第284話 農民、町長さんに薬を持っていく
「仕方ない。今やるべきことから、こなしていくことにしよう」
今、何をやっているのか。
うん。
コッコさんたちの踊りイベントだ。
その目的はなんだったのか?
コッコさんを始めとする、鳥モンさんたちの『家』を造るための儀式だ。
で、今は何をすべきか。
ラルフリーダさんへの薬の奉納だ。
以上。
行動目的の再確認でした。
油断していると、話が明後日の方向へところころ転がって行きそうで怖い。
ひとまず、ビリーさんとヤマゾエさん、それに十兵衛さんやマークさんたちとの情報交換はひと段落ということで、またそれぞれが思い思いの形で、この『催し』へと協力してくれることになった。
どのみち、『迷いの森』に挑むのは後日になりそうだしな。
まず先にやるべきことは、大量に作った分の薬をラルフリーダさんに渡して、奉納を済ませてしまうことだ。
「そろそろ大丈夫そうですよ、セージュさん」
「すみません、ハヤベルさん、お待たせしまして」
「いえ。やはり、私ひとりでは緊張しますからね」
そう言って、微笑みを返してくれるハヤベルさん。
うん。
やっぱり優しいよな。
その優しさに甘えてばかりだと申し訳ないんだが。
実は、ラルフリーダさんのあいさつが終わった後、この場にいた人たちの多くが、知己を得るためにラルさんの元へと殺到したのだ。
いや、最初に走って行ったのはテツロウさんとかだったけど。
怖いもの知らずのテツロウさんやら不眠猫さんやらが突っ込んで行って、その直後にノーヴェルさんによって投げ飛ばされて、宙を浮くテツロウさんの図ができあがって。
若干、周囲の全員が引いたところで、ラルさんが笑って。
『順番でお願いしますね』
その一言がきっかけで、随分とまあ、長蛇の列ができたしまったというわけだ。
本当はハヤベルさんも並びたかっただろうけど、こっちで俺たちの話が済むまで待っていてくれたんだよな。
ちなみに、ビリーさんとヤマゾエさんは、もうすでにラルさんとの顔見せが済んでいるので、また別の機会でいいから、って並ばずに別のところへと行ってしまっている。
十兵衛さんは面識があるのかな?
一応、ミスリルゴーレムの件の報酬があったはずだから、顔見せぐらいはしていると思うんだけど……十兵衛さんだからなあ。
さっき聞きそびれたけど、報酬そっちのけで『森』の中を進んでいた可能性も否定できないよな。
一応、この機会でこの町にいる迷い人さんに関しては、ラルさんとの知己が解禁になったはずだ。
他の町スタートのテスターさんはどうなのか微妙だけど、さっきのぽーんで、『けいじばん』での情報開示も解禁になったので、少しは話もできるだろうな。
未だにNPCの情報深度によっては、『けいじばん』で触れることすらできない話題とかも多いしなあ。
エヌさんの情報は元より、俺もダメ元で試してみたけど、ハイネとかに関する情報なんかも即座に削除されてしまうようだ。
自分が吹き込んだはずの発言が『削除されました』と警告のような形で返ってくるのは初めてだったけど、確かにこれは少し怖く感じるな。
『秘密系』のクエストと相まって、警戒する迷い人さんが増えるのも仕方ない気がする。
いつものナビさん……レイチェルさんだったよな? その人と同じ声でありながら、感情がまったく込められていないというか、すごく冷たい感じの声なのだ。
『けいじばん』で俺たちをたしなめる時は、もっと情感があったから、その辺は使い分けなのかもしれないな。
本気で怒らせるとどうなるか、それが垣間見える瞬間でもあるぞ。
さておき。
ハヤベルさんも言った通り、さっきまで行列ができていた辺りも、少しずつ人だかりが落ち着いてきていた。
これなら、『大地の恵み亭』で芋もちを売り出した時の方がひどい行列だったしな。
なので、俺たちも水樽と一緒に列の後ろへと並ぶ。
――――と。
そんな俺たちに気付いたようで、鳥モン集団の踊りの輪の中に入っていたビーナスたちがこっちまで戻って来た。
「マスターってば、何やってるのよ?」
「きゅい――――?」
「ラルさんの前で頭を下げるために並んでるの?」
「ぽよっ?」
「まあ、そんなところだな。拝謁のための順番待ちってとこだ」
ラルさんの場合、お貴族様じゃないけど、れっきとした領主さまだしな。
お天道様の元で拝謁ってのはあんまり聞いたことがないけど、雰囲気的にはそっち系に近いよな。
無礼な態度を取ると、問答無用で横にいるノーヴェルさんが睨みつけてくる、と。
もっとも、手が出そうになったり、やり過ぎそうになったら、クリシュナさんや近くにいる他の護衛さんっぽい人たちが止めに入ってるけど。
その辺は、さすがにラルさんの印象が悪くなるからってのもあるようだな。
「セージュも頭を下げに行くの?」
「でも、マスターなら、別にいつでも会いに来れるじゃないの」
「いや、そうじゃなくてな。さっきも言ったろ? ラルフリーダさんに薬を納めるって。そのために順番待ちしてるんだよ」
せっかく、この場に来てくれたんだから、その方が無駄がないし。
ラルさんの家まで持っていくと二度手間だしな。
実のところ、アイテム袋を使えないので、『身体強化』を使わないと運ぶのが大変なくらいの重さだしな、この水樽。
「ふーん? それにしても、随分と人が多いのね?」
「ぽよっ♪」
「ああ。それは俺もびっくりした。この町、けっこう人が住んでいたんだな」
ビーナスとかみかんは、そもそも町の方に来たのが初めてで、元々住んでいた場所もそこまで人が多い場所じゃなかったので驚いているのな。
まあ、『精霊の森』も精霊さんの数だけなら、かなり多かったけど、みかんがいたところはそうでもなかったしなあ。
ただ、それはそれとして。
俺自身も『お祭り』にやってくる人の数には驚かされたというか。
さすがに数万人はいないだろうけど、下手をすると千人以上はいるんじゃないか?
最初のイメージだと、せいぜい数百人ぐらいの規模だと思っていただけに、ちょっとびっくりした感じだ。
いや、町の家の数とかからすると、明らかにおかしいんだが。
どこかにからくりでもあるのかね?
「モンスターが化けてる人もいるみたいね」
「そうなのか?」
「ええ。たぶん、あっちの人とか、そっちの人とかはそうね」
へえ、そんなことまでわかるのか、ビーナスって。
今、指差した人とか、どう見ても人間にしか見えなかったけどなあ。
もし、それが本当だとすれば、『森』の人たちもこっそり町の住人に混じっているケースもあるのかも知れない。
そうこうしているうちに、俺たちの番がやってきた。
前に並んでいた女の人とかも、普通にあいさつして終わりだったようだ。
拝謁というか、町の人もラルさんと言葉を交わしたいのかも知れないな。
今のラルさんの雰囲気なら、言葉を聞いているだけでも癒される感じだし。
「それでは、次はセージュさんたちですね?」
「はい。よろしくお願いします」
「…………ほら、獣、男は一歩下がる。それが決まり」
「あ、そうなんですか?」
そういえば、少し前に並んでた人にもそんなこと言ってたっけ。
というか、ラルさんの朗らかさとノーヴェルさんの圧の落差がすごいなあ。
まあ、ここは素直に従っておく。
「うえぃっ!? どしたの、ノーヴェル? 変なものでも食べた?」
「『森守』以外の男の名前を呼ぶなんてめずらしいな?」
「――――――――」
「ああ、なるほどねぇ。こりゃ、傑作だわ。雪でも降るんじゃないの?」
「…………イージー、それ以上ふざけたことを言うなら、殴る」
「ふふ、そうですよ、イージー、フルブラント。それにクリシュナも、ですね。あまり茶化さないようにしてくださいね」
「はいな、お嬢様」
「了解いたしました、ラル様」
「――――――」
ラルさんの言葉に、その護衛さんたちが素直に従う。
その場にいるのは、ラルさんをのぞくと四人。
銀狼のクリシュナさん、黒豹の獣人で服装も黒ずくめのノーヴェルさん、ここまでは今までもよく会っていた護衛さんだな。
そして、俺たちとは初対面であるふたり。
イージーと呼ばれたのは、俺たちよりも一回りか二回りほど小さな体をした女性だ。
背中に羽根が生えているので、おそらく妖精種だろうな。
門番のマーティンさんと近い雰囲気を持っているし。
緑の草を編んだような服を着ていて、髪の毛も編み上げられて、茶色のドレッドヘアのような髪型をしている。
もうひとりは、ラルさんの護衛としては初めて見た男性の人だ。
人……というか、顔がかなりリアルな感じのお犬様だけど。
性別が何となくわかったのも、その声の低さと服装が男の戦士スタイルだったから、というのがある。
この人がフルブラントさんと言うらしい。
「ふふ、セージュさんも初めてですよね? イージーとフルブラントも私の護衛兼『自警団』所属です」
「イージーよ。おうわさはかねがね♪」
「フルブラントだ。以後お見知りおきを、ってな」
ラルさんの紹介を経て、不敵に笑うイージーさんと柔和な笑みを浮かべるフルブラントさん。
どこか対照的なふたりに対して。
改めてあいさつを返す俺たちなのだった。




