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農民さんがVRMMOを楽しむらしいですよ  作者: 笹桔梗
第8章 家を建てよう編
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第291話 農民、意識を取り戻す

「――――――っ!?」


 へっ!?

 いや、何だ!? 今、俺は何をしている!?


 真っ白だったはずの視界が消えて、ようやく、元の風景が戻って来た。

 ――――かと思ったんだが。


 俺の目の前に見えていたのは、わけのわからない光景だった。


「……ん」


 口の中に何かを突っ込まれている感触。

 いや、それよりも何よりも、だ。

 え!? リディアさん……!?

 さっきまで、白いと思っていたものって、リディアさんの髪の毛か!?


 はっ!?


 視界が戻ったことで、より一層、頭の中がパニックになる。

 え!? 何で!?

 目の前……というレベルじゃないぞ?

 本当に至近距離に見えるのは、リディアさんの淡い紅眼(レッドアイ)だ。

 どこかぽわんとした、何を考えているのかよくわからない不思議な目。

 というか、ほんとに近すぎる。


 落ち着け、落ち着け。

 今、どうなってる?

 そう思って、周囲を見ようとして、正面にある眼と目が合った。

 数回の瞬きの後。

 くちゅり、という音と共に、リディアさんの顔が遠ざかる。


「ん、良かった。もう大丈夫」


 その言葉が耳朶を打って。

 ようやく、自分の口に入れられていたものの正体に気付く。


 どこか安堵の表情でゆっくりと離れて行くリディアさんの顔。

 その整いすぎた無表情の中で、かすかに表情が見て取れることに気付いて。

 思わず、自分が赤面していることを自覚する。



【◆◆アイテム:◆◆】リディアの◆◆(エキス)

 謎アイテム。再現不可能。リディアの◆◆◆(分泌液)の一種?

 全効能不明。解毒作用あり? 

 これ以上の鑑定不可能。再表示不可。影響を最小限にとどめる――――。

 


 例のぽーんという音。

 そして、一瞬のステータス表示の直後にぷつんという音と共に表記が消える。


 ――――今の、って。


「良かったー! セージュ!」


 次の瞬間に抱き付いて来たのは、ルーガだ。

 そして、間髪入れず、頭にごつんとつるでできた拳骨が落とされた。


「心配させるんじゃないわよ、マスター!」

「ルーガ……ビーナス……」

「セージュさん、意識は大丈夫ですか?」

「ファン君も……えーと……今、何が起きたんだ?」


 ようやく。

 本当に、ようやく。

 周囲へと目をやる余裕が生まれて、辺りを見渡すと、地面に座り込んでいる状態の俺の周りに大勢の人達の目が向けられていたことに気付く。

 心配そうにしている人。

 どこか興奮して、にやにやした笑みを浮かべている人。

 ただ、俺が意識を取り戻したことで、ほっと安堵の表情を浮かべている人が多いようだ。


 ――――と。

 真剣な表情のまま、ファン君とリディアさんが俺の問いに答えてくれた。


「ええと、ですね……そちらの『ピアドフィッシュの塩焼き』をセージュさんが口にされた直後に倒れたのは覚えてますか? たぶん、毒の影響だと思うんですけど」

「ん、毒性が『猛毒』になってる。かけたの、何の汁?」

「えーと……うん、倒れたのは何となく覚えてるよ。そして、かけたものは『レランジュの実』と『ミュゲの実』を使った果汁ですけど……」


 えっ!?

 毒性が『猛毒』!?

 どうやら、それについては、リディアさんも予想外だったようだ。

 ファン君たちによると、俺が一口食べて、倒れたの同時に、リディアさんが動いてくれたのだそうだ。

 俺が食べた塩焼きを一口。

 そして、それが『猛毒』化したのに気付いて、即座に横たわっている俺を抱え起こすと、そのまま、周りのみんなが混乱している目の前で――――唇を奪った、と。


『はい、詳しい人をお連れしたっすよ』

「まったく……そういえば、セージュたちがそういうことをしでかすかも、ってのは考慮してなかったねえ」


 いつの間にか、ベニマルくんがサティ婆さんを連れて来ていた。

 どうやら、俺が倒れた直後に探しに行ってくれたらしいな。

 やれやれ、という感じでどこか呆れながらも安堵の表情を浮かべるサティ婆さんだ。


「うん、どうやら、無事のようだね。毒消しを口移しで飲ませたのかい?」

「ん、似たようなもの」


 あ、なるほど。

 サティ婆さんがリディアさんの言葉に納得しているのを見て、気付く。

 今の、リディアさんのディープな感じのって、毒消しを飲ませるための行為だったのか。

 本っ気で、意識が戻った瞬間、何事かと思ったぞ?


 ……というか、俺、こういう経験で舌入れられたの初めてなんだけど。

 リディアさんを見ても、別段、いつもの無表情という感じなのが救いだけど、見た目がもの凄く美人さんなだけに、かなり恥ずかしい。


「あ……ありがとうございます、リディアさん」

「ん、こっちも油断してた」


 だから、気にしなくていい、とリディアさんが頷く。

 てか、周りの一部。

 ヴェルフェンさんとか、不眠猫さんたち、こっちをにやにやしながら見るのはやめい。

 どういう風に反応していいか、わからんだろうが。


「ああ、そういえば、『毒消し薬』の効能に、意識に関する記載もありましたね」


 納得したように、そうハヤベルさんが頷く。

 ああ、そうだったな。

 確か、『使うのに工夫が必要』とか何とか。

 俺としては、てっきり、水にでも溶かして飲ませたりするのかと思ってたんだけど、そういう時の工夫って、口移しとかそっちも、ってことか。


「すごいねえ、リディアさん、一切躊躇しなかったよね?」

「一刻を争う。こういう時はすぐ動く」

「ふふ、この手のことに慣れてるのはさすがだねえ。まあ、元がこの辺りで獲れる『ピアドフィッシュ』だから、もうちょっとは猶予があるだろうけどね。ふふ、助かったよ。これ、あたしのうっかりも原因のひとつみたいだしねえ」


 そう言いながら、リディアさんへと感謝の意を伝えるサティ婆さん。

 俺やハヤベルさんが毒料理関わること、そして、『レランジュの実』の果汁をその際に使うこと、それらについてはほとんど考慮していなかったそうだ。

 それについては、サティ婆さんからも素直に詫びられた。

 ただ、同時に苦言も呈されたけどな。


「仮にも薬系のアイテムを合わせる時は、もっと注意しないといけないってことさね。まあ、普通はここまで効能が強まることは少ないけどね。『効能強化』の素材と毒が残っている素材は相性が悪いから、気を付けないといけないよ」

「にゃにゃ? お婆ちゃん、今回ので良くなかったのって、何なのかにゃ?」

「『レランジュの実』だよ、ヴェルフェン。『小精霊』作用によって、組み合わせた素材の効能を引き上げる……そういう効果があるのさ。と言っても、普通の『レランジュの実』だったら、ここまで劇的な効果はないけどね」

「普通じゃない実もあるの?」

「ふふ、ここから先は教えられないねえ。まあ、今後、この町でセージュたちが流通させようとしているのは、普通の実だからね。そっちについてはそこまで危険視しなくても大丈夫だよ」


 まあ、食べ合わせの問題については意識してもいいかもね、とサティ婆さんから、その場にいるみんなへと注意喚起がなされる。

 それぞれが無害でも、料理などで組み合わせると突然『猛毒』化する可能性はゼロではないのだとか。


「だからこそ、毒素材を扱う料理人は『目』を鍛えないといけないのさ。努力次第では、食べなくても、危険かどうかの判別はできるようになるって話だねえ」

「あー、やっぱり、重要か。『料理系』の『鑑定眼』」


 サティ婆さんの言葉に、トーマスさんなどが頷いて。

 そこから、『鑑定眼(料理)』に関する話が生まれて行く。

 あちこちで、料理談義がなされているのが耳に届くな。


 俺の目の前でも、ファン君がぶるっと震えたようにして。


「……料理って怖かったんですね」

「ん、だから先に味見してた」

「ああ、ファン君の料理を作った側から食べてたのって、そういう意味もあったんですか」


 てっきり、つまみ食いしたいだけかと思ってました、とリディアさんの言葉に感心するヨシノさん。

 ファン君が味見しようとする前に、ひょいと食べていたそうだ。

 それも、毒見としての意味もあったらしい。


「もちろん、つまみ食いもしたい」


 うん。

 ある意味、自分の食欲には正直なリディアさんだ。


 それにしても、『レランジュの実』って怖い食材だったんだな?

 サティ婆さんの話だと、プラスの効能もマイナスの効能もどちらも高めてしまう素材なのだそうだ。

 だからこそ、『調合』の観点からすると、かなり使い勝手のいい素材でもあるわけで。

 反面、今みたいな感じで副作用にも注意が必要、と。


 どうやら、俺の使ったのが『ビーナス畑』で採れた『実』だったおかげで、普通よりも相乗効果がひどくなってしまったようだ。

 多量に摂取すると、副作用がひどいってのはフローラさんからも注意されたけど、食べ合わせでも注意が必要ってことらしい。


「そうだねえ、この町で広める以上は、ラルさんにも伝えておこうかね」


 頷きながら、そんなことを言うサティ婆さん。

 そもそも、『精霊の森』の外部で『レランジュの樹』を育てること自体が普通じゃないことらしく、サティ婆さんも対応が必要だと思い直したらしい。

 レア素材じゃなくなったら、この手のことが頻繁に起きるかも、だしな。


 まあ、そんなこんなで。

 何とか、『死に戻り』せずに済んだ俺なのだった。

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