層に向けたサービスであるためだ。


 "超"高額の高齢者向けの施設。

 外からは誰にもそこが、老人ホームであることを知られることもなく。

 中では、それぞれの入居者のニーズに合わせた個別のサービスが取り揃えられており、食事から、娯楽設備から、いざという時のための医療チームに至るまで、それなりの金銭を対価として、至る所に手が届く、そういうサービスを提供するための施設、なのだそうだ。


 そもそも、こんな施設があるなんて、俺もこの中に入るまで全然知らなかったぞ。


 テレビなどで触れられているのを見たこともなければ、ネットニュースなどでも情報が流れることもない。

 ある意味で、医療特区のような存在の施設だとさ。


 まあ、詳しい事情はさておき、たぶん、セレブ向けの老人ホームってことで間違いないんだろうな。

 この『PUO』のテスター用の場を提供しているのも、今後のサービスのためってことでもあるらしく、そういう意味では、一般的な施設とはちょっと違ってるのかもしれないし。


 とは言え、俺たちテスターも、立場は違うが、契約期間の一か月は、ここの入居者と同じようなサービスが受けられるらしくて、ゲームをしていない間の時間は、ビルの中にある設備を利用しても構わない、とは言われた。

 外には自由に出られないって条件をのぞけば、給料をもらえた上に、衣食住の場に、娯楽設備まで用意してくれて、ある意味、至れり尽くせりのアルバイトではある。


 それだけ、このゲームの開発には大きな企業が絡んでる可能性もあるけどさ。

 俺が思い描いていたような、普通のゲーム会社とはちょっと違う雰囲気だし。


「はい、検査を終了いたします。どの項目も正常範囲内の数値ですね」

「ありがとうございます」


 俺が色々と考えている間に、一色さんによる検査が終了した。

 元々、VR酔いとかの症状には強い方だったし、特に問題はなかったようだ。

 しいて言えば、何となくトイレに行きたいかな、ぐらいだろうか。

 まあ、そこまで切羽詰ってるわけでもないけど。


「本日は、もうこれ以上はテスターの仕事はできないってことですか?」

「はい。申し訳ございませんが、初日はあくまでも身体を慣らすための調整とうかがっております」


 なので、体調などを考慮して、これ以上のログインは控えて欲しいと一色さんに言われてしまった。

 その代わり、備え付けのパソコンで『けいじばん』などでのやり取りは可能だそうだ。


「外部へのネット接続は、こちらではなく、別の階層にてお願いいたします。こちらのフロアはすべて、外部との通信を切らせて頂いておりますので」


 あ、なるほど。

 『PUO』のために専用階を用意したってことか。

 ここのパソコンからは、ゲーム内とのやり取りしかできないようになっているらしい。


「もしよろしければ、お食事のフロアまでご案内致しますが、いかがでしょうか?」


 一色さんにそう言われて、初めて、自分が空腹であることに気付いた。

 ログアウトの直前に、サティ婆さんの家でスープをごちそうになっていたのに、そっちの満腹度は現実には反映されないらしい。

 ぐぅ、と腹の虫が鳴いた。

 さすがにちょっと恥ずかしい。


「ええ、お願いします」


 なので、一色さんのご厚意にあっさり乗っかることにする。

 そのまま、俺と一色さんはゲームをしていた個室から出ると、エレベーターに乗って、別の階にある食事のスペースへと向かった。

セージュの現実側のお話が、少し続きます。

VRゲームメインの物語が好きな人にはごめんなさい。

ですが、こちらも含めての、『PUO』です。


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