第300話 農民、コッコさんたちと相対する
――――来た!
空中に現れたのは、無数の魔法陣だった。
高さは俺たちの視線よりも低いものから、上空数十メールぐらいの高いところで展開するものまで様々で、その陣の直径もまちまちのようだ。
視界は夜の割には良好。
というのも、コッコさんたちの『儀式』が続いているおかげで、辺りには色とりどりの発光現象がひっきりなしに繰り返されているからだ。
どうやら、奉納の状態は続いているらしいな。
つまり、俺たちが踊る……動けば、微量の魔力消費と引き換えで光が生じる、と。
ただ、これ、少しのデメリットと引き換えにメリットもある。
俺みたいに『暗視』持ちじゃない人たちにとって、これだけの光源があれば、夜間でも昼間と変わらずに動くことができるから。
実のところ、ルーガやビーナスは夜目が強いからあんまりだけど、なっちゃんとかは真っ暗になると俺にしがみついたりすることもあるんだよなあ。
――――と。
「コケッ――――――ッ!」
『KOKEEEEEEEEッーーーー!』
「コケッ!? コケッ! コケッ!」
『KOKOッ!』
ケイゾウさんたちが『鳴動』するのに対して、地を響くような『叫び』のようなものが返って来て。
その直後、中央にいたケイゾウさんが再び怒鳴り返すようにすると、今度もどこか濁ったような『叫び』のようなものが返される。
『……まずいっすね』
「どうなってるの、ベニマルくん?」
『言葉が通じてない状態っすね。いつもなら、ケイゾウさんたちの『招き』に対して応じてくれた鳥たちって、友好的なはずなんすけど……まあ、さっきの商業ギルドの人が危惧してた通りってことっす』
聞く耳持たないってことっすね、とベニマルくんが真剣な表情で羽ばたく。
「コケッ――――――ッ!」
『KOKEEEEEEEEッーーーー!』
『おまけに帰ってくれないみたいっす。何か僕らでも意味わからない叫び声っぽいの。そればっか繰り返してるっすねえ。はぁ……たぶん、理性飛んでるっすねえ』
「わかるの、ベニくん?」
『そりゃ、そうっすよ、ルーガさん。あの症状には僕らも酷い目にあってるっすから。嫌っすよ? 味方同士で仲間割れするような感じって』
そう言って、渋い顔をするベニマルくん。
あ、そうか。
前にチドリーさんも断片的にそんなことを言ってたもんな。
ベニマルくんたちの『一群』からも、『狂化』状態に陥った鳥モンさんが現れて、そっちを抑え込んだとかどうとか。
「ちなみに、ベニマルくん、対処法は?」
『力でねじ伏せるのが一番っす。まあ、ほんとの一番はチドリー隊長みたいに『統制』してから正気に戻すのが楽なんすけど、狂った数が多すぎるとそれも間に合わないっすからねえ』
「へえ、なるほど。ねえ、ベニっち、正気に戻すってことは、もしあれが敵だとしても、殺すのはまずいんだな?」
『あー、そうっすねえ、テツロウさん。たぶん、元通りになれば、ケイゾウさんたちの仲間っすから、殺すのは勘弁っすねえ。もちろん、こっちの命が最優先っすから、状況によってはそうも言ってられないっすよ?』
「少し難易度が高いな……よっし! ありがと、ベニっち。それにセージュも。今の事前情報は助かった。それなら、躊躇する必要がないからな」
指揮をしながら、俺たちの会話を聞いていたテツロウさんが突然会話に加わって来たかと思うと、ベニマルくんの説明に、にやりと笑みを浮かべて。
「あー、全員、聞いてるか? 今回のクエストのクリア条件追加。『敵モンスター、殺さず無力化』。そうすれば、正気に戻るんだってさ。はは、一気に難易度があがったけど、まあ、頑張っていこうぜ」
『うわあっ!?』
『倒しちゃダメなの?』
「叩きのめすのはオッケーだって。『手加減攻撃』系を持ってる人はそっちで。それができるかどうかは相手次第だけどな。ただ、ベニっちの話だと、不可能だったら、こっちの命優先でいいんだとさ」
『なら、いつもと変わらねぇな』
『手加減って魔法も?』
『あ、皆さん、商業ギルドのカガチです。よろしいですか? 少しだけ補足を。今の皆様のレベルですと、切り刻んだりするのでなければ、全力を出して問題ないですよ。『召喚』に応じるコッコ種というのは、それほど軟な存在ではありませんので、思い切り動いて構いません。むしろ、油断しているとやられますよ? それに、もし相手に致命傷があっても、町長殿よりフォローが入りますので』
『そうなの?』
『ええ。町長殿も、この町のコッコさんと他の方との軋轢が生じるのは望んでおられませんので。そのような手筈になっているとうかがっております――――あ、十兵衛さん? 貴方は別です。マークさんたちからの報告にて、『やり過ぎ注意』だそうです』
『はは、わかってるさ。いちいち名指ししなくていいぜ』
『いや、十兵衛……貴殿、本当にわかってるのだろうな?』
うん。
たぶん、マークさんの心配通り、わかってないな、十兵衛さん。
それはそれとして、例の『奉納』は俺たち側のフォローだけじゃなくて、敵のコッコさんたちにも適用されるようだ。
致命傷に至った場合、ラルさんのフォローで死に至るのだけは回避する、って。
あと、カガチさんから見ても、俺たち迷い人って、まだまだ未熟だから、手加減する必要はないらしい。
……って、あれ!?
十兵衛さんで注意が行くってことは……。
思わず、後ろにいたフローラさんたちと目が合う。
と、フローラさんに『わかってるわ』と言わんばかりに、にっこりと微笑まれた。
……だよなあ。
たぶん、ウルルちゃんたちが本気を出せば、手加減必須な威力になるだろうし。
『地層封印』だっけ?
あの『泥の龍』なんて、この場で使ったら目立って仕方ないぞ?
「アルル、ウルル、シモーヌ。私たちは護る方に徹しなさい。援護射撃と防御ね。そもそも、あなたたちはまだ細かい力の使い方が微妙だから大技使っちゃダメよ?」
「わかってるってば!」
「はーい、おか……お姉ちゃんー!」
「はい! たぶん、人間さんや鳥さんを巻き込んじゃいますしね」
力は強いけど、三人とも割と大雑把な感じになるらしい。
なので、個々の力でお手伝い、と。
まあ、フローラさんも含めて、四人とも身体のレベルが三桁だからなあ。
あくまでもサポートキャラって扱いでいいのだろう。
そうこうしているうちに、多人数での『フレンド通信』でのやり取りもひと段落したらしく、テツロウさんが声があげる。
「――――おっ! ようやく姿を現したな。そういうわけで皆さん、頑張っていきましょう!」
「――――総員、戦闘開始っ!」
『おおっ!』
『って!? 数多っ!?』
『うわっ!? でっかいの一匹いるぞ!?』
『コッコさんは鳥だから、一羽だよ、一羽』
『おい、今はそういう細かいことはどうでもよくね!?』
『色とりどりのコッコさん……』
『何だろ、威嚇してる姿もかわいいのもいるぞ?』
光る魔法陣から、次々と姿を現したのは、鶏系モンスターの亜種だ。
ケイゾウさんたちと同じぐらいのお手頃サイズのものから、それよりも更に小さめの鳥や、大きめのコッコもいて、大きさは様々だ。
……いや、一羽だけ明らかにおかしい大きさのやつがいるけど。
怪鳥って感じの銀色の光を身にまとったコッコさん。
名前:ブリリアントコッコ(狂化状態)
年齢:◆◆
種族:光鶏種(モンスター)
職業:◆◆◆◆
レベル:◆◆◆
スキル:――――『鑑定』が妨害されました。
「ブリリアントコッコ……? 何か、あれだけ格が違うような……」
『ちょっ!? セージュさん、あっちの遠くのよりもっ!?』
「――――へっ!?」
「KOKEEEッ――――!」
「きゅい――――!」
『――――『炎の盾』っす!』
目の前に現れた蒼と白の羽根を持つコッコさんが、口から氷の吐息で襲い掛かって来たのと同時に、なっちゃんが俺たちの前に『土壁』を発動させて、更にその上から、ベニマルくんが炎でできた盾のようなものを展開して。
氷と炎がお互いを打ち消し合って消滅。
後に、なっちゃんの作った壁だけが残った。
おー、すごいすごい!
ベニマルくんが魔法を使ってるの初めて見たけど、やっぱり『火魔法』系か。
見た目が鮮やかな赤い色だからそうだと思ってたけど。
『油断大敵っすよ、セージュさん!』
「ごめんごめん、ベニマルくん」
すかさず謝る俺。
いや、召喚されてきたコッコさんたちって本当に強いのな?
見た目はほんわか系なのに、いきなり、吹雪攻撃って。
名前:フロストコッコ(狂化状態)
年齢:◆◆
種族:雪鶏種(モンスター)
職業:
レベル:55
スキル:『体当たり』『脚力ブースト』『登攀』『持久走』『嘴術』『蹴り技』『氷魔法』『氷の吐息』『雪玉ころがし』『鳥言語』
うわ、けっこう強そう。
この町のコッコさんって、ケイゾウさんを除けばほんわかしてるので、あの『鎧』に比べるとマシかと思ったけど、それはかなり甘い認識だったようだ。
『そりゃそうっすよ。本来、ケイゾウさんたちの助っ人っすよ? 弱かったら助っ人にならないじゃないっすか』
それもそうか。
それにしても、『氷魔法』なんてびっくりだよ。
前にオットーさんもそれっぽいのを使ってたけど、これってレア魔法だろ?
『まあ、僕もびっくりっすけど。フロストコッコは『霊峰七山』の生息種っすね』
「KOKEEEッ――――!」
珍しいっすね、とベニマルくんが驚いて。
目に狂気を伴っているフロストコッコと対峙する俺たち。
――――いや、思ったより数が多い。
横で、テツロウさんたちが燃えているコッコと。
その反対側ではルーガやビーナスたちが実体の薄い、ふわふわと浮いているコッコと。
それぞれが対峙して。
辺りからも混戦の様相が伝わって来て。
『狂化』コッコたちと俺たちの戦いが始まった。




