第287話 農民、調味料の話を聞く
「苦心したのは調味料ですね」
「ユミナさんともお話ししましたが、どうしても主だった調味料が塩のみというのは厳しいんです」
新メニュー作りの苦労を、ユミナさんとファン君が語る。
この『オレストの町』で流通している調味料は、塩のみ。
やはり、この『塩縛り』は本当に料理人泣かせのようだ。
そりゃあそうだよなあ。
素人の俺にしたところで、いざ料理をしてくださいって段になって、味付けが塩しかありませんってなったら、かなり料理の幅が制限されるだろうし。
その塩にしたところで、それなりの貴重品なので、塩釜とかそっちの使い方をすると採算が取れないみたいだし。
「あ、セージュさん、塩釜はやりましたよ? リディアさんが持っていた大量の塩のおかげですけど」
「ん、あれはびっくりした。塩だけなのに美味しい」
ファン君の場合、リディアさんが持っていた大量の塩とハチミツと原料不明の油については、何とか使うことができたのだそうだ。
それで、テスター初日にありあわせの材料でファン君が作ったのが、その『ぷちラビット肉の塩釜焼き』だったのだそうだ。
塩のみで包むと味がしょっぱくなり過ぎるので、毒のない、香りのある草の大きな葉でくるんで、それをたき火の下に埋めて、というやり方なのだとか。
いや、すごいな。
というか、ファン君、本当に小学生だよな?
俺がそのぐらいの年の頃は、調理実習で玉子焼きがきれいに焼けただけでも褒められるレベルだったぞ?
そもそも、塩釜なんて、テレビで見たぐらいで、俺自身はほとんど食べたことがないっての。
逆に、ベーコンとかの燻製の作り方とかは知ってるけど。
もっとも、うちの実家は豚は飼ってなかったから、親戚の家で手伝わされたってだけだけどな。
あと、もう一点。
「原料不明の油って何?」
「あ、はい。『アノイントの油』ってアイテムですね。ヨシノ姉さんに『鑑定』してもらいましたが、原料が『アノイントの実』ということしかわかりませんでした……おそらく、質としては、オリーブオイルに近いので、植物性の油だとは思いますけど」
「えっ!? そんなのがあるの!?」
「ん、そのまま飲める油。一応、薬とかの材料のひとつ」
だから、ちょっと高い、とリディアさん。
……って、飲める油か。
ちょっと前だったら、『へえ、こっちにもオリーブオイルみたいなものがあるんだな』ぐらいに感じただろうけど、昨日今日の俺たちだとまったく別のことに気付ける。
その『アノイントの油』って、『薬油』の原料のひとつってことだよな?
横で、ハヤベルさんも真剣な表情になったし。
『薬油』の説明文に『飲用の油』って表現が出てくるってことは、もし、この『アノイントの油』を入手できれば、今ある『薬油』の改良が可能になるってことだ。
「リディアさん、その油ってどこで手に入るんですか?」
「この大陸なら南の方。『虹彩国』とか『エルフの町』。でも、こっちで手に入れたものじゃないから、確信は持てない」
「この町からは遠いですか?」
「ん、遠い。南東の端と南西の端」
この大陸の、ってことらしい。
確か、『虹彩国』ってのは例の仙人さまの国、ってやつだよな?
そもそも、サティ婆さんの話だと『薬油』の出処自体がその国らしいから、まあ、理屈としては当然のことだよな。
そして、『エルフの町』か。
仙人さまの国がこの大陸の南東で、『エルフの町』が南西に位置するそうだ。
「ちなみに、この町は大陸のどの辺なんですか?」
「うーん……中央寄りの北西部?」
よくわからない、と首を傾げるリディアさん。
と、横から助け舟を出すような感じで、ジェムニーさんがやってきて。
「『オレストの町』は中央大陸の北側だよ、セージュ」
「あ、ジェムニーさん」
「ふふ、リディアさんって、細かく説明するのが苦手だから、その辺はわたしが代わるよー。知ってる人がいる以上は、この点については制限が小さいからねー」
お、それは助かるな。
何にせよ、ナビであるジェムニーさんの情報なら信憑性が高いし。
「でもねー、この町からだとどっちも目指すのが大変だよ? どっちかと言えば、『エルフの町』の方が近いけど、ここからだと『霊峰七山』を越えるか、難攻不落の海路を使う必要があるし、『虹彩国』の方は近づくこと自体が難しいし」
「えーと……やっぱり難しいんですね?」
「うん。どっちも交流断絶してるから、まず入るために大きなハードルがあるしねー」
もっとも、簡単に入れる国ってそんなにないし、とジェムニーさんが苦笑する。
どこの国も入国するには色々と条件があるそうだ。
お金で解決するところはまだ簡単で、そういう意味では、アーガス王国や北の『帝国』などは簡単な部類に入るのだとか。
「実際、リディアさんも手に入れてるし、不可能とまでは言わないけどね」
「やっぱり、リディアさんってすごいんですね……」
「ふふ、伊達に冒険者の中でも名が知れてないからねー。正直、『アノイントの油』を持ってたってのは想定外かな?」
「ん、たまたま」
ふうん?
どうやら、ジェムニーさんにとっても、そのことはイレギュラーだったらしい。
とは言え、どこか楽しそうに教えてくれるあたり、そこまでまずい話ではなさそうだ。
とりあえず、現状ではその『アノイントの油』を入手するのは困難だと、そういう認識であれば良さそうだな。
「とにかく、ある程度手に入りやすいものが塩でしたので、塩を工夫することから始めてみました」
こちらです、とファン君が見せてくれたのは、少し黄色い塩と薄緑色をした塩だった。
「ファン君、これは?」
「フレーバーソルトです。こちらの黄色い方の塩がアク抜きをした『ミュゲの実』を使った塩で、こちらの薄緑の塩が『メイン草』を加えたものです」
「フレーバーソルト?」
「ええと……藻塩とかそういうものに近いでしょうか」
ファン君によると、そのフレーバーソルトってのは、要は塩に色々なハーブとかスパイスを混ぜた調味料のことを言うそうだ。
しょうが混ぜたりとか唐辛子を混ぜたり、抹茶塩とかもフレーバーソルトの一種って扱いなのだとか。
天ぷらを食べる時とかに使いますよ、ってファン君が教えてくれたけどさ。
いや、知らん知らん。
藻塩で天ぷらとか、俺、食べたことないぞ?
何となく、目の前で揚げてくれる系のカウンターのみのお店とかのイメージだって。
というか、やっぱりファン君すごいわ。
さすがは芸能人と言うべきか。
その歳で普通に回ってない寿司屋とか行ってそうだもんなあ。
横では本職の料理人であるところのユミナさんも苦笑してるしなあ。
「今ちょうど、木工職人さんに蒸し料理のための蒸篭を試作してもらっているところでしたから。こちらのお塩でしたら、蒸し料理に合いそうですよ」
どうやら、ユミナさんは焼きもの、煮もの、茹でものに続いて、蒸しものを増やそうと画策していたらしいな。
じゃがバターっぽいものはあるけど、蒸かし芋はなさそうだ、って。
「今日のところは私は魚料理に挑戦しておりますがね」
「そうだにゃ。ユミナにゃん、頑張ってくれてるのにゃ」
「あれ? ヴェルフェンさん、毒のない魚は見つかったんですか?」
魚料理はいいけど、この町の側の川って、毒を持った魚モンスターばっかりじゃなかったっけ?
俺がそう尋ねると、ふたりが頷いて。
「これも毒があるお魚なのにゃ。でも、それを調理する時に、お婆ちゃんからもらった毒消しの薬を使ってるのにゃ」
「うまく行けば、素材の解毒ができるとリディアさんが仰られまして」
「ん、適合した解毒剤があれば、中和可能」
「えっ!? 本当ですか!?」
「ん。でも、解毒調理の方法、これしか知らない」
少し申し訳なさそうに言うリディアさん。
いや、それはそれですごいけどなあ。
その、『解毒調理』、か?
こっちの世界だと、毒がある食材も多いので、一部の種族にはその手の禁断の調理法が伝わっていたりするそうだ。
いや、別に無理してまで毒入り食材を食いたくないんだが。
「でも、毒があっても美味しいものも多い」
「うん、そうだねー。木の実とかだと、魔法食材でも毒があるのが多いかなー。諦めるなら別にいいけど、向こうの料理再現を目指すなら、ちょっと避けて通れないかもねー」
「それで、私も挑戦しているわけです」
なるほどなあ。
ジェムニーさんの助言があったから、ユミナさんも毒入り魚の毒抜き料理にチャレンジしているんだな。
うまくいけば、川で獲れる魚も食べられるようになるから、一気に使える食材が増えるのでチャンスではあるようだし。
そんなこんなで、試作品をみんなで食べましょう、という流れになった。
……って、大丈夫だよな?
ちょっとだけ、食中毒のたぐいを心配してしまう俺なのだった。




