第292話 農民、改めて試食会に臨む
「とりあえず、お魚のお料理はもう少し色々と試した方が良さそうですね」
「まあ、そうなるとは思ったがな。ユミナたちなら、新しい調理法でも知っているかと思って、俺もあえて何も言わずに様子を見てたんだが」
そう言って、ユミナさんの言葉に苦笑するのは『大地の恵み亭』の店主でもある、ドランさんだ。
『砂の国』デザートデザートの出身で、俺と同じく『土の民』という種族でもあるドランさんでも、この町の周囲で獲れるお魚モンスターを美味しく食べる方法については知らなかったようだ。
ただ、ドランさんも、ここ数日でユミナさんの料理に対する情熱やら技術やらについては、きちんと認めているらしく、『とりあえず、やってみな』って感じで魚の調理については任せたのだそうだ。
もちろん、毒に関しては少し心配だったけど、他ならぬリディアさんが味見もするから、まあ、それで大丈夫だろ、ぐらいに思っていたのだとか。
……うぅ。
何となく、すみません。
『セージュも無事で良かったな』とか心配そうに言われた時は、何も言えなかったですよ、はい。
「でも、こっちは美味しい」
「いや、リディア。それも毒が残ってるだろ?」
「ん、微毒」
今、リディアさんが試食……いや、毒見をしているのは、俺が食って倒れたのとは別の魚料理だな。
『ガルーン』っていう巨大イワナっぽい魚を塩焼きにしたものと、その身を使って、つみれだんごっぽくして焼いたもの。
それについては、まだ『レランジュの実』の『果汁系』アイテムをかけていなかったので、微毒のままで収まっているらしい。
味そのものは、割と美味しい、って。
ただ、さっきの俺の状態を見て、他のみんなが試食に関して、少し怯えが混じってしまったというか。
「そうね。川魚にしては身がぷりっとしてるわね。それに、『メイン草』って言ったっけ? その香草を使ったお塩がちょうどいい感じの風味になってるわ。ちょっと、ピリッとした感じも癖になるし」
で、例外は不眠猫さんだな。
いや、『耐毒』を持っているとは言え、気にせずに嬉々として食べるのは、ある意味すごいとは思うぞ?
まあ、こっちについては、改めてリディアさんがお墨付きを出してるけど。
一応、毒があるという点を除けば、味については悪くないそうだ。
というか、ファン君たちが作ったフレーバーソルト。
一見すると、抹茶塩っぽい薄緑色をした『メイン草塩』。
それが、この『ガルーン』の味を引き立ててくれているのだとか。
いや、そこまではいいんだが。
「でも、不眠猫さん、ピリッとした感じって、それ微毒の味ですよね?」
「うーん、私には細かいことはわからないけど、ちょっと山椒っぽい感じ? ほら、四川風の麻婆豆腐を食べた時に感じるような、ね。それが微毒の風味だとしたら、それはそれで料理に使えると思うわよ?」
「なるほど……山椒ですか。それでしたら……毒性が出ないようにして、この『ガルーン』の身を使って……いえ、いっそのこと、これを調味料にできれば……」
「あの、ユミナさん?」
「……あ、すみません。つい、考え事をしてしまいました」
香辛料があれば、味の幅が広がりますから、と頭を下げるユミナさん。
やっぱり、料理のことについては、真剣そのものだな。
うん。
そういうユミナさんの姿勢には見習わないといけないよな。
毒であっても、使えるものは使う、って姿勢は俺のモットーとも近いし。
「ちょっと、セージュ!? 何、味見しようとしてるの!?」
「そうよ、マスター! 今、倒れたばっかりなのに!」
「え……? まあ、そうだけどさ。これに関しては、リディアさんが大丈夫だって言ってるんだから、問題ないだろ?」
俺がその『ガルーン』の料理へと手を伸ばそうとしたら、ルーガとビーナスが慌てて、止めに入ってしまった。
いや、ルーガたちが止めるのももっともなんだが。
でもさ、ふたりとも、この空気を見てみろよ?
折角の試食会なのに、リディアさんと不眠猫さん以外はみんな恐る恐るって感じになっちゃったじゃないか。
もちろん、ユミナさんとかファン君とか、料理を作る組は何とか、毒と向き合って挑戦しようって雰囲気になってるけど、やっぱり、毒に対するリスクとかを料理人の人たちだけに押し付けるのって、あんまり良くないだろ?
となると、俺が躊躇してちゃ始まらないだろ?
そう、ふたりを含めて、周りに説明したんだが。
「セージュさん、すごいですね……」
「にゃにゃ。最初は毒だって聞いて嫌がってたのににゃあ」
「……普通の感覚とは大分違うなあ」
「いや、セージュ君、倒れた直後でしょ!?」
「でも、俺が食べれば、みんなも食べるでしょ? それに同じこと言いますけど、リディアさんが大丈夫って言ってるわけですし」
「ん、さっきのとは全然違う。少量なら問題ない」
「まあ、そうだけど……そうだけど! やっぱり、おかしいでしょ!」
「うん、良かった。セージュがおかしい、ってのはわたしだけじゃなくて、みんなもそう思うんだね」
「はぁ……まあ、マスターだし、しょうがないわよね」
いや、皆さん、さすがに言ってることがおかしいぐらいは俺も自覚してますよ?
ただ、この場合はその方がいいだろ? って話だからなあ。
この程度で躊躇してたら、親父殿とかのスパルタにはついて行けなかったっての。
何せ、半泣きになってる小学生に、最後まで鹿とかさばかせるような親だぞ?
覚悟完了したら、まあ、その辺は意外と何とかなるもんだよ、うん。
というか、ルーガやビーナスがため息をついてるのには、おい、と思うんだが。
ふたりとも、俺から見ても、大分変わってるからな。
ともあれ。
倒れた張本人が試食するって言い出したのには、それなりに効果があったらしく、ちょっとではあるけど、周囲の怯えのようなものがとれた気がする。
「まあ……こっちの世界だと毒もひとつの要素なのよね?」
「それは、ジェムニーさんも言ってましたね」
「うん、そうだよー。と言っても、『解毒調理』ができるのなんて、ごく一部の種族とかだけだけどねー。普通は、無難に手に入る食材に頼っていることが多いかな。逆に言えば、だから、料理の味が淡泊になっちゃうんだよねー」
「おいしいごはんのレパートリーを増やすためには、毒との戦いから逃げちゃいけないってことだな?」
「ん、頑張って」
『まあ、緩めの毒ぐらいなら、僕でも食べられるっすよ?』
「あっ? ベニマル君も『耐毒』スキルを持ってるんだ?」
「……となると、町の人たちにも積極的に、試食してもらった方がいいのかしら?」
えーと。
盛り上がってまいりました。
とりあえず、町の人も巻き込む形で、話が進んでいきそうだなあ。
巻き添えを増やしたい心理というか。
うん。
少なくとも、火種は作ったから、俺の役目はここまでだな。
そんなことを考えながら、引き続き、目の前の料理へと手を伸ばす。
うん、うん。
さっきは味わっている途中で倒れてしまったけど、確かに、こっちの『ガルーン』でも川魚っぽい風味は残ってるよな。
ただ、向こうのイワナに比べると身にも脂が乗っていて、悪くない味だ。
それに、不眠猫さんが言ってたように、確かに舌がピリッとくるような刺激もある。
まあ、アクセントとしては悪くないか?
俺としては、唐辛子とかの辛さの方が好きだから、山椒っぽい舌がしびれるような感覚はそれほどじゃないんだが、これを喜ぶ人も確かにいそうだ。
というか。
さっきまで俺のことを怒ったり呆れてたりしてたルーガやビーナスも、俺に続いて、普通に料理に手を伸ばしてるし。
いや、この『ガルーン』、見た目はイワナだけど、身がでかいから、結構な分量があるんだよな。
たくさん試食できるって意味では、良い感じの食材だ。
てか、つみれだんごを焼いたやつ、美味い。
これも、例のでんぷん粉が使われているのかな?
弾力性がぷりんとしてもちもちだ。
「あ、うん、美味しい」
「なんだ、このぐらいの毒なら大したことないわね。もしかして、マスターって、かなり毒に弱いんじゃない?」
普通に喜んでいるルーガと、毒料理を食べながら毒を吐いてるビーナス。
まあ、普通に試食できるみたいだから、いいけど。
――――と。
「きゅい――――!」
「ぽよぽよっ!」
なっちゃんやみかんも興味津々なので、少し取り分けてあげる。
「あ、セージュ。なっちゃんへはちょっと少ない方がいい」
「そうなんですか?」
「ん、身体が小さいから」
なるほど。
リディアさんの助言に従って、なっちゃんやみかんには少し小さめに切って、食べさせてみる。
「きゅい――――♪」
「ぽよっ♪」
「そっか、おいしいか……って、うん?」
あれ?
今、一瞬、みかんの身体が光らなかったか?
「ぽよっ?」
「……気のせいか?」
試しにもう一口食べさせてみたけど、今度は何も起こらないし。
そのことに俺が首を傾げていると。
「おーい、セージュ、来たぞー」
「ちょっと遅くなってしまいましたがね」
「聞いたよ、セージュ君。何だか大変だったみたいだね」
あ、ヴェニスさんやカガチさんたち商業ギルドの人たちだ。
それに、クラウドさんも。
どうやら、今やっていたお仕事やらクエストやらを片付けて、この『催し』に駆けつけてくれたようだな。
そんなこんなで。
改めて、試食会は続いていくのだった。




