閑話:弓兵たちによる定例会
『オレストの町』から少し離れた場所にある森のとある一角。
潜むようにしてたたずむ男女の一団があった。
月明かりのみに照らされた静かな森の中に、ただ複数の声が響く。
「では、互いの状況を確認するとしよう」
「了解です」
「おやおや? まだ、姿を現してないのがいるんじゃね?」
「チャリオは『帝国』入りしています。何度もこちらに足を運ぶことはできません」
「ふーん……? はは、睨むなよ、嬢ちゃん。俺は所詮助っ人だと言ったろ? 口が悪いのと、おたくらへの敬意が薄いってことについては最初に謝っただろ。なあ、二佐さんよ」
「――――っ!」
「よせ、エコ。態度はさておき、彼は頼りになる存在だ」
この場を取り仕切っている男が、不機嫌を露わにした女の行動をたしなめる。
それを見て、軽薄そうにどこか楽しそうに笑うのは、もうひとりの男だ。
挑発、というよりも女をからかうのが面白くて仕方ない、という男の態度に中心になっている男が嘆息する。
腕はいいが、性格に難あり、と再評価する。
「ですが! み……ビリーさんのことをそのような!」
「落ち着け、エコ。別に俺のことはいい。だが……この中ではビリーと呼ぶことで統一してもらおうか。それを曲げてもらっては困る」
「だが、どうせ、見られてるんだろ? だったら同じことじゃねえか?」
「『涼風』の側に気づかれるのは当然だが、余計な情報を漏らすつもりはない」
そう言って、仕切っている男……ビリーが目の前の相手に向けて、睨みを利かす。
暗がりの中、黒装束をまとっているため、闇に紛れてしまっている『男』が、そんなビリーに対して、降参だと言わんばかりに両手を広げて肩をすくめてみせる。
「はは、わかったわかった。あんたに逆らうつもりはねえよ」
「それでいい。俺もお前の能力については評価している」
「はあ……わかったわかった。なら、俺からな。『アーガス王国』についてだ。国ぐるみで悪事に手を染めてやがるな。中の区画ごとで危険度は大分異なるが、大なり小なり裏で上層部と暗部が手を握る構造ができあがっているようだ。貴族階級と『暗殺ギルド』か? 向こうで言うとこのマフィアンコミュニティが権力とつるんでるからやりたい放題だ。俺も、その辺のチンピラと間違えられて喧嘩売られたこともあったぜ。はは、穏便にお帰り願ったがな」
『男』がにやりと笑いながら、自分の体験談を簡潔に語る。
いわゆる警察機構のようなものは騎士団が担う構造だが、その騎士団も『暗殺ギルド』系の組織と手を結ぶ構造ができあがっているらしい。
賄賂及び後ろ盾となっている貴族からの手回しなどによって、犯罪行為そのものが黙認状態で、極めて治安が悪い。
すべてがそうではないだろうが、癖のある住人が多い、と。
その内容を咀嚼しつつ、ビリーはうなづいて。
「わかった。それ以外についても確認しておこう。現実と比べて、何か身体などで変化を感じることはなかったか?」
「ああ、『痛覚制限』については前の時に言ったよな? 痛みを感じるようにすれば、皮膚感覚は鋭くなるな。だが、痛みが緩和された状態でも別に痛くねえわけじゃねえ。だから、何度か試したが、痛みを押したままのやり方でも行動は可能だ。むしろ、影響を受けない分だけ都合がいいかもしれん」
「なるほど……必ずしも制限を解除することがプラスにはならない、か」
「俺の場合は、だな。あとはスキルなどの補助に関してだ。やはり、元から技量が伴っている場合、あまり大きな恩恵は得られないと見ていいだろう。なあ、嬢ちゃん?」
「はい。スキルによる補助には一定の線引きがあるようです。私が向こうで習得していない、大剣を用いた動きについては確実に支えられている感覚がありました。逆にナイフなどに関しては、ほぼ補正を感じません」
『男』の言葉にエコと呼ばれた女性も続ける。
その後もいくつか、スキルに関する考察が続けられる。
「残念ながら、俺たちの中で『未経験』の者がいない以上は憶測になるが、他の迷い人の話を聞く限りでは、『戦闘における恐怖の緩和』などが起こっているようだ。そちらについてはどうだ?」
「おそらくそうだと思われます。私も緊張感はそのままでしたが、忌避感などについては薄れているように感じました」
「ああ、嬢ちゃんはそっちの専門じゃなかったんだっけな。はは、ま、人間らしい心が残ってるってのは大事なことだぜ」
「あなたの意見は聞いていません。少なくとも、この中では私は最も一般の方に近いでしょうから報告したまでです」
「ああ。エコの感覚は大切だ。助かる」
「恐れ入ります」
これも当然のことです、とエコが一礼して。
「では、私の方も。ビリーさん、現実とこちら側、どちらからがよろしいでしょうか?」
「現実の話からで頼む。こちら側の情報については、前の定例時にも言ったが、今後のクエストに絡んでくるのでな」
「了解しました。では、注視すべき迷い人についての調査報告からさせていただきます」
そう言って、エコが一拍置いて報告を始めた。
「『セージュ・ブルーフォレスト』。本名は樹青林。年齢は16歳。出身は北海道。現在高校二年生で夏休み期間を利用して、このゲームのテスターをしているようです。実家は『樹農園』。発展型の農業経営を掲げて、地域を一体としたブランド化を進めている農家のようです。全国各地の商業施設などにも食材を流通させているとのことです」
「へえ! 確か、うちとも取引してるんじゃなかったか?」
「……よくご存じですね?」
「はは、料理長とは顔なじみだからな。そこの跡取り息子ってことは、それなりってことじゃねえか?」
「やはり、その経由で『涼風』に目をつけられたか? そちらについての情報は?」
「はい。こちらは不確定情報ですが、別のテスターからの紹介の線もあるようです」
そちらは現在調査中です、とエコが頷く。
そのまま、ビリーはセージュに関する情報を一通り受けたのち、改めて、言葉を続けて。
「わかった。セージュ君については、引き続き調査を頼む」
「了解です……『君』ということは?」
「ああ。先程接触できた。印象としては、どこにでもいるごく普通の学生、という感じではあったがな。続きを頼む」
「はい。『十兵衛』。本名は新富十兵衛。年齢は84歳。出身は東京都。現在は身体の不自由を理由に隠居していますが、分類上は元『傭兵』になりますか。彼の方についてはビリーさんたちもよくご存じでしょうが」
「まあなあ、『傭兵』っつうか、もう『侍』でいいよな? 『嗤う狂剣』だろ? 時代錯誤の実戦剣術に憑りつかれちまった、って爺」
「だが、実力は本物だ。得意武器も多彩だしな」
「つうか、どこの時代の剣豪だよ? 侍は剣のみにあらず、って宮本武蔵かよ」
『男』がどこか呆れたような、だが嫌いじゃないという感じのニュアンスで笑う。
馬鹿だが愛すべき馬鹿だ、と。
「そちらとも接触できた。可能性は考慮していたが、やはり『死神衆』については既に知っていたようだ」
「まあな。あの爺さん、今の『室長』の師匠だろ? 情報隠し持ってるとこと直繋がりじゃ、知っててもおかしくねえ」
「さすがに直接戦ったことがあるというのを聞いた時には驚いた。どういう経緯でそのような状況になったのかは不明だが、テスターとして参加している以上は、何らかの意図が働いたと考えるのが自然だろう」
「へえ!? 『死神衆』とか!? すげえな! なあなあ、いっそのこと、その爺さんに死神斬ってもらった方が手っ取り早いんじゃねえの?」
「無駄だ。それができるのならやっている。既に米軍が失敗している以上、これ以上余計なリスクは背負えないというのが、俺たちの共通見解だからな」
「共通見解ねえ……ほとんど事情を知ってる者がいないのに、か?」
「だからこそ、だ」
そう言いながら、ビリーが渋い顔をする。
それを見て、『男』はどこか楽しそうな表情を浮かべて。
「まあいいさ。俺は所詮雇われの身だからな。給料分は働かせてもらうぜ」
「それで構わない。エコ、報告の続きを頼む」
「了解しました」
そのまま、引き続きエコによる他の迷い人たちに関する報告は行われて。
その後の方針を確認したのち、ビリーたちはその場から離れた。
後に残ったのは静けさを取り戻した森だけだった。
本当はこの閑話で、人物紹介風のものも挟む予定でしたが、色々ありまして、内容を大幅に省略した形でお贈りしております。
……会話調の報告での人物紹介って難しいですね。




