第285話 農民、町長さんと話をする
「そうでしたか。ではハヤベルさんは、サティトさんの正式なお弟子さんというわけなのですね?」
「はい。研鑽を積ませて頂いております」
「ですね。ハヤベルさんは、俺みたいななんちゃってではなくて、本式の職人さんです。知識と経験もありますしね」
持ってきた薬系アイテムを渡しつつ。
ラルさんたちへハヤベルさんの紹介も一緒にしておく。
もしかしたら、サティ婆さん経由で、もうすでにラルさんの元へは情報が伝わっているかもしれないけど、こういう事って大切だからな。
周りの護衛さんたちも、今日、オレストの町に戻って来た人もいるわけだし、その辺は念のためって感じだ。
一応、薬アイテムについては、犬面の獣人さんっぽいフルブラントさんと、ノーヴェルさんなどのチェックを通過したのちに、ラルさんの手に渡された。
念のため、危険物警戒ってな。
ラルさんを囲むような感じでクリシュナさんも寝そべっているので、背後の護りは万全って感じだけど、さすがは護衛さんだけあって、油断とかは一切しないのな。
みんな口調に関しては、柔らかいところがあるけど、その実、周囲を見る目の奥は一切笑っていないというか。
うん。
それだけ、この人たちにとって、ラルフリーダさんが大切だってことだろう。
「ふふ、それは先が楽しみですね。今、お預かりしましたお薬も効能が高そうですし」
そう、言うが早いか、ラルさんがそのまま、水樽の中に手をかざしたかと思うと。
「――――『結界吸収』」
瞬く間に、その場にあったはずの薬アイテムがラルさんの手に吸収されるかのようにして、消え失せてしまった。
いや、なんかすごいな?
ちょっとした手品を見ているような感じだよ。
「すごいです……奉納されましたね?」
「ラルフリーダさん、今のって、あそこにある石にアイテムを捧げた時と同じ能力ですか?」
「ええ、そうですよ。仮の範囲結界を設定しまして、その中に物や魔法などを留めておくという、私の技のひとつです。性質上、長時間そのまま維持するのは難しいですがね」
へえ、なるほどなあ。
ラルさん限定の簡易式アイテム袋みたいな能力なんだな?
いや、大きさとかは普通にアイテム袋の非じゃないみたいだけどさ。
これって、ラウラが言っていた『空間魔法』とかに近いのかな?
話を聞いている感じだと、『結界』を利用した何か、みたいだし。
ちなみに、長時間維持するのは難しいって、ラルさんは言ったけど、それでも一日二日ぐらいは余裕なのだそうだ。
ラルさんにとっての長時間ってのがどのぐらいなのか、気になる言い草だよな。
さらっと、『長時間は無理ですよ。せいぜい一年ぐらいですね』とか言いそうだもんな、この人。
「ふふ、これだけの量でしたら、明日の朝まででしたら問題ありませんね」
「使うタイミングは、ラルフリーダさんにお任せしても大丈夫ですか?」
「はい、構いませんよ。ふふ、このような形でしか、私は『お祭り』に協力できませんからね。これも町長としての務めですよ」
踊るのはあまり得意ではありませんしね、とラルさんが嘆息する。
そう言いながらもどこか嬉しそうなのは、少しでも町の人たちとこのような形で関われるから、だそうだ。
立場上仕方ないのかも知れないけど、いつも楽しそうな催しに関しては、遠くから眺めることしかできなかったって、今も少し口をとがらせるようにしてるしな。
そんな仕草も、慣れていないせいか可愛くみえるし。
「…………そんなことない。お嬢様はいつでも町のためのことをしてる」
「そうそう。それに関しては、ノーヴェルの意見に同意ね。でもね、そもそも、お嬢様の存在感でこそこそと紛れようとするから、うちらがその度に止めに入ってるんじゃないの」
「お立場を考えて頂きたい、と提言させて頂こう」
「むぅ……イージーもフルブラントも意地悪です。私もたまには町の人たちと一緒にはしゃいだりもしてみたいのですよ?」
「…………それはダメ。お嬢様が羽目を外すと、被害が甚大」
「普段、領主さまとして振舞っている分、そういう時の反動がひどいもんね」
「前にそれでレーゼ様からも怒られたことをお忘れで?」
「――――――――」
「うぅ……四人ともひどいです。私、これでも貴方がたの主なのですよ?」
「力を持つ者にはそれ相応の責任が伴う、というものですよ」
きちんと諫言を行なうのも部下としての務めですから。
そう言って、嘆いているラルさんをばっさりと切り捨てるフルブラントさん。
ふうん?
ちょっといつもと違う感じのラルさん節だな?
たぶん、俺たちに接している時は、外向けの態度だったりするのかもなあ。
ただ、何となく、いつも俺がビーナスにされている対応に似ていて、どこかシンパシーを感じてしまうな。
「……うん? 何よ、マスター?」
「いや、何でもないよ」
それでも、ラルさんに対しては護衛の人たちからも敬意のようなものが見え隠れしているものな。
ラルさん自身も本気を出せば、かなり迫力があるし。
俺ももうちょっと頑張らないといけないってことのようだ。
さておき。
せっかく、ラルさんと話ができるわけだし、聞いておきたいことがある。
「ラルフリーダさん、少しお聞きしてもいいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「このタイミングで、新たなクエストを立てた理由はなんですか?」
町の防衛強化については、よくわかるのだ。
そのためのクエスト発注について、冒険者ギルド経由で増やしていくってのはごく自然な流れだろうしな。
ただ、その後に全員に発布された二件の『領主依頼クエスト』の方。
こちらについての意図を聞きたかったのだ。
タイミングとしては、迷い人への情報解禁の意図も感じられなくもないけど、でも、そっちはエヌさんとか運営サイドの都合であって、どちらかと言えば、今朝のノーヴェルさんとかの話を思い出すと、まだその時点ではラルさんも『千年樹』うんぬんの話については悩んでいたように感じられたし。
だから、少し不思議に思ったというか。
そもそも、アリエッタさんの捜索強化も謎だしな。
そう、ラルさんに尋ねると。
「ええ、そうですね。朝の時点では確かに考えておりませんでしたよ? アリエッタの探索につきましては、商業ギルドからの嘆願もありましたので、少し後で強化する流れではありましたけどね」
「ええと……つまり、状況が変わったということですか?」
「その通りです。その後で『遠征班』が持ち帰った情報と、『鳥の目』部隊による情報から、アリエッタの捜索を早急に行なう必要が出て来てしまいました」
「…………お嬢様」
「ええ、そうですね。ここでは詳しくお話できませんね。ですが、そうですね……『穴』の問題について。アリエッタが関わっている可能性があります」
これ以上はお答えできません、とラルさん苦笑する。
えーと……?
『穴』の問題……?
『穴』……って、ああっ!?
もしかして、地下道の話か?
今、その話に触れた時、俺とルーガ、それにビーナスの方へとラルさんがそれとなく視線を泳がせたので、何となくわかった。
えっ?
ちょっと待てよ?
その、アリエッタさんが、地下道へと通じる穴を開けた可能性があるってのか?
思わず、俺もルーガとビーナスの方を見る。
つまり……アリエッタさんは地下道で起こったことについて、何か知っているかもしれないのか?
だからこその捜索強化、か。
と、例のぽーんという音が頭の中に響いて。
『クエスト【領主依頼クエスト:アリエッタ包囲網】について、追加項目が発生しました』
『領主が望む情報の取得を目指してください』
『注意:情報の取り扱いが難しくなります』
『何か質問する際は、周囲の状況を十分に鑑みるようにしてください』
あ、クエスト内容が少し変化したようだぞ?
そして、今の俺の問いかけに対しても、警告が来たようだ。
『こんな人のいっぱいいる場所で、そんな際どい質問をするんじゃない』って。
どうやら、危うく失敗判定になるところだったようだ。
いや、ごめんなさい。
それに関しては、次から気を付けますのでご勘弁ください、と。
目の前でラルさんも苦笑してるしな。
「以上でよろしいでしょうか?」
「…………獣、あんまり時間かけない。まだ他にも待ってる」
「あ、すみません。ありがとうございました」
そんなこんなで慌てて謝りながら。
ラルさんへの謁見というか、アイテム奉納を終わらせる俺たちなのだった。




