第281話 農民、このゲームについて尋ねる
「みなさん、どこまで気付いていますか?」
投げかけられたのは、具体性のない問い、だ。
『どこまで』という言葉には少し力が込められているのはわかるが、それが何を指しているのかは漠然としたままの問い。
『どこまで』、か。
少なくとも、ラルフリーダさんが、俺も含めたこの場にいる人々に何かを訴えたいことは伝わって来る。
ただし、その言葉に含まれるニュアンスとしては、この町で暮らしている人々、鳥モンさんを始めとする『魔境』の住人たち、そして俺たち迷い人、それぞれに対して、考えて欲しい、と投げかけているように聞こえた。
さすがに、周囲に目を遣っても、さっきまでラルさんの登場に関してはほとんど動じていなかった人たちも、この問いに関しては戸惑っているように見える。
落ち着いているように見えるのは、ジェムニーさんとか、相変わらず飄々とした感じのリディアさんとか、その辺りかな?
「何を言いたいんだ? 町長は」
「『何に』という部分が欠けているから、ちょっと困る話ではあるな」
横にいるビリーさんやヤマゾエさんも渋い顔をしているな。
いや、俺もちょっと困ってはいるけど。
うーん。
もしかすると、これって、このゲームの成り立ちとか、そっちについての話か?
前に、カミュやクレハさんたちが言っていた、あの話の続き。
確かに、ラルフリーダさんも時折、『違和感』についてはそれとなく触れていたような気もするしな。
あ、そうか。
『違和感』、か。
「ビリーさん、ヤマゾエさん、このゲームについて、どのぐらい情報を持ってます?」
「うん? 何が言いたい?」
「ゲームって……向こうでの、ってことかな?」
「はい。お二人は『死神衆』って言葉に聞き覚えはありませんか?」
前にクレハさんの執事さんでもある、ツクヨミさんがカミュに言っていた言葉。
『涼風』、『死神衆』。
もし、俺の勘違いでなければ、このふたつは『PUO』の開発運営に関して、キーワードとなっているはずだ。
「ええと……? 『死神衆』? いや、俺はまったく聞いたことがないな。ビリーさんはどうです?」
「世間一般の単語としての『死神』なら知っているが……どういうことだ? そういうゲームの中のモンスターの話か? まさか、現実に『死神』がいるという話じゃないだろうな?」
「いえ、俺も詳しくはよくわからないんですよ。他のテスターさんと、このゲームの中のNPCさんからそれぞれ、その単語に関する情報を聞いたので、少し気になっていまして」
あー、やっぱり、知らないか。
ふたりとも何のこっちゃ、って感じの表情を浮かべてるしな。
となると、クレハさんたちが特殊なのか、あるいはそっちの情報が間違っている可能性もあるのかもな。
そう、俺が考えていると。
「セージュの坊主、『死神衆』って言ったか?」
「あっ!? 十兵衛さん。はい、そうですけど……」
いつの間にか、十兵衛さんが俺たちのすぐ側までやってきていた。
例の『森の熊さん』も一緒だな。
そういえば、さっきも十兵衛さんの踊っている姿は見かけたけど、この場であいさつをしていなかったことを思い出す。
いや、今はそんな話じゃないよな。
もしかして、十兵衛さんは『死神衆』について知ってるのか?
「十兵衛さん、『死神衆』って言葉を聞いたことがあるんですか?」
「まあ、言葉っつぅか、一応、会ったこともあるぜ? あれだろ? あの、殺しても死なねぇって連中だろ?」
「はっ!? 殺しても死なない連中!?」
なんだそりゃ?
いや、いや、落ち着け、俺。
それ以前に、今、十兵衛さんは何て言った?
その『死神衆』と会ったことがある?
「まあ、ちょっと待ちな。その話をする前に、あっちの話を聞いてみようぜ」
「十兵衛の言う通りだ。まず、ラル様のお話の続きを待て」
あ、そういえば、ラルさんの話の途中だったっけか。
十兵衛さんと『森の熊さん』……マークさんに諭されて、慌てて、ラルさんがたたずんでいる方へと向き直る。
どうやら、俺たちがざわざわしていたのを待っていてくれたらしく。
「はい。身に覚えのある方も、そうでない方も、それぞれいらっしゃるようですね。どちらにせよ、今感じている『違和感』を忘れないようにしてください」
そう言って、にっこりと微笑むラルフリーダさん。
そのまま、言葉を続けて。
「では改めまして、この町の現状についてお伝えしますね。今現在、この町の周囲で異変のようなものが起こっております。詳細につきましては、現在も調査中ですが……そうですね、わかっている範囲でご説明しますと、『狂化』状態のモンスターの異常発生ですね。こちらはご存知の方も多いと思います」
ラルさんがそのまま説明を続けていく。
今、この『オレストの町』の周辺では異変が起こっている。
突然発生する『狂化』モンスター。
それによって引き起こされた、南側の道の落盤。
北側の『魔境』へと続く区画でも、モンスター同士の小競り合いが続いている。
そのため、近くにある町や村、集落への移動が難しくなってきている。
これについては、子供たちを連れていた『遠征班』からの情報もあり。
そのため、対策として、外出時のチーム編成の義務。
こちらはすでに実行中。
加えて、友好的なモンスターには緑色の鉢巻きをつけてもらって、町の護衛強化を手伝ってもらっている。
『自警団』及び冒険者ギルドによる、周辺警戒を強化する。
それらについての町からのクエストを発生させる。
などなど、と。
「『自警団』の再編成、『鳥の目』部隊による監視体制の強化、それらが完了次第、外出に関する制限を解除していくことになります。まずは、町の周辺の安定化へのご協力をお願いいたします」
当然のことですが報酬もご用意しております、とラルフリーダさんが微笑む。
どうやら、『領主依頼クエスト』もいくつか用意しているらしいな。
「そして、この町の安全が最優先ですが、そちらと並行しまして、皆様には新しいクエストへのご協力をお願いしたいと思います。こちらにつきましては『森守』の方からも人員を派遣させて頂きますが、より多くの助力が必要となります。それだけに難易度も高いです。無理のない範囲でのご志願、ご協力をお願いいたします」
――――と。
ラルさんがそう説明したのと同時に、例のぽーんという音が響いた。
『クエスト【領主依頼クエスト:『森』の中心を目指せ!】が発生しました』
『クエスト【領主依頼クエスト:アリエッタ包囲網】が発生しました』
『注意:こちらはこの場にいる全ての方に与えられたクエストです』
『強制ではありません』
『クエストを行なわなくても罰則はありません』
『なお、これ以前に【領主依頼クエスト】を受けたことがある方々については、これをもちまして、守秘義務の条件が一部解除となります』
『『けいじばん』で町長に関する話をすることが可能となります』
『再度注意:解除となった情報は『ラルフリーダ』の存在に関する情報のみ、です。それ以上に深い情報に関しては、引き続き取り扱いに気を付けてください』
おおっ!
新しい『領主依頼クエスト』だな。
『森』の中心というか、これって、どうやら『千年樹』までたどり着け、って話のようだな。
それだけに、難易度もかなり難しいと補足されているし。
うん。
ノーヴェルさんたちでも厳しいってことだから、俺たちテスターだけだと正直、今の時点ではどうしようもないクエストっぽくはあるよな。
その分、『自警団』所属のNPCさんとかも協力してくれるみたいだけどな。
「『アリエッタ包囲網』か。これ、例の探し人クエストのランクアップ版だな?」
「そうですね、ビリーさん。俺の方でも、元のクエストがこっちに吸収されたみたいですし」
「あっ、やっぱり、セージュも『領主依頼クエスト』は持ってたんだ?」
「はい、ヤマゾエさんも、ですね?」
「まあな。『秘密系』の多くは、そっち系だと思うぞ?」
『探し人、アリエッタ』のクエストが消えて、この『包囲網』だけが残った。
どうやら、ラルさんも本腰を入れて、アリエッタさんの捜索を行なうってことのようだ。
「それにしても、ラル様も随分と思い切ったものだな。我らとて、現状では『セントリーフ』に踏み込むのは控えていたというのにな」
「おい、マーク。その『セントリーフ』ってのは、今のとこよりも強ぇやつがいるのかよ?」
「無論だ、十兵衛よ。『セントリーフ』に比べれば、我らが護る場所など、ただの遊び場に過ぎぬよ。文字通り、レベルが違うぞ?」
「ははっ! そりゃあいいなぁ!」
楽しみだぜ、と嗤う十兵衛さん。
いや、その表情がすごく剣呑なんだが。
どうやら、このクエスト、十兵衛さんの闘志に火をつけてしまったようだ。
どうやら、次の目標は『千年樹』を目指す、ってことで決まりのようだ。
うん、面白くなってきたな。
何とか、残りのテスター期間で、その『千年樹』の元までたどり着きたいものだ。
辺りのざわめきが冷めやらぬ中。
そんなことを考える俺なのだった。




