第317話 狩人少女、やり取りを思い出す
《クエスト『コッコダンシング》
《ルーガ視点》
「おい、ルーガ! 大丈夫か!?」
先に、倒れるかも、って言っておいたからか、身体から力が抜けていく途中で、すぐにセージュが支えてくれた。
『聖術』が発動するのと同時に、立っていられないほどの脱力感が襲い掛かって来るのは、この前の時と同じ。
だけれども、今度はしっかりと意識を保つことができているようだ。
「きゅい――――?」
「ぽよよっ!?」
「ルーガ、無事? あら、あの時よりは目に力があるわね」
セージュと同じで、心配そうに近づいて来たのは、ビーナスたちだ。
なっちゃんやみかんが、おろおろとした感じなのに対し、ビーナスはわたしの顔を覗き込んだ後で、うん、とひとつ頷いている。
うん。
だからこそ、わたしもみんなに頷き返す。
「うん、大丈夫。ちょっとだけ立っていられなくなっただけだよ」
「いや、ルーガ。それ、大丈夫って言わないからな」
呆れたように、セージュは言ってくるけど。
でも、この前みたいに、目の前が真っ白になったりしないだけ、全然ましだと思うんだけど。
気が付いたら、この町に帰る途中で、みかんにくわえられていた、ってのはかなりの衝撃だったんだよ?
……そういえば、みかんって、どこが口なんだろう?
ぺっ! と離してくれた後は、また穴とか一切ない見た目に戻っちゃったから、そもそもどうやってくわえていたのか、まだ見たことがないんだよね。
「それで、どうなったの?」
「他の攻撃よりも効果があったみたいだ。当たった部分……右側の羽根の付け根あたりだな。そこの貫通箇所が再生しないんだ」
「そうね……あるいは再生に時間がかかっているか、ね」
セージュの言葉に付け加えたのは、フローラさんだ。
『精霊の森』にいた時は、もっと大人っぽかったから、今はフローラちゃんって感じの見た目だけど。
「『光属性』の魔法、に近いとは思うわ。あのコッコも光系統のモンスターだから、もしかすると同属性での打ち消し合いが起こっているのかも知れないし、まったく別の要因が絡んでいる可能性もあるわ」
「少なくとも、効いてるってことですよね?」
「ええ、効果はあるようね。ただ……」
そう言いながら、こちらを見つめてくるフローラさん。
どこか憂いのような表情を浮かべて。
「ルーガちゃんがこの有り様じゃ、連発はできないわね。他の『光魔法』の使い手の人に頼んで、攻撃をしてもらった方がいいと思うわ」
「『光魔法』か……」
少し悩んだ素振りを見せて、考え事をしているのはテツロウだ。
セージュと同じところからやってきたって、男の人。
たぶん、セージュが気を許している人だから、いい人だと思うんだけど、まだわたしも直接話をする機会が少ないから、よくわからない。
今やってるクエストの『まとめ役』らしいけど。
そのテツロウが、何もないはずの斜め上の空間に対して問いかける。
他の人が開いているステータス画面は見えない、ってセージュも言っていたから、たぶん、ステータスに向かって話をしているのだろう。
「ラングレーさん、『光魔法』の使い手って、冒険者の中にいます? 実のところ、俺たち迷い人の中でも、あまり使い手のいない能力なんですけど」
『ああ、そうだな……『光』と『闇』は基本属性の中でも、めずらしい部類に入る魔法だからな。俺を含め、ギルドの職員では使える者はほとんどいない』
『そうですねー。この町でしたら、エルフの方々ですかねー?』
『確かにな。エルフなら使えるんじゃねえか?』
『あのあの、一応使えなくもないけど、それが得意なのって、フィルさんとかだよ? あと、アリエッタさんとか。エルフだからって、誰もがみんな全属性に通じてるわけじゃないからね』
「あ、そっか。十兵衛さんも一応はスキル持ちではあるんだよな」
『通信』から帰ってくる返事に対して、セージュもそうつぶやく。
十兵衛さんは知ってるよ。
一緒に『鍛冶修行』をやったエルフさんだ。
あの人の目って、◆◆◆◆が笑った時に似てるから、それで印象に残ってたし。
――――え?
今、わたし、誰に似てるって思ったの?
前に、お爺ちゃんたちと話をしている時のことが思い出された時に、その場にいたような、そんな感じがした人。
……男の人、だったよね?
「おい、本当に大丈夫か?」
わたしが考え事をしていると、身体を支えてくれているセージュの心配そうな顔がのぞき込んできた。
自分では一瞬のつもりだったけど、少しの間、ずっと黙り込んでいたらしい。
「うん、大丈夫だよ、セージュ。ほら、少しずつだけど力も戻ってるし」
これなら、自分の力で何とか立てるだろう。
ただ、この前も感じたんだけど、この身体のだるさって。
「ただ……」
「ただ、何だ?」
「うん、さっきごはんを食べたばっかりなのに、って」
もの凄く、お腹が空いている気がして。
そう、セージュに答えようとした、その時だった。
不意に、思考が巻き戻るような。
そんな感覚に襲われたかと思うと。
誰かとの会話が脳裏によみがえって来た。
『えっ? 『おなかすいたー』?』
『ふふっ♪ そうなのよ、◆◆◆◆◆◆◆』
『そう、思うだけでいいの?』
『そうねそうね、使うだけなら、思うだけでいいわね。ただ、◆◆◆◆◆◆◆が上手に使いたい、って思うのなら、何か標的を定めたらいいと思うの。あたしはね、感覚的に、どういう風にすればいいか優先順位がわかってるから問題ないけどね』
『優先順位?』
『そう。無くしたいもの、無くしてもいいもの、無くした方がいいもの。まずはそれから、ってことね。敵がいるなら簡単で、障壁を食べちゃえばいいの。あるいは、その障壁を生み出しているものを』
『障壁?』
『ふふっ♪ そうすれば、より簡単になるの。そうなの』
――――えっ? と思った。
今、話している相手の姿が影ではなくて、少し見えた。
ある時は蒼くて透明だったり、またあるときは紅くて透明だったり。
でも、いつも出会う時は、透けた肌で透明感があって、ぷにぷにしていた女の子。
何となく、『大地の恵み亭』にいるジェムニーさんに近い雰囲気の子。
お爺ちゃんの家のテーブルの上でまんまるくなって寝ているのが印象的で――――。
『だいじょうぶ。あたしがなあんにもしなくても、あたしの家族が、あたしの仲間が、みんながしっかりしてるからー』
『一は全なり、全は一なり』
『ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために、だよー』
『それがあたしたち』
『だからねー』
『もし、◆◆◆◆◆◆◆に困ったことがあったら、あたしの口ぐせを言ってごらん』
『◆◆◆◆◆◆◆が困らない程度に、助けてあげるからー』
そうだ。
いつのことかは忘れてしまっているけど。
何をどうすればいいかも忘れてしまっているけど。
だけど。
彼女の言葉を思い出して。
今、自分が何をすべきかを思い出して。
『『無限系』は厄介だけどねー。ふふっ♪ あたしたちは最古の種族だもん。当然、それらとの生存競争に生き残って、ここにいるの』
『だからねー』
『心して使ってねー。ふふっ♪ あたしたちの新しい◆◆◆さま♪』
『ゼルンベルルは、ただ、そこにある。だから、仲良くしてくれると嬉しいな♪』
うん、わかった。
だから――――。
そう、一度だけ、頷いて。
「……ルーガ?」
うん、大丈夫。
心配そうなセージュと目が合ったので、大丈夫という意味を込めて頷き返して。
キーワードを思い出す。
うん、大丈夫。
お腹はペコペコだよ。
さっきの『聖術』でお腹にあったものは根こそぎ持っていかれちゃった。
――――だから!
あの時の彼女の言葉を重ねるような形で。
「『おなかすいたー』」
少し離れた場所に立っている、片羽の折れた大きなコッコに対して、その力を発動させた。




