第310話 農民、地上に戻る
「ふぅ……やっと、地上に戻って来れたぞ」
「クエッ♪」
「やったな、セージュにネーベ! おかげで『サンディコッコ』については、八割かた無力化できたぞ!」
ようやく、地面の穴から出て、地上の方へと戻った俺とネーベに対して、テツロウさんの労いの言葉が投げかけられた。
それを聞いて、ホッと一息つく。
何せ、さっきのクリシュナさんとのやり取りの後も、テツロウさんからの『指示』で引き続き、地面の下の方から、逃げ回る『サンディコッコ』たちを次々と地上に打ち上げる作業を続ける羽目になったのだ。
いや、けっこう、範囲が広かったぞ?
『サンディコッコ』たちが適当に逃げ回るおかげで、本当に延々と穴掘りをさせられたというか。
何せ、ビーナスの『苔』を口にしたままでも、途中で頭が痛くなって、脱力して身体に力が入らなくなる一瞬があったし。
たぶん、あれ、魔力限界だろ?
俺自身も数回しか体験したことがなかったけど、例の『枯渇酔い』の症状だったし。
ただ、その脱力した直後に、身体が光ったかと思うと、また普通の状態に戻ったので、たぶん、あの光がラルフリーダさんがらみの補助だったんだろうと思う。
一応、『魔法傷薬』とかも奉納していたから、魔力が枯渇した時の戦闘不能状態もフォローしてくれたんだろうなあ、って。
そう考えると、今回のクエストって、大掛かりな乱戦にはなっているけど、実はけっこう『死に戻り』になったりしにくいようにも感じた。
敵のコッコさんも『狂化』が解けると回復されるってわけで、規模や参加人数こそ多いけど、実はセーフティーネットがしっかりしていて、血塗れの殺し合いには発展していないというか。
いや、もちろん、コッコさんたちの攻撃で『死に戻り』してしまった迷い人もいるので油断はできないけどな。
「致死性のダメージからの回復中に、再度、同様のダメージを受けるとアウトみたいだな」
『ごめんね、みんな』
『気にするなって』
『眠らされちゃったら、しょうがないわよ』
『それに影が薄いから、いつの間にか近くにいたりするしな、あのコッコ』
テツロウさんからも注意が飛んだし。
ちなみに『死に戻っ』たのは、絵師の写る楽さんだ。
『ナイトメアコッコ』っていう眠り系の特殊攻撃を使ってくるコッコさんの攻撃で意識を奪われて、そのまま、『レッドコッコ』に燃やされるって感じで。
現実に戻った後でも『けいじばん』に吹き込むことはできるけど、後は戦況を見守ることしかできなくなってしまうのだ。
そして、何だかんだで、戦闘中でも他のみんなから励ましやフォローの言葉が次々と吹き込まれるのが確認できた。
うん。
参加してるみんな優しいなあ。
そういうところは何となく嬉しくなる。
さておき。
「『死に戻る』と明日までログインできなくなるからな! まだ、戦力は拮抗してるから油断しないように!」
『もう少しで日付が変わるから、そこからなら再挑戦できるだろうね』
『ただ、写る楽が抜けたのは痛いな』
『そうね。地図の更新ができなくなっちゃったもんね』
『あ、ヴェルさんも確か、『絵師』系のスキル持ってなかったっけ?』
『にゃにゃ!? 一応、持ってるけどにゃあ、こっちの手だと筆記具が持ちにくいのにゃ。写る楽にゃんみたいに早く描けないのにゃあ』
あ、そういえば、ヴェルフェンさんも向こうだと漫画家さんなんだっけ?
実際、『絵師』スキルに近いものは持っているらしいし。
ただ、『魔猫』の状態だと、人型でも手が肉球付きの猫の手っぽい感じになるので、精密な作業とかは、けっこう大変なのだそうだ。
あの手、魚を獲ったりするには便利らしいけど。
それにしても、さっきまでは写る楽さんの『絵師』スキルで、定期的に俯瞰した地図が更新されていたおかげで、戦況の変化が一目瞭然だったんだよな。
存在が確定できた敵モンスターについては、地図上でカーソル表示とかもできていたので、かなり便利だったのだ。
まあ、俺とか『サンディコッコ』みたいに地面の下を移動している時は、さすがにカーソルが消えちゃうみたいだけどな。
うん。
何気に有用だったな、『絵師』スキル。
カミュの話だと、こっちの世界では地図って機密扱いだから、正確な地図ってのはそもそも売り出していないらしいし、手描きの地図なら、ペルーラさんとかサティ婆さんからもらったことがあるけど、あれだと、まあ、手描きだよなあ、ってレベルの地図なので、詳細についてはわかりにくいのだ。
それに比べると、写る楽さんが描いてくれた地図って、本当に、まるで上空から写真を撮ったんじゃないか、って感じの絵だったし。
あれ、どうやって描いていたのか本気で謎だ。
確か、空を飛べる他の迷い人さんから情報を聞いて、それを地図にしてたんだよな?
それにしては、精密過ぎるけど、それも含めて『絵師』スキルなのかな?
そっちの詳細もやや秘密系になるので、詳しいことは聞けないし。
『でもな、持ってるなら使わない手はないよな。ヴェルにゃん、引き継ぎ頼めるか?』
『わかったのにゃ! 何とか頑張るのにゃ!』
『うん、今度は絵師がやられないように、ちゃんと護るねっ!』
『護るのもそうだが、あの『ナイトメアコッコ』だな』
『テツロウ、スキルは確認できたか?』
『ダメだ。ログはまだ黒塗りのままだな。何かスキルを使ってるのは間違いないけど』
『でも、あの黒コッコ、よく逆さまで飛べるわよね』
神出鬼没の『ナイトメアコッコ』。
コッコの中でも、ちゃんと飛べてるめずらしいタイプのコッコのようだ。
いや、逆さまって時点でちゃんと飛べてるかは微妙だけど。
その攻撃手段はバッドステータスの『眠り』系を誘発するもの、と。
『傾眠』『睡眠』『熟眠』『昏睡』。
眠りの深度によって、色々とあるのは『酔い』と同じだな。
やはり、意識が奪われるわけで、毒とか麻痺と比べても厄介な攻撃だよなあ。
写る楽さんの他にもその区画にいた冒険者の人とか、他の鳥モンさんも喰らって、眠りに落ちているので、かなり効きやすいタイプの攻撃のようだ。
慌てて、味方のコッコさんたちが突っつき攻撃とかで、寝てる人たちを起こしてるし。
指揮を執っているテツロウさんも難しい表情をしてるしな。
「うーん……『ナイトメアコッコ』自体は攻撃手段に乏しいみたいだな。だから、他のコッコと組み合わされるとまずいってとこか」
よし、とテツロウさんが頷いて。
「リクオウのおっさんたちは、そのままゾエさんたちのヘルプに向かってくれ」
「『クイックコッコ』は増援でどんどん増えるから、『ナイトメアコッコ』と合流する前にけりを付けようぜ」
「ヴェニっさんたち、生産職組は引き続き、中央の護りを」
「俺たち遊撃部隊は残りの『サンディコッコ』を狩りつつ、『ブリリアントコッコ』の方へと向かう」
「ヴェルにゃんとバードマンさんたちは、引き続き状況の更新を」
次々と指示を飛ばしていくテツロウさん。
俺とかもテツロウさんと一緒の遊撃部隊だから、このまま『ブリリアントコッコ』へと向かう組か。
あ、遠目で見ても、今も十兵衛さんは戦ってるか。
ちょっと邪魔かも知れないけど、一応、『フレンド通信』は飛ばしておくか。
「十兵衛さん、セージュです。今から俺たちもそっちの手伝いに向かいます」
『あ!? セージュの坊主か!?』
おっ、十兵衛さん、返事してくれた。
それどころじゃねえ! ってどやされるか、無視されるかどっちかだと思ったんだけど。
このクエストが始まってからも、まったく『けいじばん』への吹き込みとかしてくれなかったから、完全無視かと思ったらそうでもないようだ。
まあ、カガチさんからの『通信』に返答してたっけな。
どちらかといえば、戦闘に集中してたってことだろう。
「はい。どうです? 十兵衛さん、そのコッコは強敵ですか?」
『ああ! 動きは悪くねぇな。ただよぅ、こいつ、妙だぜ?』
「妙、ですか?」
うん?
十兵衛さん、何か気付いたことがあるのか?
『おぅよ。さっきから色々と試してるんだが、このでかぶつ、少しばかり斬れ味が良すぎるぜ?』
斬れ味が良すぎ?
どういうことだ?
「十兵衛さん、それって、前のラースボアとかと比べて、ですか?」
『そうだな。今、俺が持ってるなまくらでもスパスパ斬れる……その辺のちっちぇえ獣よりもな』
おかしいだろ? と十兵衛さんの声。
遠目でも動いている十兵衛さんの姿が見えるんだが、そうとは感じさせないような落ち着いたトーンの言葉だ。
「斬れすぎる、か……」
十兵衛さんからの通信を同じく、横で聞いていたテツロウさんが考え込む。
「もしかすると、その辺が『ブリリアントコッコ』を倒す鍵になるかもな」




