第278話 農民、弓兵さんたちと出会う
「この持ってきた『薬油』はどうしましょうか?」
元々、いっぺんに使うつもりもなかったけど、どうせラルさんへの奉納になるだろうからって、適量とか無視して、大きめの水樽に入れてきちゃったんだよなあ。
もちろん、種類ごとに分かれてはいるけど。
ただ、今のリクオウさんたちに聞いた話を考慮すると、あまりに量を使いすぎるのは副作用が怖い気がするのだ。
もちろん、薬類に関しては、ラルさんが何とかしてくれる可能性もあるけど、サティ婆さんからもジェムニーさんからも、薬の用法用量については気を付けるように、って言われた以上は、一抹の不安が残るというか。
「なあ、ちょっといいか?」
「あ、はい。ええと……」
俺が周囲に投げかけた問いに対して、言葉を返してくれる人がいた。
というか、初対面の人、だよな?
短髪で整えられた黒髪に、中肉中背の男の人がいつの間にか後ろに立っていたのだ。
少し驚いたのは、その人の服装だな。
戦闘服、というか、向こうで言うところのサバイバルゲームで着るような服装で身を固められていたのだ。
こっちではあんまり見かけない感じの服だから、もしかすると初期装備の一種なのかも知れない。
何となく、ギザギザしたナイフが似合いそうな人だ。
と、俺の戸惑いに気付いたらしく、その男の人が苦笑を浮かべて。
「ああ、そういえば、『けいじばん』以外では初対面だったな。悪い悪い、こっちはたまに遠目で見かけたりしてたから、一方的に知ってる気になってたわ。俺はビリー、人間種の弓兵だ」
「あっ!? ビリーさんでしたか」
それだったら、名前は知ってるな。
確か、『宿屋にお風呂を設置するぞ隊』にも参加してくれてる人だよな。
ヴェルフェンさん主催の通称『お風呂隊』。
いつの間にか、『けいじばん』の『お風呂スレッド』とかで話題になって、じわじわとテスターの間でも隊員を増やしているという特殊部隊である、とか何とか。
まあ、半分冗談はさておき。
ビリーさんはその中でも、ヴェルフェンさんのサポートとかをしつつ、宿屋の建設とかでも実務側から手伝ってくれている人で、とっても頼りのなる人らしい。
そっちは、ヴェルフェンさん情報でも耳にしたぞ。
確かに、会った印象としても、落ち着いた大人の男性って感じの風格もあるな。
それに、身体も鍛えているって感じだし。
いや、それはゲームの中で調整してる可能性もあるけどな。
あー、でも、チュートリアルの話だと、顔とかいじれるけど、身体をムキムキにするとかってできたっけ?
何か、そっちはダメだった気がするんだが。
まあ、見た目だけかっこよくしても、身体能力があがるわけじゃないけどさ。
「初めまして、セージュです」
「ああ、それは知ってる。他の連中からもよく話は聞くからな」
そっちがルーガで、そっちがなっちゃんだろ? とビリーさんが笑顔で示してくれた。
どうやら、俺と一緒に行動しているNPCって意味で、ルーガたちも有名になってしまっているみたいだな。
まあ、そんなこんなで、この場がちょっとした自己紹介の場になってしまった。
そもそも、ビリーさんだけじゃなくって、他のテスターさんたちにとっても、ビーナスやみかんの存在は一際目を引くものだったようだ。
まあ、それはそうだよな。
カールクン三号さんの背中に乗ってる、普通とちょっと違う肌が緑色をした女の子と、抱き枕みたいになってるでっかいみかん。
たぶん、俺もいきなりそんな存在と遭遇したら、びっくりして二度見するだろうしな。
なので、ちょうどいい機会でもあったので、俺のパーティメンバーだと紹介する。
本当はラルフリーダさんから一言あってからの方が良かったのだろうけど、この場の雰囲気を落ち着かせる意味でも、紹介するのは避けられそうになかったし。
ていうか、テツロウさん、何気に酒癖少し悪いぞ?
紹介の途中で、みかんに抱き付いてはビーナスから『つるの鞭』で制裁を受けてるし。
いや、『ご褒美です』とか言わないでくれよなあ。
さすがにビーナスもちょっと引いてるぞ?
「えっ!? ってことはビーナスちゃんのペットなの? このみかんちゃん?」
「ぽよっ♪」
「ええ、そうよ。わたしがみかんのマスターよ。で、わたしはマスターの従僕なの」
「にゃにゃ、セージュにゃん。その年でその趣味はどうかと思うのにゃ」
「いや、ちょっと待ってくださいよ!? ヴェルフェンさん、かなり人聞きが悪いですよ!?」
「いやあ、すごいなあ、セージュ。まさか女王様を下僕にするとはな」
「だ、か、ら! テツロウさんまで変なこと言わないでくださいよっ!」
「大丈夫ですよ、私はセージュさんのことを信じてますよ?」
「とか何とか言ってるハヤベルさんも疑問形になってるよねえ」
あれえ?
おかしいなあ?
この場を収めるために、ビーナスたちを紹介したつもりが、何だか余計に収拾がつかなくなってきたような……。
てか、『下僕』うんぬんはステータスで勝手にそうなっただけだっての!
最初から、俺からそういうことをビーナスに求めたことはないって!
……まあ、周りの人たちもからかって言ってるんだろうけど。
ともあれ、幸いという点で言えば、ビリーさんの他にも、『けいじばん』で名前だけ知っていた人たちとあいさつすることができたことだろうか。
この、収拾がつかなくなったごたごたの間にも、バードマンさんやペントラゴンさんたち妖精種のテスターさんや、鳥人種のツグミさん、それに『魔法屋』探しをしているメイアさんたちにも出会うことができたし。
妖精種はテスターさんといえども、やっぱりサイズが一回り小さいのな?
門番のマーティンさんを見ていたから、そこまで驚かないけど、これはこれでちょっと迷い人としてはハンデがありそうだよな。
「空を自由に飛びたいって夢が叶ったから、それだけでも十分嬉しいさ」
「自由に、というのであれば、もっと修練が必要であるがな」
なるほどな。
ウルルちゃんとかも『浮遊』であっさり空を飛んでいるように見えるけど、実のところ、この『飛ぶ』という行為はスキルがあってもかなり難しいそうなのだ。
普段は使わないような身体の動きを意識しないといけないとか何とか。
もしかして、あれかな?
耳を動かしたりするのに近いのかな?
あれも、できる人はできるって話だし。
いや、俺は無理だけど。
まあ、どう考えても、身体の大きさに対して、支える羽根が小さいから、結局はよくわからないスキルの力に頼る必要はあるんだろうけど。
飛んだあとの方向転換とかのコントロールは、やっぱり当人の努力が必要なのだとか。
「そう考えると、みかんってすごいですよね」
「そうだね。いや、羽根もないのにどうやって飛んでるのかな、あれ?」
「ぽよっ――――♪」
「それにしても、『みかん』が名前であるか。もし本物のみかんがこの世界にもあれば、少し紛らわしいことになるのでは、とそれがしも愚考するが?」
「まあ、名付けたのはビーナスですから」
「ちょっと、マスター! 最初にみかんって言ったのはマスターでしょ!?」
俺が知りません、って明後日の方向を向こうとしたら、少し離れた場所から、ビーナスの突っ込みが入ってしまった。
いや、まあ、別に細かいことはいいんだって。
もうステータスも『みかん』になっちゃったんだし。
あ、そういえば。
「ステータスの名前って、後から変更可能なんですかね?」
ふとそんなことを考える。
いや、ゲームだとリネームってのはそんな難しくないと思うんだが。
そもそも、サティ婆さんだって、大きな声では言えないけど、真名が元のものと変わってしまっているんだろ?
だったら、変更も可能だと思うんだが。
さすがにこの場で、横で談笑しているサティ婆さんに聞くわけにもいかないので、そっちは後回しなんだが。
ちなみに、他のテスターさんたちによると。
「チュートリアルでのナビさんの話だと、一度定まった真名を変えることはできないって話だったぜ?」
「職業選択の自由はあるみたいだけどな」
「そういえば、種族はどうなのかしら?」
「そっちも難しいって話じゃなかったか?」
「だから、最初の選択は慎重にやりなさい、って言われたぞ? 俺はな」
「いや、俺、その手の説明は一切受けませんでしたよ?」
「どうやら、チュートリアルを担当したナビさんによって、教え方がまちまちみたいだな」
あれ?
これだと、何が正しいのかよくわからないよなあ。
少なくとも、ハイネによるチュートリアルが胡散臭いのはよくわかった。
あの狐っ娘、本気で適当にやってたみたいだな?
未だに、一国の王妃やってるってのが信じられないぞ。
それにしても、だ。
コッコさんや町の人たちが踊っている横で、妙な盛り上がりを見せている一団になってしまったよな。
てか、これって何の話だったんだっけ?
ふと我に返って、周りを見渡す俺なのだった。




