第314話 農民、ドワーフの本領に驚く
「よし! 全員退避だ!」
「げっ!? ペルーラとジェイドが動いたぞ!?」
「……えーと。どういうことなの?」
「おい! そこでぼさっとしてるやつ! 一時的にでもモンスターから距離をとれ! 巻き込まれるぞ!」
「はいはーい、迷い人の皆さんも避難してくださいねー」
「ドワーフという種族の恐ろしさがわかるぞ」
「えっ……恐ろしさ、って?」
「おい、十兵衛、引くぞ!」
「あん? ペルーラの嬢ちゃんたちじゃねえか。何が起こるってんだよ?」
「武器を持っている者も離れろ! 一定の格以上でなければ、優先権が奪われるぞ!」
「いや! 何ですか!? それっ!?」
うわ、『ブリリアントコッコ』の周囲で戦っていた人たちがドタバタしてるぞ?
どちらかと言えば、俺たちテスターの仲間より、この町に住んでいる、いわゆる歴戦の冒険者っぽい風貌の人たちの方が慌てているというか。
えーと。
ペルーラさんたちって、そんなに怖いのか?
そもそも、叫び声が聞こえたけど、『優先権』って何だよ?
初めて聞く言葉だぞ?
少し離れた場所に立っている俺たちが呆気にとられている間にも、『ブリリアントコッコ』の周辺の状況は混沌として来ているし。
慌てて、その場から逃げる人。
よくわからないけど、周りの雰囲気を察して離れる人。
その場に立ち尽くしている人。
それを慌てて、後ろの方へと引っ張っていくのが冒険者ギルドの職員さんたちだ。
後は、例外として、楽しげな表情のまま残る人……というか、十兵衛さんな。
その横でため息をついて諦めて、一緒に残るマークさん。
などなど。
一方のペルーラさんとジェイドさんはと言えば、もうすでに『ブリリアントコッコ』と肉薄した距離まで迫っていた。
さっきまで、俺たちの側にいたのに、あのふたりも本気を出せば、かなり速く動けるみたいだな。
「でも、何する気なんだろうな? 俺もドワーフの本気ってのはよくわからないぜ?」
「テツロウさんも、ですか?」
「ふっふっふー、それでは説明しよー」
「あ、ジェムニーさん」
今の混乱のどさくさにまぎれて、いつの間にかジェムニーさんが側にやってきていた。
まあ、正確には向こうから避難して来たってことみたいだけど。
一応、この人、運営側のナビさんだものな。
何となく、解説キャラっぽくなってるし。
「何ぃ!? 知ってるのか、ジェムニー!?」
「……テツロウさん、ノリがいいですね」
「まあ、お約束だからな」
そう言いながら、にやりと笑うのがテツロウさん節だ。
「うん、ドワーフってのは、見た目が可愛い種族じゃない? だから、印象だけだったら、誰かに護られるタイプの種族に見えるよねー?」
実際、鉱物種が護ってるし、とジェムニーさんが笑う。
アルミナの外に出る時は夫婦一緒。
それが基本ってことは、ドワーフをゴーレムが護るって図式だよな。
「そうですね。ファン君とかもそんな感じですよね」
ファン君の場合、戦闘系のスキルに乏しいから、ヨシノさんやリディアさんが代わりに戦って護ってもらってる感じだもんな。
補助系のスキルはあるみたいだけど、何となく姫プレイというか。
ただ、ジェムニーさんがそう前置きするということは、実際は違うってことだよな?
「うん。でも、実はそうじゃないんだよー。少なくとも、敵に回したくない種族だってことがわかると思うよー?」
「ジェムニーさん、ドワーフって戦っても強いんですか?」
「うんー、それじゃあ、折角だから、見ながら説明しようか。ふふふ、相性問題にもよるけど、相対しただけでまったく勝負にならないこともあるからねー」
「へえ……おっ!? あのふたり何かやろうとしてるぜ?」
テツロウさんの言葉に反応すると、ちょうど、ジェイドさんが手に持った袋から、何やら色々とアイテムを取り出す仕草が見えた。
――――って!?
げっ!?
うわっ、でかっ!?
ジェイドさんが取り出したのは、ジェイドさんの身体の色に似た鉱石だった。
いや……鉱石というか。
もう、あれは石ってレベルじゃないだろ。
この距離からもはっきりとわかるけど、あの大柄なジェイドさんの身体。その倍以上もある緑色に輝く岩だ。
「あ、あれ、ジェイドさんの身体と同じ、翡翠だな」
「うん。こっちだと呼び方が少し違うけどね。性質はかなり近いかなー」
へえ!
ジェイドさんって、翡翠のゴーレムさんだったのか。
だから綺麗な身体だったんだろうけど。
「え? セージュたちは知らなかったのか?」
「はい。いや、綺麗だとは思いましたけど、ジェイドさん本人に『鑑定眼』を使ったことはないですしね」
「うん、ゴーレムさんだってのは知ってたけどね」
「きゅい――――♪」
テツロウさんはびっくりしてるけど、ほら、ペルーラさんたちとの関係って、けっこうデリケートだったから。
『鑑定』させてください、って聞くような感じでもなかったんだよな。
「むしろ、テツロウさんはよく『鑑定』しましたね?」
「いや、してないぞ。ジェイドさんから直接教えてもらったんだ」
「え? 直接?」
「それよりも、セージュ! 始まったぞ!」
俺がテツロウさんって、『ゴーレム語』使えたっけ? と思っている間にもジェイドさんたちの動きは進んでいた。
あの巨大な……ジェイドさんの身長の倍以上の大きさがある翡翠らしき岩。
それをそのまま、ひょいと『ブリリアントコッコ』のいる真上、遥か彼方までジェイドさんが放り投げたのだ。
いや、すごい力ではあるけど。
「えーと……あの岩で攻撃するってことですよね?」
すごいけど、今のままだと、ただの『投擲』とか、『投石』とか、そういう感じの攻撃って気がするんだけど。
他の魔法とかが効いてないだけに、随分普通の攻撃だな、とは思う。
もちろん、ジェイドさんの馬鹿力は確かに脅威ではあるだろうけど。
「違う違うー、セージュ、ここからが本番だよー」
「そうなんですか?」
見ててー、というジェムニーさんの言葉に成り行きを見つめていると、横でテツロウさんがすっとんきょうな声をあげた。
「はあっ!? あっ! なるほど! そういうことかっ!」
「テツロウさん?」
「『鍛冶』『簡易錬成』『遠距離制御』『落下点補正』――――! 凄ぇ! 『鍛冶』スキルって、極めるとそういう使い方もできるのか!?」
おら、わくわくしてきたぞ! とテツロウさんが興奮気味に、俺の肩をバンバン叩いて来た。
いや、痛いですってば。
だが。
俺もテツロウさんが言いたいことがはっきりとわかった。
というか、既にペルーラさんたちの連携攻撃が、目に見える形で変化してきたからだ。
ぞくり、と見ていて鳥肌が立つ感覚。
単なる『生産系』のスキルだと思っていた『鍛冶』スキル。
それがドワーフの手にかかると、れっきとした猛攻の手段になることをまざまざと見せつけられた瞬間だった。
「ジェイドさんがあの岩を投げたの、って」
「うん、そうだよー。元となる素材がないと武器や防具を『錬成』できないからねー」
ジェムニーさんが微笑みながら、そう説明してくれた次の瞬間。
空中に浮かんでいた鉱石が無数の破片へと分かれて。
そのひとつひとつが、ペルーラさんによって生み出された武器へと変化して。
流れ星のごとく。
無数の投擲武器となったそれらは、真下にいた『ブリリアントコッコ』へと降り注いだ。




