第276話 農民、調合作業を終わらせる
「お……終わった……」
「さすがに、この量は私も疲れましたね」
「まあねえ、何だかんだ言っても、『調合』にも魔力とかも使うからねえ」
「ふぅ、あー、お水美味しい」
『ビーナスさん、この辺にかければいいんすか?』
「そうそう、足の方にかけて。ふふ、やっぱり、この水美味しいわね」
「きゅいきゅい♪」
「ぽよっ♪」
何とかかんとか、みんなで頑張った結果、けっこうな時間がかかったけれど、かき集めた材料を使った分の薬の『調合』を終わらせることができた。
残念ながら、サティ婆さんから『深淵の水』については、前にもらった分以上は分けてもらえなかったので、『深淵の薬油』を作ることはできなかったけど、それとは別に、『レランジュの実』を使った調薬レシピを増やすことができたので、結果としてはまずまずというところだろう。
まあ、失敗作もそれなりだったし、失敗ではないけど、『毒薬』みたいなものもいくつかできてしまったんだけどな。
それはそれ、だ。
『お腹が膨れる水』を使う場合の『薬油』の基本レシピも含めて、ざっくりと説明していくと。
『傷薬(丸薬)』+『お腹が膨れる水』+『ぷちラビットの脂』=『薬油』or『微魔法傷薬』or『ぷちラビットの軟膏』or『謎のスープ(失敗)』
『薬水』+『お腹が膨れる水』+『ぷちラビットの脂』=『薬油』or『微魔法傷薬』or『魔法脂』or『謎のスープ(失敗)』
今まで俺たちが作った丸薬の傷薬をベースに、『お腹が膨れる水』と『ぷちラビットの脂』を加えて『調合』すると、『薬油』ができあがるのだ。
丸薬を溶かした『薬水』の方でも可。
ただし、分量というか、その調合比率はシビアなので、ハヤベルさんやサティ婆さんが見つけた、それぞれの調合比率に合わせないとうまく行かないそうだ。
少なくとも、現時点で確認できただけでも、数種類の別のアイテムが完成してしまったしな。
水が多すぎると、前に俺が作った『微魔法傷薬』に。
脂が多すぎると、『軟膏系』の薬になるみたいだ。
あとは、『味は一切保証しません』という感じの『謎のスープ』なんかもできてしまった。
これも一応は失敗扱いらしいんだが、本当に『調合』が失敗した場合は、『ごみ』や『産業廃棄物』といった感じの、本当に意味でのごみアイテムになったりもする。
そっちは種類が多すぎるので割愛している。
なお、『薬油』の調合比率に関しては、俺もハヤベルさんから教わっていない。
実は、ハヤベルさんは教えてくれようとしてくれたんだけど、横からサティ婆さんの待ったがかかってしまったのだ。
組み合わせを教えるまではいいけど、比率に関してはそれぞれの薬師が受け持つべき部分だから教えてはいけない、って。
まあ、要は自分で頑張れってことらしいな。
傷薬を作る『調合』での失敗はほとんどなかったけど、難易度の高い『調合』を行なうときは、普通に失敗作やごみアイテムができてしまうってことがわかっただけでもいい勉強になったと思う。
そして、『レランジュの実』を使って行なった分の『調合』がこんな感じになる。
『レランジュの実』+『パクレト草』=『レランジュジュース』
『レランジュの実』+『ミュゲの実』=『さわやかジュース』
『レランジュの実』+『お腹が膨れる水』=『飲みやすいレランジュジュース』
『レランジュの実』+『ぷちラビットの脂』=『レランジュ風味の軟膏』or『謎の果汁(失敗)』
『レランジュの実』+『お腹が膨れる水』+『ぷちラビットの脂』=『魔法薬油』or『薬油』or『魔法傷薬』or『ぷちラビットの軟膏』or『レランジュ風味の軟膏』or『謎のスープ(失敗)』or『???(目利き不能)』
『レランジュの実』+『薬油』=『魔法薬油』or『薬油(レランジュ風味)』or『レランジュジュース』
いわゆる、『果汁系』のアイテムが多いな。
とりあえず、レランジュの実を搾って、その果汁を調合に使うと、薬効のあるジュースにできるようだ。
絞ったあとの果肉とかも『調合』に使えそうなんだけどな。
今日のところは、果汁系を中心に作業をしていた結果、他の素材が足りなくなってしまったので、そっちは今後の課題だな。
焼いたら普通に食べられそうなので、案外、今日の食卓にのぼるかも知れない。
――――で。
問題は、『果汁系』以外の『調合』に関して、だな。
簡単に言うと、『レランジュの実』に『薬油』、あるいは『薬油』の材料を『調合』すると『魔法薬油』を精製することができる、と。
ちなみに、昨日作った分の『魔法回復薬』は、ほとんどがビーナスの『苔』が素材に含まれたレシピになっていたのだ。
あ、今はないけど、なっちゃんの『ナルシスの花』を使っても可能だな。
そっちは花びら一枚の効能が高いので、『薬水』に溶かすと量のかさ増しができたりするので、かなり利便性が高い。
ただ、なっちゃんの背中の新しい花は、ようやく小さなつぼみができ始めたばかりなので、量を増やすのはちょっと難しそうだ。
あんまり、なっちゃんに負担をかけたくないしな。
マスコットキャラとして、それだけでも十分に存在感があるし。
……って、大分話が逸れてきているので、元に戻すと。
『マンドラゴラの苔』と『薬油』を『調合』することで、ようやく生み出せていた『魔法回復薬』。
その道筋に、別のルートが見つかったわけだ。
『レランジュの実』の方は、ビーナスの『苔』に比べると、配合が少し難しくて、ちょうどいい比率を見出すのに、かなりの実を消費してしまった。
しかしながら、それに似合うだけの成果は出た。
これで『レランジュの実』を使ったレシピでの生産も可能になるだろう。
実はこの発見がかなり大きいのだ。
『マンドラゴラの苔』の場合、ビーナスが生やさないと、そもそも『苔』が生産されない。
にも関わらず、もし、『マンドラゴラの苔』以外で『魔法回復薬』を生み出すのが難しいとなるとどうなるか?
うん。
考えただけでも、面倒くさいことになりそうだ。
さすがに、これについては、ビーナスの存在を公表したあとでも、情報公開が厳しいからなあ。
となると、俺が他のテスターさんから恨まれるか、ビーナスがそういう人たちを敵と見なすか。
どっちにせよ、ロクなことにならないのは目に見えているって。
その点、『レランジュの実』は、ラルさんの家の側にある樹がどんどん育ててくれる――――正確には、ラルさんの支配地での成長促進効果、だな。それがあるので、自然と一定数の確保が可能となる。
きっかけはみかんだけど、あの樹は別にみかんの支配からは離れているので、もうこの町の樹ってことになるだろう。
あとは、そっちを上手に流通させれば問題なし、ってな。
という感じで、色々考えた結果、『レランジュの実』に関しては、『魔法薬油』の作り方を探すのを優先させてもらった。
ビーナスの『苔』との組み合わせも面白そうなので試してみたかったけど、そっちを使うレシピだと本末転倒だからな。
これも今後の課題だな。
それはそれとして、『マンドラゴラの苔』+『お腹が膨れる水』って、レシピで『魔法回復薬』を作ってもいるけどな。
何だかんだで、ビーナスも自分の『苔』で薬を作ってくれたし。
「ベニマルくん、今日のところは、小分けしなくてもいいよね?」
『そうっすね。ラルさまへの奉納っすから、この水樽のままでいいと思うっすよ』
「ふふ、セージュたちもようやくそこに気付いたかい。薬に関しては、それぞれ入れ物の問題があるからねえ」
「適量の器を用意しないといけないんですよね?」
「そういうことさ、ハヤベル。まあ、大きめの器に入れて、必要量だけちびちび飲むって方法もあるけどね」
飲み過ぎると具合が悪くなったりするから、それも善し悪しなんだけど、とサティ婆さんが苦笑する。
てか、サティ婆さんってば、俺たちが気付くのを待ってたらしいな。
いや、錬金術師の工房系のゲームだと、この世界の『簡易調合』みたいな感じで器も自動的にできてた気がしたんだけど。
待てよ?
最近のは、器の素材も必要だったっけ?
だとすると、液体の薬を作るのって、実は大変だよなあ。
まあ、今日の作業も大変ではあったけど。
そのおかげで、俺も無事に『調合』のスキルを得ることができた。
そして、『調合』のスキルを得たことによって、職業に『薬師見習い』が追加されたのだ。
そもそも、『調合』がないと、見習い扱いすらされないってことらしい。
これで職業も三つ目か。
『農民』兼『鍛冶師見習い』兼『薬師見習い』、と。
何だか、自分でもどこに向かってるのか分からなくなって来たけど。
これはこれでありかなあ、と内心笑う。
そんなこんなで、薬の準備を済ませて。
俺たちは、再び催しの会場へと戻るのだった。




