第280話 町長さん登場
その瞬間は突然訪れた。
まず動いたのは、その場で踊り続けていたケイゾウさんたちコッコさんの群れだ。
『コケッ――――――!』
鳴動が辺りに響き渡る。
一瞬、何が起こったのかわからずに、辺りをきょろきょろと見回す人々の群れをよそに、まずコッコさんたちが、次いで、周囲で踊っていた鳥モンさんたちが。
とある一点を目がけて、頭を下げて、姿勢を落とすのが見えた。
まるで鳥さんたちが拝礼をしているかのように。
まさしく、一糸乱れぬその動きには、何者かに対する絶大な敬意が見て取れる。
とはいえ。
俺や、俺の周囲にいる一部のテスターさんたちは、何となく状況がわかっているから、これから何が起こるのかについて、それほど戸惑いを覚えることはない。
周囲を見やると、町の住人でもびっくりしている人と落ち着いている人にはっきりと分かれているのがわかった。
どちらかと言えば、年嵩の人やそれなりの立場にある人たちは冷静のままで、子供たちの多くは『どうしたの、鳥さん?』的な感じでびっくりしている様子だ。
どうやら、町の中の人でも、それぞれでどこまで近いかについて、差があることは間違いないらしい。
――――と。
「楽しい踊りの場に、私も加わることを許してくださいね」
そう。
ラルフリーダさんの声が響いたかと思うと。
まさしく、突然。
先程までコッコさんたちが踊りを踊っていた区画に、突然。
大きな銀狼とその背に横座りをした女性が姿を現した。
もちろん、クリシュナさんとラルフリーダさんなんだけどさ。
そして、この場にやってくるのも事前に聞いていたし、そろそろかな? という意味では予測もついたんだけどさ。
なに、この登場シーンは。
俺自身も思わず、『うわっ!?』って、声をあげてしまったぞ?
え? 何これ、瞬間移動? 転移?
本当に何もないところから突然ふたりが現れたぞ。
例の結界内と出入りするための靄もなかったしな。
さすがにこれはちょっとびっくりした。
そして、登場の仕方もさることながら。
「……何か、すごい絵になるよな」
銀の狼の背に乗った美女ひとり。
光こそ放っていないが、神々しい雰囲気を漂わせて、ただ顔には笑みを浮かべて。
それらを取り巻くように、周囲に散った大小さまざまな鳥モンさんたちが、そろって頭を垂れている光景。
いや、本当にすごいな。
今の瞬間だったら、ラルフリーダさんが神様だって言われたら、普通に信じられそうだものな。
さっきまで少し酔っていたはずの人々も、すっかりと酔いが覚めたような顔をして、神妙な面持ちでラルフリーダさんたちの方を見つめているし。
状況がつかめていなかったテスターさんの多くも、辺りの雰囲気に飲まれて、沈黙を保っているしな。
…………いや。
今、テツロウさんがラルさんに向かって口笛を吹いたか?
あの人、いい意味で心臓だなあ。
俺も前に見ただけだけど、本気モードのラルさん相手でも態度が変わらない辺り、大したもんだと思うよ。
俺みたいな庶民だと、普通にひれ伏したくなる空気を持ってるってのにな。
これが、カリスマってやつなのかな? と思わなくもないし。
少なくとも、向こうでどんな人と会っても、今までそこまでの迫力を感じたことはないな。
――――と。
俺たちの様子に、むしろラルさんの方が戸惑いを覚えたのか。
あるいは、最初からすぐに空気を緩めるつもりだったのか。
「はい。ありがとうございます。ですが、そのぐらいで大丈夫ですよ? 儀式の方を続けてくださいね」
「コケッ!」
辺りを覆っていた神々しい雰囲気が消失した。
まるでさっきまでの空気が気のせいであったかのように、現実感が戻って来て。
一方のコッコさんたちも、ケイゾウさんが頷くのに合わせて、またそれぞれが鳴きはじめて。
そして、何事もなかったかのように、また元の位置へと戻っては踊りを再開していく。
気が付くと、他の鳥モンたちにより、『鳴動音楽』が鳴り響いて。
お祭りの活気が戻っていくのを肌で感じた。
その段になって、ようやく、周囲からも『ふぅ』という溜め息が漏れるのが聞こえた。
「……すごいですね。あの方が町長さんですか?」
「はい、そうです。あ、ハヤベルさんは初めてお会いになりましたか?」
「はい。お綺麗な方ですね。いえ、綺麗なだけではなくて、穏やかな表情の中にも凛としたものを感じました。このような経験は初めてですね」
これがゲームの中とは驚きです、とハヤベルさんが微笑む。
その言葉に他のテスターさんも頷いて。
「いやあ、口調は柔らかいんだが、抗しがたい何かを感じたよな」
「うんうん、静かな太陽って感じ?」
「町長さんもすごいけど、あの狼さんも格好いいな」
「あの狼も『自警団』員のひとりだってさ」
「へえー!? 狼さんも『自警団』に入れるんだね?」
「強そうだな……」
「あ、そういえば、ベニっちもお辞儀してたね?」
『そりゃあ、当然っすよ。今の僕らがラル様に逆らえるはずがないっすよ』
「『ラル様』って言うの?」
「おそらく、名前なども含めて、これからあいさつしてくださるでしょうね」
「うんうん、ちょっと私も楽しみかなー。もしかすると、ラルさん何か企んでるかも知れないしねー」
あれっ?
他のテスターさんだけじゃなくって、ジェムニーさんもいたのか?
ラルさんのあいさつには興味がある、って。
え? ナビさんたちにとっても、か?
企んでるってことは、運営サイドにとってもイレギュラーってことなのだろうか?
いや、今の『お祭り』自体がイレギュラーみたいなもんだろうけど。
「では、あまり儀式の邪魔をするわけには参りませんので、手短ですが、私の方から、この町の現状なども含めまして、簡単にご挨拶とご説明をさせて頂きたいと思います。初めての方も多いかと思いますので、まずは自己紹介をさせて頂きますね。この『オレストの町』の町長をしております、ラルフリーダです」
お、ラルさんのあいさつが始まったな。
横でコッコさんたちは踊ってるけど、それはそれって感じのようだ。
「町長ではありますが、基本的に町の運営には関わっておりません。私のお役目は『魔境』の南側の区画を管理する領主であること。そして、同時にこの町の『結界管理者』であること。それだけですから」
ですから、あまり普段お会いできない方も多いのです、とラルフリーダさんが続ける。
そのことを初めて聞く人も多いようで、周りの聴衆の多くは真剣な表情で、その話に耳を傾けているな。
「さて、この町の現状について、お話する前に、ひとつみなさんに確認したいことがあります。みなさん、胸に手を当てて、考えてみてください」
そう言って。
ラルフリーダさんが数拍の間、沈黙を保った。
何となく、悪事について白状を促す時に似てるなあ、と思いながら待っていると。
ややあって。
その問いが投げかけられた。
「みなさん、どこまで気付いていますか?」




