第31話 農民、サティ婆さんの家を訪れる
「いやあ、わざわざ来てくれてありがとうねえ。それに、こんな婆さんの長話に付き合ってもらっちゃって」
「いえ、俺も色々なお話が聞けてうれしかったですし」
サティトさん……通称、サティ婆さんの家を訪れると、俺が思っていた以上に歓迎をしてくれた。
というか、家についた時、ちょうど台所のような場所で腰を痛めて困っているサティ婆さんを発見したので、身の回りの仕事なんかを手伝ったり、それが終わったら、お茶のようなものを出してくれたので、世間話とか、色々な話を聞いていたのだ。
家自体は素朴な一軒家という感じで、サティ婆さんはここにひとりで住んでいるのだそうだ。
ひとりで暮らすには広いので掃除が大変だと苦笑されたし。
それで、簡単な夕飯の準備とか、掃除とかを手伝って、という流れだ。
まあ、夕飯の手伝いと言っても、朝作ってあったスープを温めるだけだったけどな。
ただ、こっちの世界の厨房って初めて見たので、それだけでも色々と発見があった。
基本は薪を使うタイプのかまどで、火を使う時だけ、簡易的な魔道具を使って、火をつける感じなのだとか。
魔力を通すと、火魔法が発動する火打石の代わりみたいな魔道具で、魔法を使える者なら、誰でも使えるそうだ。
ちょっと、俺もやらせてもらったが、土魔法を一回使うくらいの疲労度で、かまどに火を起こすことができた。
実家でも、婆ちゃんが生きていた頃は、この手のかまどでごはんを炊いたりとかしてたから、俺としても、けっこう懐かしいんだよな。
何となく、サティ婆さんって、俺の婆ちゃんに似てるし。
なので、スープをことこと温めている間に茶飲み話をしていても、縁側でまったりしてる感じで、ほのぼのした雰囲気で、すごく落ち着いて良かったのだ。
さすがにそこで、ぽーんという音が響いたのは驚きだったけどな。
『クエスト【日常系クエスト:サティ婆さんのお手伝い】を達成しました』
いやいやいや。
確かに、詳しいクエスト内容までは書かれてなかったけどさ。
腰を痛めて、困ってる人を手伝って、クエスト達成って言われてもさ。
嬉しいような、嬉しくないような。
それに、何だかこれじゃあ、クエスト目当てでサティ婆さんの話に付き合ってるみたいじゃないかよ。
「いや、別に俺、そんなつもりで手伝ったんじゃないからな!?」
とりあえず、ステータス画面に対して文句を言っておく。
もしかすると、これで誰か見ている相手に届くかもしれないしな。
「ああ、そういえば、クエストを頼んでおいたんだねえ。すっかり忘れてたよ」
「あれ? そうなんですか?」
「そうだよ。ギルドの方に、素材を受け取りに行って、その時に受付であんたの話を聞いてねえ。これも何かの縁かと思ってねえ」
ふうん?
どうやら、受付のグレゴリさんからも話があったから、何となくで【日常クエスト】を発注してくれたのだそうだ。
別にその時は深い意味とかはなかったので、期限もきらなかったし、もしやってきたら、その時に何か頼めるように、細かい内容はクエスト用紙にも書かなかったとのこと。
まあ、俺がちょうど家にやってきた時は、鍋を持ち上げて、腰をやってしまって、それどころじゃなかったみたいだけどな。
てか、俺も、目の前で婆さんがうずくまって助けを求めていたら、クエストとか関係なく手伝うに決まってるだろ?
ゲーム的と言ってはそれまでだけど、これでクエストクリアは何となく釈然としないぞ。
「そういうことなら、報酬をあげないとねえ」
「いえ、さすがに今の手伝い程度で、報酬を受け取るのは悪いですってば」
心の中では、もらっておいてもいいんじゃね? という俺もいなくもないけど、やっぱり、サティ婆さんって、俺の婆ちゃんに似てるからさ。こういうのって、優しさに付け込んで小遣いをもらってるようで、何だかすごく嫌な感じだ。
せめて、最初から、そういう風に手伝うのが仕事だって言ってくれたなら、ありがたく受け取れたんだけどな。
「今日はもう遅いですし、俺もこれから宿探さないといけないので難しいですけどね。また明日来ますので、その時に改めて何か手伝わせてもらってもいいですか?」
「おや、まだ今日泊まるところが決まってないのかい?」
ああ、そう言えば、迷い人だったねえ、とサティ婆さんが頷いて。
「そういうことなら、うちに泊まっていくといいよ。何せ、あたしもこの広い家にひとり暮らしだからねえ。部屋なら空いてるし。ふふふ、それに、お金を受け取るのは嫌なんだろう? だったら、今日の分はそういう報酬にしておくよ」
「えっ? いいんですか?」
おお、それは俺としても助かるかな。
というか、宿屋以外でも泊まることができるのか。
ふむふむ、こういう民泊みたいな可能性もあるんだな。
「いいよ、いいよ。あんたみたいな子供があんまり気を遣うもんじゃないよ。ついでに今日の分のクエストも終わったことにして、後でギルドで手続きすればいいんだよ。冒険者にとって、クエストの成功件数ってのは大切な評価だからねぇ」
そう言って、サティ婆さんが微笑む。
「どうしても、気が引けるっていうなら、そうだねえ……明日、別のクエストとして、素材の採取のお手伝いでも頼もうかねえ。あんたは『調合』のスキルとかは持ってないんだろう?」
「そうですね、持ってないですね」
「そういうことなら、まずは素材集めからだねえ。どの辺りに必要な素材が生えているか、後で教えるから、そこで、素材になる植物を採って来ておくれ」
「わかりました」
あ、そういえば、サティ婆さんって、『薬師』だったんだっけ。
たぶん、俺が『調合』スキルを持っていたら、そっちの手伝いを頼まれる流れだったんだろうな、これって。
あれ? 待てよ?
そういえば、俺って、『採取』のスキルを持ってないけど、普通に素材の採取はできているよな?
スキルがあるかないかと、行動の成功率は別ってことか?
そういえば、十兵衛さんもアーツ系の技スキルなしで、そういう感じの武技みたいなことができていたしな。ひょっとすると、プレイヤースキルにも多少影響されている可能性もあるな、うん。
俺の場合、山菜取りとかの採取経験があるから、そっち系か?
というか、そもそも、数値化なしの場合、新しいスキルを手に入れるのってどうやるんだ? カミュがやった付与はたぶん特殊な方法だろうし。
もしかすると、何か条件が隠されているのかもしれないな。
後で、ログアウトした後にでも、スキル関係の『けいじばん』とか調べてみるか。
「それじゃあ、今夜はゆっくりしていくといいよ。そろそろスープも温まったようだし、夕食にしようかねえ」
「あ、サティさんは座っててくださいよ。そういうことなら、俺が準備をしますから」
これも宿代がわりだしな。
手伝えることは色々と手伝っておこう。
そんなこんなで、サティ婆さんの家で夕食をごちそうになって、そのまま、今日は家に泊めてもらって、ログアウトした。
ちなみに、夕食は野菜のスープだったんだが、昼間食べた料理よりも美味かったことだけは付け加えておく。
サティ婆さんが『薬師』だからなのか?
本職の料理人よりも美味いなんて、サティ婆さんもすごいよな。
そんなことを思いながら、俺は現実へと戻った。




