第305話 農民、携帯食を食べる
「とはいえ、大分状況が混沌としてきたなあ」
「うん、お店やってる人たちも来たみたいだね」
「ねえねえ、マスター、わたしたちは先に行くわね」
「ぽよっ!」
「クエッ!」
「ああ、そっちもよろしくな、ビーナス、みかん、三号さん」
ビーナスやみかんは俺やルーガとは別行動だな。
何せ、例の『コッコゴースト』はみかんの能力でもないと、ほとんど攻撃が通用しないみたいなので、他の苦戦している迷い人さんのところの手助けで、点々と派遣することになったのだ。
というか。
なぜか、三号さんの背中にはビーナスだけじゃなくって、さっきみかんたちがやっつけた『コッコゴースト』さんも乗っているというシュールな光景ではあったけど。
要は、今のクエストって、倒したコッコさんが正気に戻ると、続々と味方になってくれる仕様らしいな。
おかげで、本当に周囲の光景が混沌としてきたというか。
ケイゾウさんたち普通の『オレストコッコ』さんたちとやって来た『狂化コッコ』の戦いがあって、そこに元からいたベニマルくんたち鳥モンさんが割って入って、俺たち迷い人軍団やら、さっきからテツロウさんが呼んでいた町の人々も加勢に加わって。
挙句の果てには、正気に戻った元『狂化コッコ』さんたちも加わって。
ごめん。
敵味方が訳わからなくなってきてるんだよなあ。
鳥モンさんたちは、一応、緑の鉢巻きをしてくれてるから問題ないけど、『狂化コッコ』さん同士の争いになると、正直、どっちがどっちだか一目見ただけだと区別がつかないのだ。
よくよく見ると、目つきがおかしいのが『狂って』る方なんだろうけど、さっきまで俺と戦っていたネーベみたいに、若干、理性が残ってるんじゃないか? ってのも混じってるので、その辺は厄介というか。
「ほら、セージュ。ルーガちゃんたちも。黒さんが食料を持ってきてくれたから、今のうちにこれ食べてくれ」
「あ、ありがとうございます、テツロウさん……って、あれ? クラウドさんは?」
「もう、次のとこに行ったよ。今、ユミナさんやドランさんと一緒に、糧秣を配ってもらってるとこだな」
テツロウさんから、俺たちへと食料が渡される。
……って、これ何だ?
見た目はゼリー飲料系のパッケージングされた謎アイテムだ。
【料理アイテム:スープ?】ぷちラビットの冷製スープ・ゼリータイプ
ぷちラビットの旨みを余すところなく生かして作られたスープ……を冷やして、それを『粘粉』で固めて作られた携帯食。戦闘中も飲みやすい、二十四時間戦える人向けの『大地の恵み亭』限定メニュー。
お決まりのように、器は食べ終わった後は自動で消滅します。
……おおぅ。
すげぇ、ユミナさんたち、こんなのも作ったのか?
「はは、びっくりだろ? 空腹値があがった時の『瞬間チャージ!』って感じのアイテムだよなあ」
そう笑いながらも、持っていたゼリー飲料を飲み干すテツロウさん。
「いや、これ、ファンタジーの世界観的に大丈夫なんですか?」
「まあ、作れたもんはしょうがないよな。一応、外側の器に関しては、ジェムニーさんに頼まないとどうしようもないみたいだけどさ」
「ねえ、セージュ、これどうやって開けるの?」
「きゅい――――?」
「ああ、ここのところを回して開けて、ここをくわえて、パックのところを押し出すようにすると中身が出てくるんだ」
ご丁寧にキャップのところまで密封状態になっていたので、その辺のふたの取り方などについて、ルーガたちに説明する。
というか、なっちゃんはそもそもふたを開けられないだろうから、俺がやって飲ませてるけど。
いや、さすがにルーガたちにとっては、こんなの初めてだろうなあ。
というか、俺もゼリー飲料とか普段はあんまり飲まないから、向こうのそれとも違いがよくわからないし。
何となく、ビジネスマンとか、時間のない人向けのものというか、後はアスリートの人たちが運動後に栄養補給しているとか、そんなイメージだよな、これって。
一口飲んでみたけど。
……うーん。
冷製スープのゼリーというか、味は悪くないんだけど、この手のゼリー飲料で甘くないものって、何となく新鮮な気がする。
ともあれ。
テツロウさんによれば、俺やルーガも割と空腹値の危険水域に近づいていたらしいので、ありがたく完食させて頂いた。
そういえば、今日は朝から食事らしい食事って摂ってなかったもんな。
自分でも何となく身体が重くなってきた気がしていたけど、そっちの状態についてもログの情報として流れていったのだそうだ。
いや、思っていた以上に便利だな、ログ。
「うーん……何か不思議な食べ物だね。口の中でむにゅむにゅしてる」
「きゅい――――♪」
飲み干した後で、ルーガがちょっと微妙な顔をしてるな。
一方のなっちゃんは美味しかったみたいだけど。
ほんと、なっちゃんって、好き嫌いなく何でも食べるよなあ。
うん。
見ていて、何となく嬉しい。
「うんうんー。レランジュの実の果肉部分を食べた感じに近いかなー」
「これは甘くないわね」
「面白い味です。美味しいです」
「……この器は私も初めて見たわね」
ウルルちゃんたちも、テツロウさんから配られたので、このゼリー飲料を食べたようだ。
俺たちにとっては当たり前だけど、飲み終わった途端に、容器が消えるのはさすがにびっくりだったらしく、それを見たウルルちゃんが興奮気味に笑ってるし。
フローラさんにとっても、ジェムニーさんのいかさまアイテムは衝撃だったらしく、少し神妙な顔をしてるしな。
まあ、なあ。
でも、気にしてたらキリがないですよ? とだけ言っておいた。
世界設定もいじれる、運営側が用意したアイテムだからなあ。
それなりに『PUO』で長生きしているであろう精霊種のフローラさんでもびっくりするってことは、これ、俺たちが思っている以上にひどいアイテムなんだろうなあ。
そういえば、サティ婆さんも『お腹が膨れる水』に呆れてたっけ。
「よーし、セージュ。腹が膨れたな? それじゃあ、このまま、もぐら叩きに行くぞ。『魔法部隊』の方は、ラングレーさんたちが護ってくれてるから、俺らが助けに行く必要がなくなったしな」
「はい、わかりました……って、もぐら叩き?」
「いや、もぐらってのは比喩だよ。『土属性』のコッコだな。あれ、危なくなると地面の中に穴掘って逃げるんだってさ」
ある意味、一番厄介だ、とテツロウさん。
あー、そういえば、そうだっけ。
というか、さ。
「セージュは、本職の『土竜』なんだろ? だったら適任じゃね?」
「いや、何ですか、本職のもぐらって」
もぐらの『もぐら叩き』って、狙ってるだろ?
ただ、冗談はさておき、地面の中を逃げる相手なら、俺が適任ってのは事実だろう。
なっちゃんも『土魔法』は得意だし、それに大きな声では言えないけど、一緒にいるアルルちゃんもノームで、『土の精霊』だから、そっち系の戦闘は得意そうだしな。
「はは、細かいことは気にするなよ。じゃあ、こっちだ。リクオウのおっさんたちが戦ってるところまで進むぞ」
そんなこんなで。
もぐら改め『サンディコッコ』が暴れているエリアへと向かう俺たちなのだった。




