第298話 お祭り、動く
「へえ、それじゃあ、今度は外からコッコさんを招くの?」
『そうっす。今さっきのケイゾウさんたちの鳴き声は、『陣』を描き終えたって合図みたいなもんっすから。今度は、それを儀式の中で使ってみるんすよ』
ここからどんどん盛り上がっていくっす、とベニマルくんが笑顔で教えてくれた。
なるほどな。
半日かけて、土地に魔法陣を構築して。
それが作動するかのチェックも含めての『儀式』ってわけか。
今、この場にいるのはケイゾウさんたち『オレストコッコ』っていう種だけだけど、他の地方のコッコさんたちも、この『家』の『陣』を通じて、招いたりすることもできるのだとか。
……って、あれ?
ちょっと待てよ?
「あれ? ベニマルくん、まだ、ここ家が建ってないけど、それでも招いたりできるの?」
だったら、『家』なくても大丈夫なんじゃ?
そう、俺が不思議そうに尋ねると、ベニマルくんが首を横に振って。
『それだと、『招く』ことしかできないっすよ? ケイゾウさんたちが『飛ぶ』ことができないと意味がないっすよ』
「あ、そっか。それもそうだよね」
元々、空を飛べないコッコさんたちの移動手段として、『家』が必要だったんだものな。
まあ、何にせよ、ただでさえ鳥モンさんたちがいっぱいいるこの場所に、更に他の土地のコッコさんが集まって来るのか。
「何だか、すごいことになりそうだね」
『そうっすねえ、大型のコッコも来るかもっすから、僕らも踏みつぶされないように気を付けるっすよ』
「……そんなに大型のコッコさんもいるの?」
ベニマルくんも全長は俺たちの身長ぐらいはあるから、それで踏みつぶされるって、どのぐらいの大きさだよ?
たぶん、ラースボアとかに近いんだろうけど。
あれ、ユウとかエディウスが『巨大変異種』って呼んでたから、たぶん、コッコさんにもその『巨大変異種』がいるのだろう。
町の南の道を落盤させたのも、巨大ぷちラビットって話だしな。
「にゃにゃ、そんなに大きいってことは抱き付いたらすごいもふもふかもしれないのにゃあ」
「普通のコッコさんたちも、まん丸くて毛並みがふかふかしてますもんね」
楽しみだにゃあ、と笑うヴェルフェンさんと、全身で楽しみであることを表現している、動物大好きのツグミさんだ。
ちなみに、この『催し』も夜明け前からずっとやっているせいか、今の時間はさっきよりも人だかりが減ってきている状態だな。
残っているのは、俺たち迷い人の集団とか、ケイゾウさんが所属する鳥モンさんの『一群』のメンバーとかだ。
町の人……特に親子連れだった人たちとかは、夜になった頃に家に帰ってしまった。
まあ、それは仕方ないよな。
こっちの世界って、夜明けと共に活動して、日が暮れると寝るって習慣になってるみたいだし。
むしろ、今日は夜明け前から、イベントの準備をしてくれたりした人が多かっただけ、頑張ってくれていた、ってとこだろう。
それに、人が少なくなったって言っても、まだまだお祭りとしては十分の集客はできてるしな。
「あ、そういえば、屋台も大分減ったみたいだな?」
「それは仕方ないのにゃ。さっき、商業ギルドのカガチさんが撤収の指示を出してたのにゃ」
「そうですね。ユミナさんたちも夜の営業があるから、って戻られましたし」
そういえば、そうだったな。
ドランさんが『今日は夕方まで休んじまったからな。今、腹を空かせてる奴らのために、ちょっとばかし店を開けないとな』とか言ってたし。
もちろん、普段の常連さんの多くが、こっちの出店まで顔を出したりしてくれたみたいだけど、そうじゃない人もいるわけで。
そういう意味では『大地の恵み亭』もそうだけど、町の食を支えている人たちは本来のお店の方の営業も大事だもんな。
そんなこんなで、結局、料理班も自然と解散の流れになった。
まあ、今日のところは色々と収穫もあったようだし。
俺はどたばたしてて食いっぱぐれたけど、アルガス芋系の新作メニューも割と好評だったみたいだしな。
あと、実験的に『大地の恵み亭』で、『耐毒』持ちの人限定で、魚料理も出していく方向で決まったようだ。
一歩間違えると食中毒だろうに、ドランさんも笑ってゴーサインを出すあたり、大したもんだよなあ。
おかげで、魚を獲ってくるクエストも増えるみたいだし。
それで、ヴェルフェンさんも張り切ってるしな。
あ、そうだ。
それで思い出したけど、俺、結局ファン君の手料理食べられなかったなあ。
あの、毒料理はノーカウントということで。
さすがに手料理でノックアウトしたのを思い出にしたくないし。
ちなみに、当のファン君とヨシノさんは、現実の方の時間切れで、すでに帰ってしまっている。
それでも、けっこう長い間付き合ってくれたと思うけどな。
俺たちの他のテスターさんとも仲良くなれたみたいだし、この調子でこの『PUO』を楽しんでくれるといいよなあ、うん。
ただ、それはそれとして。
なぜかリディアさんは、まだこの場にいるんだよなあ。
ファン君たちのログアウトできる安全地帯が、さっきまで料理班で使っていたリディアさんの簡易コテージだから、それはそれで当然かもしれないけど。
「そういえば、リディアさんって、ファン君たちの護衛をしていない時って、何をされてるんですか?」
「ん、色々? ちょっとあちこち行ったりとか」
「にゃにゃ? あちこちってどの辺りかにゃあ?」
「ん、どこまで行けるか試してる。そう、今日は東大陸でも目指してみる」
「へっ!? 東大陸?」
何か、すごい単語が出てきたけど。
今、俺たちがいるのが中央大陸なんだよな?
ということは、その東大陸ってのは、この大陸から東にある大陸ってことか?
「ん、護衛の仕事も終わったし、じゃあ行く」
「えっ!? って……うわっ!?」
その場に一陣の風が吹いたかと思うと。
いつの間にか、リディアさんの姿が消え失せてしまっていた。
「今、何が起こったんだ?」
『何か、ものすごいスピードで移動していったっすね……』
「にゃあ……色々聞こうと思ったのに、もういないのにゃ」
「ほんと、奔放な人だよね」
まったくだよ。
やっぱり、どこか不思議ちゃんというか、我が道を行く人って感じなんだよな、リディアさんって。
「おや……もしかして、リディアさん、どこかへ行かれてしまいましたか?」
「あ、カガチさん」
そんなリディアさんと行き違いになる形で、カガチさんがやってきた。
さっきまで、他のお店の人とか、商業ギルドの職員さんたちと話をしてたようだけど、そっちはひと段落したのかな?
ただ、表情を見る感じだと、どこか落胆しているようにも見えるけど。
「どうしたんですか、カガチさん? どこか具合が悪そうですけど」
「いえ、ちょっとリディアさんがいなくなってしまったのが痛いだけです。ふむ……早めに事情を説明しておけば良かったですね」
「何かあったのかにゃ?」
「いえ、まだ、何も、です、ヴェルフェンさん。ですが、あまり宜しくない通達が回って来ましてね。今はその対処をしている最中だったのですが」
「対処?」
カガチさんが何のことを言っているのかよくわからず、俺やヴェルフェンさんが首を捻っている、その時だった。
「コケェーーーーーーーッ!」
ケイゾウさんたちの鳴き声が辺りに響き渡った。
『あ、これって『共鳴啼き』っすね。今度はきちんと招けるはずっすよ?』
「そうですか……では、仕方ありませんね。セージュさん、ヴェルフェンさん、いえ、この場にいる皆さん、よろしいですか? 皆さんは『コッコダンシング』のクエストを受け取っておられますよね?」
「あ、はい」
「もちろんだにゃ」
カガチさんの問いに、俺やヴェルフェンさんの他にもみんながそれぞれで頷く。
このクエストがあるから、みんな一緒に参加してくれているわけだしな。
「では、皆さんにお願いです。今から、何が起こっても、この『儀式』を護ってください。コッコさんたちの踊りを止めないように、です」
「え……!? どういうことです!?」
「私も何が起こるかはわかりません。町長さんも同様です。ですが、この『儀式』に異変が関与している可能性があるとの言伝がありました。もちろん、何も起こらないかも知れませんが、事態に備えてください」
真剣そのもののカガチさんの表情に、思わず、言葉を失う俺たち。
ただのお祭りのつもりが、追加で特殊イベント発生ってことか?
「ようし! みんな! そういうことなら、戦闘態勢を取ろうぜ! この手の緊急クエストなら、間違いなく敵がいるってことだからさ!」
「テツロウさん!?」
既に臨戦態勢に入って、周囲を鼓舞し始めているのは、あのテツロウさんだった。
あ、すごい。
いつものおちゃらけた感じが影をひそめてるぞ?
いや、表情はどこか楽しそうだけどさ。
少なくとも、カガチさんからの突然の警告にも、何ひとつ動じずに着々と檄を飛ばすその姿には、安心感を感じるな。
「そっか、これ、レイド級のバトルか」
「まあ、当然よね。これだけの大掛かりなイベントで、何も起こらないで終わるわけないものね」
「ふむ、祭壇の周囲に散らばるか」
「緑の鉢巻きをしている鳥さんは味方ってことでいい?」
「鳥さんたちも護るの」
「よっしゃ! いくぞっ!」
「テツロウ、お前、指揮できるか?」
「ああ、任せてくれ。パターン予測で何とか対応するさ。あ、そうだ。セージュ、お前、ユウの友達なんだろ? だったら、こっち手伝えよな」
「あ、はい!」
って……えっ!?
何か、知らないうちに、テツロウさんのサポートをすることになって。
そのまま、戸惑いつつも、何とか動き出す俺たちなのだった。




