第286話 農民、料理班の様子を見に行く
「いももち、こっちにもくださーい!」
「何これっ!?」
「新しい食べ物だって!」
「ほぅほぅ、なるほどな。俺らが出かけてる間に新しい料理人がやってきたってか」
「もぐ……むぐ……うま……」
「はーい、いももちをお待ちのお客さんはちょっと待ってねー。今、お店の方で追加分を作ってるのが届くから、それまではこっちの新作スープでも飲んでてねー」
「えっ!? これって、ぷちラビットのスープなのっ!?」
ラルさんへの奉納を済ませた俺たちは、料理班が屋台を出している区画へと足を運んだ。
一応、薬に関しては、奉納した分をラルさんが責任を持って分配してくれるそうで、これで明日の朝まで踊り通しでも問題はなさそう、とのこと。
うん。
ひとまず、調薬班としてのお役目は済んだと思ってもいいだろう。
すでに時刻は午後をまわっていて、そろそろ夕方に差し掛かってきそうなところまで経過している。
朝から踊り続けているコッコさんたちにも、さすがに疲れが見え始めるかと思ったんだけど、体力的に優れているのか、まだまだ全然って感じなんだよなあ。
ケイゾウさんを始め、見た目は可愛いけど、コッコさんたちの底力を垣間見た気がするよ。
むしろ、参加してくれている他のテスターさんたちの方が疲れたりして、ごはんを食べながら、鳥モンさんたちの踊りを眺めていたりとか、休憩を挟んだりしている感じだな。
やっぱり、体力的なバロメーターは身体のレベルに作用されるようだな?
町の人とかに比べると、俺たち迷い人の方が疲れやすくなっているのも、レベルが低いからだろう。
十兵衛さんとかは元気だけど、それもレベル差が原因かな。
あれ? 待てよ?
今は十兵衛さん、二桁後半ぐらいまでレベルがあがってるみたいだけど、最初の頃ってどうやってたんだ?
さすがに延々と半日以上戦いっぱなし、ってのはちょっとありえない気がするんだが。
……もしかして、この疲労についても抜け道のようなものがあるのか?
後で十兵衛さんに聞いてみようか。
まあ、あの人の場合、『そんなもん、根性だぜ』とか言いそうだけどな。
気の持ちようで、強制ログアウトも拒絶可能、とか?
うーん。
何か、そういう技もありそうで困るよなあ。
さておき。
俺たちが料理班の屋台までやってきた頃には、ちょっと現場がお客さんですごいことになっていたのだ。
どうやら、例の『遠征班』の人たちがいったん帰宅してから、この催しへとやってきたらしくて、その人たちにとっては、ユミナさんが開発した『大地の恵み亭』の新メニューやら、それが派生して他の料理屋でも食べられるようになった、新しいアルガス芋を使ったメニューやらを初めて知ったらしく、踊りそっちのけで、料理区画へと集まってしまったようだ。
見た感じ、子供のお客さんが多いのもそれが理由だろう。
長旅で疲れて、おなかが減っていたってこともあるみたいだしな。
特に、いももちに関しては、子供たちに人気のようで飛ぶように売れているみたいだ。
売り子をやっていたジェムニーさんが大忙しで動き回っているし、ドランさんは一度店の方に戻って、いももちの仕込みをし直しているみたいだし。
うん、何というか、だ。
「すごいことになってるなあ」
「最初にいももちが売り出された日のことを思い出しますね」
「ほんとだね。でも、ユミナの料理っておいしいから」
「あら? ルーガも食べたことがあるの?」
「そうだよ。セージュもなっちゃんもだよ」
「きゅい――――♪」
「ぽよっ?」
「……ふうん? 美味しいのかしら?」
「あ、めずらしいな。ビーナスが普通の料理に興味を持つなんてな」
普段は口から食べ物を食べたりしないもんな、ビーナスって。
『精霊の森』でも、フローラさんが作ってくれた料理にも見向きもしなかったし。
俺がそう言うと、少しビーナスが怒った風にして。
「ちょっとね、わたしも考えが変わったのよ、マスター。ほら、前にみかんから『実』をもらったでしょ?」
「ああ、そういえば、そうだったな」
みかんのレランジュマスターの樹の引き継ぎ作業を手伝ったお礼として、ビーナスもみかんから『レランジュの実』をもらってたもんな。
あの時は確か、食べられないとか困ってたような気がするぞ?
「そうね。でも、せっかくみかんがくれたのに食べないのも悪いじゃない。で、試しに口から食べてみたら美味しかったの。それでちょっと考えを改めたのよ」
「ぽよっ♪」
みかんの『実』は美味しかったわ、と笑うビーナスとそれを聞いてご機嫌のみかん。
なるほどな。
一応、ビーナスも食事はできるんだな。
まあ、それはそうか。
ラルさんもドリアードだけど、普通に飲み物飲んでたしな。
人型をとってるってことは、食べ物を食べることができるってことだろうし。
ただ、みかんの場合、『レランジュの実』を美味しいって言われるのも嬉しいんだな?
何というか、食べ物と生き物の境があやふやになる感じだよなあ。
実家で飼っている牛に『ぼくを食べて』って言われているような複雑な気持ちというか。
もちろん、向こうの牛はそんなことは考えてなく、出荷されると知ったら普通に泣くけどな。
何だかんだで農家に生まれたおかげで、人間の言ってることとやってることがどれだけきれいごとかってのは気付かされたし。
食べ物を残したり捨てたりして堂々としてるやつは、少し自分の行動を省みるといい、ってな。
おっと。
少し自分のダークなとこが表に出そうだよな。
それはそれとして。
「あら? セージュさん、あちらでヴェルフェンさんが私たちのことを呼んでいるみたいですよ?」
「えっ……? あ、本当ですね」
ハヤベルさんが指差した方向を見ると、俺たちの存在に気付いたらしいヴェルフェンさんが手招きしているのが見えた。
料理班の屋台が複数ある、奥の方のスペース。
さっき、そして今も、ファン君とかが新しく料理を作ったりしているところだな。
ちょっとしたコテージみたいな簡易住居もあって、たぶん、あれが前に話を聞いたリディアさんの持ち運びできる簡易コテージなのだろう。
まあ、簡易っていうにはしっかりした作りに見えるけどな。
少なくとも、テントには見えないぞ?
で、そのコテージにも、調理用の設備っぽいものがあって、今ヴェルフェンさんたちがいるのもその辺りだ。
もくもくと煙があがっているのは、魚を焼いているからかな?
バターの香ばしい匂いとか、肉が焼きあがる匂いに混じって、ちょっと焦げ焦げした匂いも漂ってきているし。
とりあえず、人混みをよけるようにして、ヴェルフェンさんたちがいるところまで近づく。
「あ、皆さん、いらっしゃいませ」
「ふふ、今、ファン君の手料理ができあがったところよ」
「ん、絶品」
「後は、こちらのお魚ですね……うまくいけば良いのですが」
「ダメでも私が味見するわよ。ふふ、それはそれでおいしいわね」
「にゃはは、ちょうどいいところに来たのにゃ、セージュにゃんたち。もう、お薬作りは終わったのにゃ?」
「はい、おかげさまで」
何だかんだで、サティ婆さんも手伝ってくれたのが大きいけどな。
その場には手招きしていたヴェルフェンさんの他にも、ファン君たちを始め、色々な人が一緒になって調理実験のようなことをしていたので、ひとまず、みんなで作った分の大量の薬アイテムをラルさんへと奉納したことについて伝える。
あ、そういえば、『けいじばん』の方にも情報を流しておいた方がいいか。
あっちでも、『お祭り』の途中経過なんかも随時記録するとか言ってた気がするし。
まあ、それはそれとして。
俺の話をしきりに頷きながら聞いていたファン君たちだったが。
「やっぱり、町長さんはすごい方なんですね」
「前にお会いした時は、穏やかな雰囲気だけでしたから驚きました」
「あれ? ファン君やヨシノさんもラルフリーダさんと面識が?」
「ん、前に連れて行った」
どうやら、ファン君が『ドワーフ鍛冶』を覚えて、正式にペルーラさんの弟子になった後の話みたいだな。
まあ、ファン君たちも例のミスリルゴーレムの討伐を達成しているから、どちらにせよ、ラルさんの家まで行くのは時間の問題だったみたいだけどな。
「他にも、以前から面識があった人っています?」
「にゃあは今日が初めてだにゃ」
「私もそうだよ、セージュ君」
「町長さんの家まで料理を届けた際にお会いしましたよ」
「次、変なことをやったら、説教してもらいに行くとタウラスさんから言われたわね」
「俺はあるぞ。たぶん、生産職に弟子入りしている場合は、比較的面会しやすいんじゃないか? カオルさんやメルクのやつも会ったって言ってたしな」
「あ、そうだったんですね?」
へえ、色々なケースがあったんだな。
ヴェルフェンさんとダークネスさんはまだで、ユミナさんは料理を届けたついでで面会したのだそうだ。
不眠猫さんの場合は、『ラルさんお説教コース』らしい。
というか、そんなルートもあるんだな?
プラスでもマイナスでもイベントが起こるのがちょっと面白いというか。
そして、最後に教えてくれたのが、俺たちとも初対面のトーマスさんだ。
一応、酒造り系の職人さんらしくて、この町の酒場のマスターに弟子入りしているんだって。
金髪中年の人間種で、向こうでもお酒関係のお仕事をしているのだとか。
まあ、酒場に顔を出さないから、俺とかも会う機会がなかったってことだな。
いや、今日だけでも色々な人と出会えてうれしいよな。
これだけでも『催し』をやった意味があるってものだ。
何となく、嬉しくなってしまう俺なのだった。




