第293話 農民、商業系クエストの話を聞く
「毒ですか……なるほど。そういうことでしたら、皆さん、商業ギルドのクエストを受けてみますか?」
「えっ!? 商業ギルドのクエスト、ですか?」
『催し』にやってきて、早々、目の前にあった毒料理の試食などをしていたかと思ったら、突然、カガチさんがそんな提案をしてきた。
「その商業ギルドのクエストとは、どういうものです?」
「毒と何か関係があるのかにゃ?」
「ええ。この場におられる皆さんのような、迷い人宛ての商業系クエストについては、ご存知ですよね? 『イザベラの護衛』クエストです」
もう既に、挑戦された方もいらっしゃると思いますが、とカガチさんが微笑む。
ああ、そういえば、俺はまだだけど『護衛』のクエストもあったよな。
他の町とかへの移動中、商人を護る、そのやり方を伝授してくれるクエストとか何とか。
時間があったら俺も挑戦しようとは思っていたのだ。
もっとも、今のところはやるべきことが色々あって、ちょっと後回しになってはいたけど。
周りの人たちに確認すると、どうやら放置しているのは俺だけではないようで、商業ギルド所属のヴェニスさんとか、他数人を除いては、後回しにしていた人も多かったらしい。
意外と初期のクエストとしては、達成者が少ないっぽいな。
「『護衛』のクエストと言っても、新米冒険者に任されるようなものだから、あくまでも模擬みたいなものだったがな」
ヴェニスさんがそう言いながら、苦笑する。
何でも、日帰りで行って帰れる場所にチェックポイントがあって、そこにいる商業ギルドの関係者と物品をやり取りして、また、この町まで戻って来ればいいそうだ。
「俺の場合は、『ヴィーネの泉』の側にある小屋まで行くってやつだったな。イザベラ婆さんがこの町の物資を小屋に納めて、その代わりに『湧水』を受け取りに行く。その行程の『護衛』ってわけさ」
「なるほど、そうだったんですか」
『護衛』クエストの細かい内容を初めて聞いたな。
というか、そのイザベラさんって、お婆さんだったのか。
そっちも、まだ出会ったことがなかったので初耳だよ。
と、俺がヴェニスさんの説明に感心していると。
「あれ? ヴェニスさん、イザベラさんってお婆さんだった? 僕がやったクエストだと、若い女の人だったけど……」
「ええっ!? 写る楽さんも違うの!? 私の時は男の人だったわよ?」
「へっ!?」
何だって?
ちょうど横で話を聞いていた、『絵師』の写る楽さんと、『魔女見習い』のメイアさんからも突っ込みが入ったぞ?
ふたりも、ヴェニスさん同様に、その『商業系』のクエストを受けたらしいけど、その時に同行した『イザベラさん』がそれぞれ別の人だったのだとか。
ええと……。
それって、どういうことだ?
「にゃにゃ? そういえば、『けいじばん』でもクエスト達成報告はされてたけど、イザベラさんに関する情報は出てきてなかったのにゃあ。にゃあはてっきり、秘密系だからだと思ってたんだけど、別の理由があるのかにゃ?」
「そういえば、『けいじばん』で見かけてないな」
「そもそも、別々に受けるクエストなのか?」
「これって……チュートリアルの時と同じような感じなの?」
もしかして、同時並行で起きるタイプのクエストってことか?
チュートリアルの時も、最初は他の迷い人とは遭遇できなかったし、そういうことも可能ではあるか?
「あー、違うよー。『チュートリアル』の処理は特殊なだけで、あれの他に同じようなクエストはないからねー。イザベラのは別だよー」
「……別なの?」
「うん、そうだよー」
何だか、サラッとジェムニーさんがすごいことを言っているような。
カガチさんもここまでの話を聞いて苦笑いという感じだし。
「ええ、まあ、単に『イザベラ』というのは個人名ではないというだけですよ。別に秘密とかそういうものではありません。『イザベラ一家』、ですね。かつて、ゲルドニアで一旗あげた商家です。詳しくはお教えできませんが、諸事情がありまして、この町へと移り住んでくださったのを機に、商業ギルドでも要職に就いて頂けるようお願いした次第です」
何でも、カガチさんによると、その『イザベラ一家』というのは、商人の間ではちょっとした有名な商隊だったのだとか。
今でこそ、商隊を解散して、バラバラになってしまったけど、少し時代を遡れば、この大陸でもかなりの範囲の流通を担っていた大商隊だったそうだ。
「もしかして、この町の商業ギルドのマスターって……」
「ええ。お察しの通りですよ。先程、ヴェニスさんが話にあげた、お婆さんのイザベラさんが私の上司にあたります。ちょうど人手不足で困っていた時期でしたからね。引き受けて頂いて、本当に助かりましたよ」
そう言って、にっこりと口元に笑みを浮かべるカガチさん。
いや、その笑顔も少し怖いけどさ。
ただ、そのイザベラ婆さんたちが町にやってくるまでは、カガチさんが商業ギルドを仕切っていたってわけか。
何となく、副長で実務のトップってのが納得いく話ではあるな。
「ねえねえ、カガチさん。そのゲルドニアって、地名? それとも国?」
「国名でもあり地名でもありますよ、写る楽さん。この町からですと、ずっと西に向かうとたどり着けますね。通称『竜の国』。空に浮かぶ『竜の郷』の真下にあるのが、そのゲルドニアと呼ばれる国です」
「えっ!? 竜!?」
「空に浮かぶ島があるの!?」
「にゃにゃ! ドラゴンさんに会ってみたいのにゃ!」
おおっ! それはかなり良い情報だなっ!
やっぱり、ファンタジーと言えば、ドラゴンだよなあ。
というか、だ。
そのこと自体もテンションがあがるけど、竜と言えば、思い浮かぶのはエヌさんの存在だよな。
確か、『原初の竜』とか『はじまりの竜』とか呼ばれていたわけだし。
ってことは、そのゲルドニアって国にエヌさんがいる可能性が高いんじゃないか?
俺たちが興奮気味に盛り上がっていると、カガチさんとジェムニーさんのふたりが苦笑しつつ、まあまあ、という感じで静止をかけてきた。
「ですが、たどり着くのは容易ではありませんよ。いざ西へと向かおうとしましても、北側は毒の沼地が広がっている荒野ですし、南側は『死の砂漠』を越えなければいけません。どちらも容易いルートではありませんよ」
「うん、そんな感じだねー。おまけに空路を使おうにも、今って、かなりゲルドニア周辺の空の状況が芳しくないから、飛んで行っても墜落させられるのがオチだしねー」
まあ、あんまり近づかない方がいい場所だよー、とジェムニーさん。
「陸路は難しいんですか?」
「その場合は、デザートデザートを経由する必要があるね。だから、もし目指すのであれば、先にそっちを目指す必要があるかな? もっとも、デザートデザートに入れたとしても、そことゲルドニアとの国境が封鎖されてるから、そこから先に進むのは厳しいかなー?」
「「えーっ!?」」
「ふふ、まあ、『竜の郷』が浮かんでるのが見たいだけなら、デザートデザートか、北の『帝国』の西側エリアから遠めだけど見えると思うよ? 今のところはそれで我慢するしかないんじゃない?」
うーむ。
どうやら、すぐに到達できそうな感じじゃないよな。
実際、竜ってだけで難易度が高そうだし。
というわけで、話を元に戻そう。
えーと。
商業ギルドのマスターが、そのイザベラさんなのはいいとして、そもそもの話の発端はカガチさんのクエスト提案だったはずだ。
「カガチさんが仰ったクエストはどういうものですか?」
「ですから、その『護衛』クエストの応用編ですよ。今までのものは、無難な場所に向けてのものでしかありませんでしたが、今日の『催し』のおかげで、皆さんもいくつかの条件をクリアできましたから。商業ギルドとしましても、新しいクエストを依頼することが可能になりました」
「えっ? 条件?」
「はい。町長の認知、及び、『迷いの森』の一部解放、ですね」
あー、なるほど。
その辺の要素が、資格ありの条件になっていたってわけか。
ちなみに、俺やルーガが前にカガチさんと会った時に、クエストが解放されなかった理由は、『商業系』クエストを達成していなかったから、のようだ。
やっぱり、次のクエストに進むためには、色々やらないといけないってことだろう。
「では、クエストに関する詳しいお話をさせて頂きますね」
そんなこんなで、カガチさんによるクエストの話は続く。




