閑話:弓兵と編集者、暗躍する
「やれやれ……まあ、こういう雰囲気は嫌いじゃないがな」
そうつぶやきながら、『オレストの町』から外へと出る人影がひとつ。
迷彩柄の戦闘服に身を包んだ中肉中背の男。
この『PUO』の世界では、ビリーという名を名乗る『弓兵』の迷い人だ。
町の中が、今行われている『催し』によって盛り上がっているちょうどその時。
まさにこのタイミングを狙って、彼が町を離れるのには訳があった。
それは――――。
「ビリーさん、お待たせしました」
「いや、こっちも今来たところだ。少しばかり、祭りの方にも顔を出しておきたかったんでな、悪いな」
「いえ、こちらこそ。わざわざお呼び立てして申し訳ありません」
町から少しばかり、西へと外れた場所。
巡礼路からも逸れた、獣道しか存在していないような山中で、ビリーが来るのを待ち構えていたのは、盗賊職のような、あるいは忍び装束のような服を着たひとりの男だった。
「クラウド、それで要件は何だ?」
目の前の男に対して、ビリーは問う。
『盗賊』のクラウド。
向こうでの職業は、ゲーム雑誌の編集者であることはビリーも知っていた。
『VR通信』と言えば、多少はゲームをかじったことがある者の間では知らぬ者がないほど有名な雑誌であったし、そこの編集者の多くは雑誌上で顔出しを普通に行なっていたため、この手のVRゲームでもあえて、自分の素顔を晒す傾向にあった。
少なくとも、クラウドの場合、他のゲームで使っている顔と同じであることは、ビリーも確認していた。
だからこそ、疑問に思う。
このタイミングで、自分にコンタクトを取って来た理由は何だ? と。
「実は、私の方で、少しばかり難儀なクエストを見つけてしまいましてね。もしよろしければ、ご一緒に攻略を目指しませんか、というお誘いだったんですよ」
「難儀なクエスト?」
少しばかり、想像していた答えと異なる内容をぶつけられ、一瞬戸惑うビリー。
だが、そんな己の考えが取り越し苦労であったことに気付いて。
ふむ、と考え込むように頷きを返す。
どうやら、あくまでもゲーム攻略の話のようだな、と思考を修正する。
そもそも、それが本来のテスターとしての在り方だろう、と。
「はい。ビリーさんは今、差し迫ったクエストについては?」
「そうだな……強いていえば、宿屋を建てる『土木系』のクエストだな。だが、それについては、もう少し『温泉部隊』の中で相談が必要なようだ。方針を決めるだけでも大分時間を要するだろうな」
ビリーにしてみれば、宿に風呂があれば、そこまで内容にこだわるつもりはなかったのだが、他の『温泉部隊』のメンバーの熱意たるや、少しばかりついて行けないほどのものがあったのだ。
しなびた温泉旅館風がいいという意見もあれば、スパに力を入れてほしいという意見もある。
何とか地主を説得して温泉を掘れないか、という案もあったりする。
そもそも、ゲーム内でそこまで風呂にこだわる理由がわからない。
だが、まあ、この世は声が大きな意見に左右されるものだと、ビリーも考えていたので、この論争が落ち着くまでは、慌てずに待つことにしたのだ。
確かに、それを考えれば、今の自分は暇であると言えなくもない。
だからこそ、クラウドの提案にも興味を持った。
ヤマゾエと共に『遠征班の護衛』のクエストを行なえなかったのには、自分の都合があったのだが、今はそちらの問題については落ち着いている。
取り立てて、断る理由もなかった。
「それで? そのクエストとはどういうものだ? 確か、クラウドは町長に言われて、『遠征班』とのメッセンジャーのようなことをしていたのではなかったか?」
「はい。そのついでですね。『伝達』のクエストを繰り返している途中で、めずらしい人と遭遇しまして……アリエッタさんです」
「アリエッタ?」
ビリーの口から感嘆の声が発せられた。
少しばかり、予想外の名前だ、と。
「確か、魔法屋のエルフ、だったな?」
「ええ。捜索に関するクエストも発生していますね」
「だったら、クラウドの方から、町長へそれについて報告した方が良くないか? いや、そもそも、もう既に報告済みか?」
「いえ、残念ながら、まだです。今、そちらの事情もありまして、わざわざ、このタイミングで来て頂いたわけです」
「何だと?」
思わず、眉根を寄せるビリーに対して、そちらも苦笑を浮かべるクラウド。
町長に報告できない理由がある。
そう、ふたりの間で認識が共有されて。
その後でクラウドから聞かされたクエストの内容に、思わずビリーが唸る。
「……なるほどな。確かにそれは厄介だな」
「そうですね。どうやら、お祭りに行っていた皆さんが受けたものとは相反するクエストのようです」
ラルフリーダさんに知られると失敗扱いになるようですから、とクラウドが肩をすくめる。
つまり、これはアリエッタ側としての『秘密系』のクエストである、と。
「ああ。だが、両方のクエストに関与することもできるようだな」
「アリエッタさんのクエストが出ましたか?」
クラウドの問いにビリーも頷く。
「どちらのクエストも消えていないな。同時に進行させることも可能なようだな」
「ふぅ……それは良かったです。失敗覚悟の賭けでしたからね」
「しかし、なぜ、わざわざ俺に? この内容なら、他のテスターでも……そうだな、テツロウなどに話しても良かったのではないか? 確か、親しい間柄なのだろう?」
「ビリーさんは、俯瞰視点を持たれた方ですからね。少なくとも、私が出会った中では、最も、このゲームを冷静にプレイされている方だと。それで判断しました」
「冷静か……? 自分では割とはっちゃけているつもりだったんだがな」
「今の状態で、そう思っておられるのであれば、十分冷静ですよ」
「そういうものか」
クラウドの言葉に、ふむ、と頷きながら。
ビリーは内心で少しだけ反省する。
ゲームに熱中している素振りをもう少し強めた方が良さそうだ、と。
クラウドもそうだが、察することができる者にとっては、察せられてしまうようだ。
それは気を付けないといけないと思い直す。
不自然さが出るのは二流の証なのだが、仕方ない。
さすがにゲームなど、これまでの人生であまり楽しんだ経験がないからな。
どうしても、齟齬が生じてしまうのはやむを得ない。
まあいい、とビリーは再度思い直して。
「それでどうする? 今日、このまま動くのか?」
「動くとしたら、夜からでも構いませんか? 私もクエストを『けいじばん』で頂いた以上は『お祭り』に参加しないとまずいですから」
これから向かいます、というクラウドの言葉にビリーは了承の意を示す。
「わかった。俺の方でも準備が必要だからな」
「助かります。では、よろしくお願いします」
そのまま、再び会うための時間と場所を相談したのち。
ふたりは何事もなかったかのようにその場から離れた。
「さて……と」
ビリーと別れた後で、『オレストの町』へと向かっていたクラウドは先程の邂逅を思い出して、ふぅ、と息を吐いた。
「やれやれ、編集長ってば、どこでこういう情報を拾ってくるんだか」
少し前に受け取った情報を思い出して。
そこからは内心で独り言ちる。
――――『横浜』の『施設』は存在しない、か。
ならば、ビリーなどを始めとする、自称『横浜』組はどこからログインをしているのか?
今までの他のテスターとの接触や情報交換を通じて、クラウドの手元には『誰がどこの『施設』からログインしているか』の情報が集まっていた。
札幌、仙台、金沢、東京、横浜、名古屋、大阪、京都、広島、博多。
分布から考えるとおそらく、四国にもあるとは思うが、まだそこからやってきている迷い人とは遭遇したことがないので、推測になる。
それに、正確な場所こそ不明だが、一部の者たちに関しては、個別の場所からログインしているケースもあるようだ。
だから、必ずしも『横浜』組が怪しいとも限らない。
それはクラウド自身も冷静に考えている。
だが。
あの編集長が、あえて、わざわざ、あそこまで手の込んだ方法で、情報を紛れ込ませたということは、『何かある』ということで間違いないだろう。
確かに、ビリーの行動については、迷い人としては少しおかしいと感じる部分があったのも事実だ。
せっかく発見したであろう、レアクエストを放棄して、普通のクエストのみを無難にこなしているという点については、それを知った時、クラウドも少し驚いたものだ。
ゲーマー、ゲーム好きの観点からすればあり得ない話だ。
もっとも、多数の『PUO』のテスターがそうであるように、そもそもゲーム自体にそれほど関心を持っていなかった者も多いので、それ自体はおかしい行動とも限らないのだが。
だが、ビリーの場合、ゲームが好きであるとも公言していた。
だからこそ、おかしい、とクラウドは感じていた。
少し前に行なうことができた、開発者とのインタビューでも、この先へと踏み込むことの危険性については触れられていた。
正直、単なる一編集者としては、その手の話はちょっと荷が重いのだが。
だが。
編集長がこういう情報を伝えてきた以上は。
「……やるしかないよなあ」
いつもの編集長が浮かべるにやにや笑顔を思い出して、苦笑しつつ。
クラウドはそのまま、お祭り会場へと向かうのだった。




