第318話 農民、狩人少女の能力に驚く
「……えっ!?」
どこか、こちらの問いかけに対して上の空だったルーガが不意に、ぽつりと空腹を訴えるような言葉を発した途端。
見えない何かが、嵐のように渦巻きながら、すぐ側を通り過ぎたような感覚にとらわれた。
敷いて言えば、強風。
だが、風が吹いたような形跡はなく。
代わりに、得体のしれない何かが蠢いたような。
そんなざわりとした悪寒に襲われた。
慌てて、周囲に目を遣ると、同様のことを他のみんなも感じていたらしく、誰もが呆気にとられたような表情を浮かべて、ルーガのことを見つめていた。
「今の……って、『空間変動』……? いえ、少し違う……?」
「ちょっとー!? どういうことー!? エヌさま、返事してよー!」
「何も、なかったわよね?」
「うんー、ウルルも視えなかったよー?」
今まで見たことがないほどに動揺を浮かべているフローラさん。
めずらしく、怒りの感情を露わにして、どこかと連絡を取っているジェムニーさん。
きょとんとした表情で、お互い見つめているアルルちゃんとウルルちゃん。
反応はそれぞれだが、共通しているのは、今、ルーガが引き起こした現象について、何がどうなっているのか、よくわからない、という一点だろう。
というか。
それなりに、この『PUO』の世界の事情通であったり、良い『眼』を持っていたりする面々がそろって、困惑の表情を浮かべているのは少し驚きというか。
その他の、俺たちのような普通の迷い人にとっては、なおさら、何が起こっているのがさっぱりというか。
――――と。
「あっ!? おい、見てみろよ! 『ブリリアントコッコ』が!」
テツロウさんの叫び声に、そちらに目を遣ると。
「えっ!? 大きな身体の部分が透けてる――――!?」
「あれっ!? 太ももの辺りに、小さめなコッコが見えないか!?」
「もしかして、あれが本体かしら?」
なぜか、半透明になってしまった『ブリリアントコッコ』の姿が見えた。
そして、透明な身体の中を一羽のそこそこ小さめな、たぶん、体長一メートルもないんじゃないか、ってぐらいの純白のコッコがちょこまかと動き回っているのが見えた。
あー、なるほどな。
おそらく、あれが『本体』で、その『本体』ってのは、大きな『幻体』の中を自由自在に移動することができるってわけか。
中がきれいに透けて見えると、一目瞭然だな。
あっ!
すかさず、十兵衛さんが動いて、コッコのいるところに一撃入れたぞ!?
「へえ! 本体を気絶させれば、大きいのも消えるんだな!」
十兵衛さんの横薙ぎの一撃を食らって、そのまま、きゅう……と倒れ込むコッコ。
その直後に、すでに半透明になっていた巨体が消えてしまった。
と、例のぽーんという音が頭の中に響いて。
『クエスト『騒乱系:コッコダンシング』を達成しました』
『それに伴いまして、クエスト内容が変更されます』
『クエスト『土木系:コッコダンシング』が再発生しました』
『なお、区画の周辺に張られていた結界は解除されました。これ以降は自由に出入りが可能となります』
『残りは送り返しの儀式のみになりますので、引き続き、達成を目指して頑張ってください』
おー。
これで『狂化』したコッコはすべて無力化したってことで、クエスト達成になるようだな。
もっとも、達成できたのは『騒乱系』だけで、元の『土木系』の方は残ってるみたいだけどさ。
これはこれで嬉しいかな。
というか、居場所が特定できたら随分と呆気なかったよな?
むしろ、よくあの『本体』はペルーラさんたちの乱射攻撃を回避できたよな?
そんなことを俺が考えていると。
「ちょっとー! エヌさま! 結局、どういうことなのー!?」
少し離れた場所で、ジェムニーさんが怒鳴っているのが聞こえた。
何となく、何を話してるのか気になるけど、それを聞こうとする前に、どこか楽しそうな、でもいつもよりも真剣な表情のテツロウさんに捕まってしまった。
俺が、というより、俺とルーガが、だ。
「どういうことだ?」
「いや、テツロウさん。俺もさっぱりですけど……」
「まあ、セージュはそうだろうな。だが、今、ログの方でルーガちゃんの行動についても記述があったぞ? 『おなかすいたー』、か。これ、能力かスキルの名前だろ?」
いいか? とテツロウさんが続ける。
倒したことによって、『ブリリアントコッコ』の能力について、判明したことがある、と。
「ログをたどった感じだと、どうやら、『ブリリアントコッコ』の能力ってのは、あの巨体が残っている限りは発動し続けるようだ。さっきも見たように、『本体』に『幻』を肉付けすることで巨大化する能力だな。ただ、それだけじゃないようなんだ」
「え? どういうことですか?」
「要は、『幻』が残っている限り、『本体』と『幻』を自在に入れ替えられる、ってところだな。だから、さっきの総攻撃で穴だらけになっても、あれだけ『幻』が残った状態だと、ダメージを透過してしまうってことだ」
思ってた以上に悪辣だったな、とテツロウさんが邪笑を浮かべる。
えげつない設定になってやがる、って。
いや、確かに、それひどくないか?
特に『小精霊』を補給できるこの場所だと、短期決戦で倒すのが不可能に近いボスってことになるみたいだし。
「もちろん、物量をぶつけ続ければ、いつかは倒せるだろうけどな。だから、このクエスト全体が交代要員推奨になってたのかも知れないしな」
「……つまり、下手をすれば、数日かかっていたってことですね?」
「まあな。町の人の手を借りるのも可、ってのも裏を返せば、そうでもしないと倒せないって話だった可能性もある」
テツロウさん曰く、過剰戦力だと思っていたはずが、その認識自体が間違いだったんじゃないか、ってことらしい。
「まあ、推測だけどな。それよりも、むしろ、気がかりなのはルーガちゃんの能力の方だ。あっさりと状況を打開できる能力。なあ、ルーガちゃん、さっきのはどういうスキルだったんだ?」
「あれは……たぶん、わたしのお友達の能力だと思う」
「ルーガ、友達の能力が使えるのか? いや、そもそも、何か思い出したのか?」
「名前は思い出せないけど、何となく、今なら使える、ってそんな気がして。それで試してみたら、使えたの」
姿はジェムニーさんに似てた、とルーガ。
「へえ……少しずつ記憶が戻って来てるのか。どういう能力かは覚えてるのか?」
「ごめん、詳しくは……あ、でも、今はもう『おなかいっぱい』だから使えないと思う。そういう能力みたい」
「つまり、『空腹値』が影響してるってことか……?」
ルーガの話を聞いていたテツロウさんが興味深げに頷く。
「うん、たぶん。さっきもお腹が空いて動けなくなりそうなぐらいだったもの」
「『空腹限界』じゃないと使えない能力か。なるほどな。なら、ルーガちゃんの使った能力は『何かを食べる』能力で間違いないだろうな」
「確かに、そんな感じの響きですよね」
「ああ。はは、『おなかすいたー』だもんな」
「というか、それ、その子の口ぐせだよ」
「そうなのか?」
「うん、確か、いっつもそんなことを言ってた気がするもの」
そう言って、どこか懐かしげな表情を浮かべるルーガ。
それを見て、俺は、やっぱりルーガも故郷に帰りたいんだろうな、と感じずにはいられなかった。
そんなこんなで。
クエストを達成したものの、新たな謎を抱えてしまう俺たちなのだった。




