第294話 農民、新しい目的を得る
「無論、条件のひとつとしまして、商業ギルドにも所属して頂きますがね」
そう言って、カガチさんが良い笑顔を浮かべる。
いや、うん。
確かに口元は笑っているんだけどさ。
やっぱり、カガチさん特有の三白眼の迫力というか。
裏があるっぽい笑みに見えてしまうんだよなあ。
俺とかはまだ、以前から面識があるけど、初対面のテスターさんはちょっとビビってるぞ?
こっちを騙しに来ている、インテリ何とかさんっぽいし。
「いやいや、ちょっと待てちょっと待て。別に副長はその筋の人間じゃないぞ。ちょっとばかり商魂たくましい性格ではあるが、根は良い人だからな」
だから落ち着け、と慌てて割って入るヴェニスさん。
熊の獣人で毛深くって、ヴェニスさんはヴェニスさんで、見た目は豪快山親父って感じなんだけど、まあ、そこはそこ。
『けいじばん』なんかじゃ、他の人からの相談とかも親身になって話を聞いてくれるから、『けいじばん』組の中では、ヴェニスさんの信頼度は高いのだ。
商業ギルドについては、『けいじばん』でもヴェニスさん情報が時々あがってることもあったし、生き馬の目を抜く組織、ってわけでもないのは皆も知ってるし。
「一応、俺とかルーガも所属してますよ?」
「うん、そうだよ」
「俺もそうだぜ? 生産職を目指してる場合、商業ギルドに入ってないと作ったものを売る時に制約があるからなあ」
「ですね。私もドランさんのお店でしたら問題ありませんけど、勝手に露店で料理を販売する場合は許可が必要ということでしたので、所属済みです」
酒職人を目指すトーマスさんや、料理人のユミナさんも当然所属、と。
あと、裁縫職人のカオルさんとか、革職人で錬金術師志望のメルクさんとかも商業ギルド所属だったはずだ。
そうでないと、弟子修行の身とはいえ、勝手にお仕事を受けられないとか、そういう話は耳にしていたしな。
「あれっ? ぼくはまだですけど……?」
「ん、ドワーフはまた別」
と、不思議そうに首を傾げるファン君に対して、横にいるリディアさんが一言付け加えてくれる。
それに関しては、カガチさんも苦笑しながら頷いて。
「ええ。仰る通りです。ドワーフの場合、各地の商業ギルドとはすでに特殊な条件で手を結んでおりますので、基本的には我々とは別系統の立ち位置になるわけです」
ですから、商業ギルドに所属しなくても商品や素材を扱えますよ、とカガチさん。
へえ、なるほどな。
本当は所属してくれた方がありがたいみたいだけど、そっちはそっちでアルミナとの交渉がもにょもにょしていたりとか、ドワーフの職人さんにへそを曲げられたりされると、それこそ商売あがったりになるので、色々と黙認ってことらしい。
「そもそも、ドワーフの方々は自分たちの腕を安売りしませんからね。そういう意味では販路を乱したりはなさいません。ええ、良き商売相手という形でしょうか」
「だねー。ファンの場合、もうペルーラやアビーに弟子として認められているじゃない? だからもう、一端のドワーフの職人って扱いなんだよー。ふふふ、この場じゃ、大きなことは言えないけど、色々作ってるもんねー」
「へえ、料理だけじゃないのか。見かけによらず、大したもんだな」
「いや、あの……はい、ありがとうございます」
うーん。
ジェムニーさんが横から変なことを言うから、ファン君が少し困ってるぞ?
というか、すでに料理ができるドワーフってことで、周りの迷い人さんたちからは評判になってるんだよなあ。
その愛くるしい外見も含めて。
着物を着た可愛らしい女の子……うん、ここだと間違いなく女の子だよな。
そのファン君が健気に頑張っている姿に、すっかり魅せられてしまうというか。
……というか。
『けいじばん』でも注意を受けてたけど、バードマンさんとか何人かは、その筋の人じゃないだろうな?
何か、『紳士』がどうとか言ってたし。
まあ、途中でクラウドさんとかリクオウさんが止めに入ってたから、そこまで心配しなくてもいいのかも知れないけど。
万が一、本気で手を出そうとしたら、リディアさんの例の見えない攻撃が火を噴くだろうしな。
ともあれ。
ジェムニーさんはぼかしてたけど、ファン君がミスリルの加工もできることが知られたら、かなり大変なことになりそうではあるよな。
俺たちがミスリルを持ってるってことも含めて。
あれ、たぶん、この町だと、ペルーラさんたちと親しくなって、『採掘所』に行けるようになって初めて入手できる代物だろうし。
前にファン君が着ていた『踊り子の服』の耐炎機能を見た感じだと、かなり強力な武器とか防具類が作れそうだし。
そっちはファン君の能力にも直結するから、『けいじばん』とかでも触れられないんだよなあ。
この『催し』を機会に、ちょっとずつファン君やヨシノさんたちと接触してくる人も増えそうな雰囲気ではあるけどさ。
さて、と。
商業ギルドに所属するのが前提ということを踏まえて。
話の続きへと戻る。
「と言いましても、それほど難しいお話ではありませんよ」
そう、カガチさんが前置きしてクエストについて語ってくれたのは、以下のような内容だった。
商業ギルドにとって、必要な素材やアイテムの採取。
それを行なう際の『護衛』兼『採取人』を務めて欲しい、と。
『迷いの森』を経由地とするため、それなりに戦闘、目利き等の能力が必要。
ただし、その際にはついでとして、『森』の中での歩き方や諸注意、毒素材などに関する知識などを与える。
あくまでも、素材の採取が優先。
そのため、クエストには商業ギルドの職員がひとり必ず同行する。
目的地は、クエストを受けたタイミングによって変化する。
複数の冒険者が一緒に行動することもある。
素材の持ち逃げ禁止。
必要量以上の採取もできないので、取り過ぎには注意。
「なるほどにゃ。クエストだけど、『森』のことも教えてくれるのにゃ?」
「ええ。ただし、その分、報酬はお安くなりますがね。ですが、情報も立派に価値を持ちます。冒険者として、ひとり立ちに必要な経費とお考えください」
「おや? これ、大将について行った時のクエストに似てるな?」
「そうですよ。もう既に、生産職の方々の一部は『迷いの森』での素材採取に携わっておられるようですね。基本的には、そちらのクエストと大きくは変わりません。ただし、教える方によって、教わる内容に多少差があるというところでしょうか」
あ、なるほど。
もうトーマスさんたちはやっているクエストになるのか。
その辺は、商業ギルド所属だから、って部分もあるようだ。
うん。
やっぱり、その手の条件とかに関しては、ゲームっぽいところがある気がするな。
あるひとつのクエストをクリアすることで、次のクエストに進める、って。
『けいじばん』が秘密系のクエストに触れられない場所であることを考慮すると、俺たちの他の迷い人さんもわからないところで、けっこう先に進んでいる可能性もある、ってことだな。
「ええ。説明だけではあれですから、ひとまず、希望される方には基本となるクエストをお渡ししておきましょうか」
そう、カガチさんが口にしたかと思うと。
例のぽーんという音が頭に響いて。
『クエスト【商業系クエスト:『塩樹の里』までおつかい】が発生しました』
『こちらは護衛のクエストです』
『注意:開始される時期によって、内容が変更されることがあります』
『商業ギルドの職員が同行しますので、必ず始める前に『オレストの町』のギルドを訪れるようにしてください』
おっ!?
おつかいクエストか?
というか、『塩樹の里』ってのは地名か?
初めて聞いたけど。
他の迷い人さんも知らないようで。
「『塩樹の里』?」
「それって、どこにあるんだろうね?」
「少なくとも『けいじばん』では触れられていないはずだな」
『ああ、『塩樹の里』っすか』
「知ってるの? ベニマルくん?」
『もちろんっすよ。『ウェストリーフ』側の『迷いの森』の区画にある場所っす』
「ええ、その通りです。その名の通り、この町で使っている塩が採れる場所ですね」
「あっ、塩の採掘場所ですか」
へえ、それはちょっと驚きだな。
というか、その響きから察するに、塩がなる樹でもあるのか?
そういえば、この町の塩ってどうやって採っているのか、興味があったんだよな。
「はい。ここ数日で少しばかり塩の消費量が増えつつあるとの報告がありましたので、それで目的地に組み込ませて頂きました」
この調子ですと、町の塩の備蓄が不足してきますので、とカガチさん。
いや、そうだったのかよ!?
俺だけじゃなくて、この場にいる料理班の人たちもびっくりしてるし。
放っておくと、塩の価格が値上がりするのだとか。
うん。
そういうことなら、このクエストやるしかないよな。
『迷いの森』攻略の一助ともなるわけだし、俺たちも今積みあがっているクエストが終わり次第、そっちにも挑戦だ!
……まあ、優先事項は鳥モンさんたちの家造りだけどな。
今、やっている『催し』の目的を思い出しつつ。
次に向けた情報収集も続ける俺たちなのだった。




