第283話 農民、魔境についての話を聞く
まあ、色々と思うところはあるけど、『違和感』については個々で調べて行こうということで話がまとまった。
もちろん、ゲーム、現実、双方からだ。
ビリーさんやヤマゾエさんも現実の方の伝手を使って、この『PUO』の開発チームに関する情報を探ってくれるって言ってるしな。
後は、ゲーム内でエヌさんとの遭遇を目指すってところだな。
一応、そっちについてはマークさんも協力してくれるそうだ。
見た目は二足歩行の服を着た『熊さん』だけど、意外と義理堅い人のようだな。
ちょっと見、確かにどこぞのテーマパークとかにいそうな着ぐるみっぽい感じだけど、ふかふかそうな黒い毛の内側には、引き締まった体が見え隠れしていて、やっぱり、この熊も強そうなんだよなあ。
「だが、我の場合は陣地から離れるわけにはいかぬのでな。あくまでも、この『森』の周辺までだがな」
そう言って腕組みをするマークさん。
まあ、そうだろうなあ。
『迷いの森』の『管理人』のひとりである以上は、移動範囲にも制限が課せられているということでもあるし。
マークさんの協力は、あくまでも『グリーンリーフ』内限定ということらしい。
いや、それでもありがたいけどな。
これも十兵衛さんがマークさんと仲良くなってくれたおかげだし。
やっぱり、人の縁っていうのは大事だよな。
「ともあれ、まずはクエストをこなすのが先決であろうな。『千年樹』を目指すのであれば、十兵衛以外はまず先に『迷いの森』に慣れる必要がある」
「あ、やっぱりそうなんですね?」
「確か、資格があるって話だったよな?」
「うむ、その通りだ。其方らでは『森』の奥に進むための資格が足りぬのだよ」
其方らは頑張っている方だがな、とマークさんが頷いて。
「そもそも、この町の住人の多くも『森』の中枢に至る資格を持っておらぬのだ。其方ら迷い人は言うまでもないな。我の見立てでは、この場にいる者の中で最も資格を進めているのは十兵衛だ。個としての強さもさることながら、『森』への貢献度、だな。どちらの要素も順調に満たしつつある。この調子でいけば、近いうちに『迷宮森林』へと挑む許可が得られるであろう」
「やっぱり、十兵衛さんすごいですね」
「まあ、俺もよくわからねえよ。今は腕慣らしの段階だからな」
十兵衛さん言わせると、このゲーム内の身体に慣れるために延々と戦い続けていたら、いつの間にか『資格』を得てしまったというのが本当のところらしい。
くれるって言ってるなら断る理由はないけど、別段、そういうことにはこだわらない、って。
まあ、前にも言ってたもんな。
邪魔する奴は蹴散らしてでも先に進む、って。
そんな十兵衛さんの言葉に、マークさんも苦笑いを浮かべているな。
「まったく……無茶の塊のような男だな。その狂犬じみた行為は慎むように何度も忠告はしているのだがな」
「悪ぃが、俺も向こうだと五体満足で戦えねぇんでな。その分、こっちで加減するつもりはねぇよ。はは、まあ、クソ爺の最後のわがままだと思ってくれや」
これ以上悔いを残したくねえんだわ、と真っ直ぐな目をした十兵衛さんだ。
うん。
やってることは滅茶苦茶なんだけど、ある種の潔さというか、異様なまでの戦いに対する純度というか。
どこか無邪気さを伴った狂気かな?
ただ、それをここまで臆面なく言える強さには、確かにある種のかっこよさが含まれているような気がした。
少なくとも、俺ではまだまだその境地には至れないだろうし。
一緒に話を聞いていた、ビリーさんとヤマゾエさんも、どこか感心したような呆れたような表情を浮かべているしな。
「はあー、何というか、すごい人だねえ」
「今の見た目だけなら、どう見ても年寄りのわがままには見えないがな」
若気の至りという感じだと、ビリーさんが苦笑する。
うん、確かに。
エルフの美少年が目をぎらぎらさせているのって、少なくとも可愛くないもんな。
どっちかと言えば、その手の可愛さでは年相応のファン君の領域だろうし。
あ、そういえば、ファン君も向こうでせっせと料理を作ってるみたいだな。
改めて遠目で見てると、さっきよりも人だかりができているし。
――――あっ!?
今、ファン君に近づいた男の人が空に飛ばされたぞ?
横でリディアさんが手を動かしてるから、例の見えない攻撃か何かだろうけど。
いや……向こうは何をやってるんだ?
「どうやら、料理班の方では新メニューを試しているようだな」
「俺の聞いた話だと、ヴェルフェンとユミナが獲って来た川魚の調理も試してみるとか言ってたな。あ、リディアさんが毒見ね。川で獲れる魚系モンスターの多くは毒があるみたいだし」
「えっ!? あのふたり、魚も獲ってたんですね?」
一緒に素材集めに行ったのは聞いてたけど。
まあ、ヴェルフェンさんの場合、前にも魚素材を獲ってたっけ。
毒まみれで食べられないからって、結局、サティ婆さんに買い上げられて、毒薬系の調合に使うとか使わないとか言ってたもんな。
基本、素材だったら何でも来いのサティ婆さんだ。
ほんと、薬師にとっては、どんな素材も『捨てるとこがない』のかもな。
毒があろうと、腐っていようと、ちゃんと使い道があるみたいだし。
何に使うのかは、ご想像にお任せしますって感じだけど。
「あー、それでいつの間にか不眠猫さんも料理に参加してるんですね」
「だろうな。おそらく、魚系の『耐毒』強化でも狙ってるんだろう」
「お? ビリーの坊主、毒を食えば、毒が効かなくなるってのか?」
「ええ、そういう話ですよ、十兵衛さん。もっとも、あまり使い勝手の良くない能力らしいですが」
「うむ。『耐毒』は使い手によって差の激しい能力だな。我も持っているが、食して体内に取り込むやり方はあまりお勧めできんぞ?」
「あれっ!? そうなんですか?」
どうやら、『耐毒』を得るためには毒を食べる以外にも方法があるらしいぞ?
「当然だろう? 一定レベル以上の猛毒の場合は、体内に入れば死に至るぞ? 効果が桁違いだからな。普通は毒による攻撃を浴びたりした際に耐えることで、自然に身についていくものだ。十兵衛も覚えがあるだろう?」
「ああ、そういやあ、毒を吐く野郎がけっこういやがったな」
そういえば、ラースボアも毒液を吐いてたよな。
マークさんに言われて思い出したけど。
ただ、これでわかったことがひとつ。
今、不眠猫さんがやっているような毒を食べて『耐毒』ってのはかなりリスキーなやり方だってことだ。
普通は、マークさんが言うように、毒持ちのモンスターとの戦いで毒液などを受けて、それに対して免疫を付けていくのが無難なようだ。
食す方法だと、かなり博打に近いことになるため、解毒が間に合わずにあっさり死に至ってもおかしくない、って。
皮膚だとパッチテストみたいな感じになるってことか?
まあ、猛毒が血液の循環に乗ったらアウトってことだろう。
「……いや、ちょっと待って? ねえ、マークさん。もしかして、『迷いの森』って毒を使ってくるモンスターも多い?」
「うむ。少なくはないぞ、ヤマゾエ。まあ、それも仕方あるまい。この大陸でも植物系のモンスターの種類では一二を争うのが、ここ『グリーンリーフ』だ。ならば当然、毒という要素も他の地域よりも多くなるというものだ」
「うわぁ……」
思わず、うめき声が出ちゃったけどさ。
そっか。
植物系モンスターにとっては毒攻撃は当たり前かあ。
いや、ビーナスとか見てればわかるよな。
ビーナスのは麻痺系だけど、あー、そういえば、みかんも毒液攻撃があったもんな。
「っつっても、別にあんなの避けりゃあ問題ねぇだろ?」
「いや、あのな、十兵衛。貴殿の回避能力は少しおかしいからな? 下手をするとクリシュナ殿と同格レベルだ。普通はあそこまで動けんよ」
「……つまりは、『迷いの森』より内側に踏み込むためには毒対策が必須ということか」
「そういうことだな。もっとも、そこにいる『一群』の者たちのように空を飛んで迂回するという手段もあるがな」
『そうっすね。少なくとも上空までは毒は飛ばせないっすよ?』
「あ、そっか。ベニマルくんも『迷いの森』が管轄だもんね?」
『そうっす。だから僕も資格持ちっすよ。でも、最初に謝っておくっすね、セージュさん』
「え? 何が?」
いきなりベニマルくんに謝られて戸惑う俺。
『誰かを案内したり、連れたりする場合、僕らも普段使っているルートが使えなくなるんすよ。なので、セージュさんに同行するのは構わないっすけど、僕らほとんど役立たずになるっすよ』
「うむ。それでこそ『迷いの森』だからな」
なるほど。
そうそう都合のいい話はないってことのようだ。
聞けば聞くほど、先が長そうだ、と。
そう思って、溜め息をつく俺たちなのだった。




