第279話 農民、テスターたちと相談する
「すみません、ビリーさん、話の途中で」
そうだそうだ、元はと言えば、ビリーさんに話しかけられたことが、この自己紹介祭りの始まりだったんだよな。
それだけ、ビーナスやみかんのインパクトが大きかったせいもあるけど。
慌てて、俺が頭を下げると、ビリーさんも苦笑しつつ。
「いや、むしろ都合がよかった。この場にヤマゾエが駆けつけてくれたからな」
「お待たせー。少しばかり、子供たちを家に送り届けるのに時間がかかってしまってね。ようやく、ここにたどり着けたってわけ。――――で? 俺は来たばかりで状況がよくわかっていないんだけど」
ビリーさんが手招きしてたので来たけど、と笑うのは少し息を切らせている男性だ。
戦士タイプの装備に少し長めの槍を上に掲げているのが印象的だな。
ぴしっとした分け目のある髪型がちょっとだけ違和感があるけど。
何となく、お仕事ができるサラリーマンっぽくも見えなくもないなあ。
そして、槍使い、と。
おまけにフィルさんの弟子でもある、その人はヤマゾエさんだ。
一応、向こうの本名も山添さんなのだとか。
いや、少しはひねろうよ、とは思ったが、それはそれとして、リアルでの職業とかを聞かされて、少し驚いてしまった。
「えっ!? 世界陸上に出ていたんですか!?」
「うん、元ね。今は肩を壊してしまったから、普通のサラリーマンをやってるけどね」
「俺もそれを聞いて、ヤマゾエが槍投げの選手ということを思い出した。まあ、セージュはセージュで、あの『樹農園』の跡取りなんだろ?」
聞けば聞くほど、このテスターには面白い面子が揃っている、とビリーさんが笑う。
どうやら、俺のうちのことはビリーさんも知っていたらしい。
ほんと、親父殿の営業努力ってやつはすごいよなあ。
いや、俺、必ずしも後を継ぐとも限らないんだけどさ。
それはそれとして、そう言うビリーさんもちょっと変わった経歴の人らしくて。
「元はお巡りさんなんですか? ビリーさんって」
「ああ。元警官で、今はサバゲーの主催というか、講師みたいなことをやってるな。そのせいか、初期装備がこの手のものになっていたというわけだ」
なるほどな。
どうやら、サバイバルゲームのプロらしいな。
そっちの世界では知る人ぞ知るって感じらしくて、テツロウさんとも、向こうの世界でも面識があったそうだ。
いや、ファン君とダークネルさんの件もそうだけど、世界って狭いよな。
で、サバゲーの中での肩書が『教官』なので、『けいじばん』でテツロウさんが変な態度を取ってたってわけらしい。
それにしても、サバゲーのプロが『弓兵』か。
まあ、こっちだと、銃自体がないのかもしれないけど。
「ビリーさんは、銃の開発を狙ってたりしますか?」
「いや、それは微妙だと考えている。そもそも、銃の構造自体が簡単に再現できるとは思わないからな。運営サイドで用意してくれるのを気長に待つさ」
ふうん?
ある意味、現実的な判断なんだな。
「そもそも、魔法の存在を考えれば、銃の優位性が必ずしも存在するとは限らないしな。近代兵器としてのサイレンサー付きの銃などがあれば別だが、そのレベルの銃を開発するとなると、素人では不可能だろう」
「そうそう、魔法ね。俺も『槍使い』だから、魔法とかよりも『槍』の系統の方が強いかなって思ってたんだけど、魔法の中でも『槍使い』の能力で補正されるものがあるのな。それを知った時、少しびっくりしたな」
「魔法で、ですか?」
「そうだよ、セージュ。『魔槍具現化』って系統かな? いや、この分類はフィロソフィアさんに聞いたんだけど。『何とかランス』って響きの魔技に関しては、『槍使い』の補正がかかるんだ」
あ! そうか!
ウルルちゃんが使ってた『水槍』だな。
そういえば、あれって、ウルルちゃんも投擲してたもんな。
そっちに関しては、『槍使い』の能力も関係してくるってわけか。
いや、面白いな。
他の迷い人さんたちもそれぞれで、色々と検証してるんだな。
こうやって、情報交換をしている時が一番楽しいかもしれない。
さておき。
また話が逸れたぞ?
「いい加減、話を戻すぞ? そもそも、セージュが悩んでいたのは大量の薬アイテムをどうするかという話だったろう?」
「あ、そうでしたね」
そうそう。
作ったはいいけど、お酒奉納で酔っ払いを量産したみたいな感じになるのはまずいから、どうやって使えばいいのか困っていたのだ。
「先に言っておくが、俺とヤマゾエはどちらも『自警団』に所属している。まあ、ヤマゾエの方がフィロソフィア嬢に弟子入りしているので、深く関わっているがな」
「うん。ビリーさん、俺がやってたクエストにも参加しなかったしね」
「あ! お二人とも『自警団』の方だったんですか」
そうだったのか。
一応、ヤマゾエさんがその存在を『けいじばん』でほめのかしていた『秘密系』のクエストって、『自警団』がらみのものだったのか。
まあ、今となっては何となくわかる。
例の『ノースリーフ』に行っていた『遠征班』。
その帰り道の護衛強化のための施策ってことのようだな。
つまり、ヤマゾエさんたちも。
「そういうこと。俺たちも町長さんとの面識はあるのさ」
「彼女からもセージュたちの話は聞いていたからな。だから、あまり初対面って感じがしなかったんだよ」
なるほどな。
『遠征班の護衛』も『領主依頼クエスト』ってことらしい。
一応、『自警団』に正式に所属することになると、ラルさんの家への出入り『許可』も得られるらしく、二人ともビーナス畑の存在についても知っていたそうだ。
「はは、今日帰ってきたら、畑が更に大きくなっててびっくりしたけどさ。『お祭り』のことは『けいじばん』を見て知ってたけど、あっちは完全にノーマークだったから」
「……なるべく、内密にお願いしますね」
まあ、一応くぎを刺しておくけど、ちょっと無理かなあ。
結局のところ、ラルさん家に出入りできるようになったら、嫌でもビーナス畑が目についちゃうもんな。
そうなると、仮にふたりが約束を守ってくれたとしても、あんまり関係なく、ビーナス畑の存在が浸透してしまいそうだ。
「あまり心配するなよ、セージュ。俺の印象だと、この辺りのテスターでその手の悪さするような輩は皆無だ。もし仮にいたとしても、町長のお膝元で悪さする意味を身をもって知ることになるだろう」
「だろうね。『自警団』の多くは町長さんに心酔してるから、本気で怖いことになるんじゃないかな? ははは、願わくば、そういうことする馬鹿な人がテスターの中から現れないことを祈るよ」
どうやら、ふたりとも何かを見たらしい。
詳しいことは教えてくれなかったけど。
うん。
少なくとも、あの人たちが怖いのは俺もよく知ってる。
「それで薬の奉納に関してだが、無理にあの石に使う必要はないと思うぞ」
「え? と言いますと?」
「いや、だからな。町長への奉納なら、彼女本人に直接渡せばいいだろ。幸いと言うか、ヤマゾエからの情報によれば、もうすぐ、ここに挨拶に来るらしいしな」
「話を聞いてる感じだと、町長さんの能力って、『単体攻撃を範囲攻撃化』することができるって感じだよな? まあ、この場合は攻撃じゃなくて、アイテム使用だけどさ。だったら、本人に使うタイミングも任せた方がロスが少ないんじゃないか、って思っただけだよ」
怒られるかもしれないけどさ、とヤマゾエさんが苦笑する。
頼むだけならただだから、って。
うん。
確かにそういえばそうだよな。
というか、変なものを奉納しまくるより、そっちの方がいい気がしてきたぞ?
「ベニマルくん、どう思う?」
『いいんじゃないすか? ラル様本人はそのぐらいじゃ怒らないと思うっすよ』
他の人がどう思うかは知らないっすけど、とベニマルくん。
まあ、ノーヴェルさんとかは嫌な顔しそうだけど、それはいつものことって言えばいつものことだし。
少なくとも、ヤマゾエさんの話だと、『遠征班』の件がひと段落したので、ラルさん自身も『お祭り』にはやってくるみたいだしな。
そのついでに渡せるものなら、渡しちゃおうか。
ひとまず、ここまでの話を近くで談笑していた調薬班のみんなにも相談する。
調薬班と言っても、今の作業をした、ハヤベルさん、サティ婆さんに俺たちパーティを加えただけだけど。
ヴェルフェンさんは今日は踊り担当だし、ダークネルさんは結局、ファン君たちと一緒になって、あっちで料理班に加わってるし。
「その方がいいと思いますよ」
「そうだねえ。まあ、確かにラルさんの負担も増えるだろうけど、セージュも『お祭り』のために頑張ってるからねえ。ま、少しは骨を折ってくれるんじゃないかい?」
「うん、それでいいよ」
とりあえず、反対意見はなさそうだな。
そして、ビーナスたちからも意見があがる。
「マスター、ノーヴェルさんなら、みかんに説得を任せたら?」
「ぽよっ!」
「あー、そっか。その手で行くか」
十中八九、渋い顔をするであろうノーヴェルさんにはみかんをけしかけて、と。
うん。
これなら何とかなりそうだな。
そんなこんなで。
色々と話し合いをしながら、ラルさんたちがやってくるのに備える俺たちなのだった。




