第274話 農民、サティ婆さんの家に戻る
「おや、セージュや。戻ったかい」
「お待ちしてましたよ、セージュさん」
「はい、ただいま戻りました。って、あれ……? もしかして、サティ婆さんも『調合』をしているんですか?」
「ふふ、そうだよ。この魔法水のチェックも兼ねてね」
「セージュさんが素材採取に行かれている間に、ジェムニーさんが残りの分の『お腹が膨れる水』を持ってきてくださったんですよ」
ほら、とハヤベルさんが示してくれたのは、『水』が入った大量のペットボトルだった。
いや、改めて見ると、すごい量だな。
ちょっとした量販店のミネラルウォーター売り場みたいだぞ?
というか、ファンタジー風味のゲーム世界で、これだけの数、ペットボトルが並んでいるのを見ると、今自分がどこにいるのかわからなくなってくるよな。
というか、だ。
こっちの世界に、そもそもペットボトルってあるのかね?
確かに見た感じはそこまで技術力が高そうには見えないけど、ペルーラさんたちドワーフの例もあるし、魔道具とかを見ると、ちょっとした電子機器ぐらいの性能を保持しているから、必ずしも遅れているとも限らないんだよなあ。
もっとも、料理に関しては、間違いなく向こうの方が上だとはわかる。
食文化に関しては、あっちの日本の方がしっかりしてるよな。
いや、日本の食のレベルって、海外から見ても異常って扱いみたいだけどさ。
日本全国、津々浦々どこに行っても、高レベルの名物料理があるのって、他の国ではちょっとあり得ない光景らしいのだ。
最近、町おこしとかも流行ってるから、それも理由なんだろうけど。
さておき。
約束通り、ジェムニーさんが『水』を納めてくれたようだ。
きちんと伝票っぽいものも一緒にあるし。
「ふうん? マスター、これ全部水なの? だったらわたしもちょっとかけてもいい?」
実はちょっと興味があったのよ、とビーナス。
あ、そういえば、ビーナスには基本、魔道具のジョーロを使ってたから、『お腹が膨れる水』を身体にかけたことはなかったよな?
ただ、なっちゃんとか、ベニマルくんとかが、この『水』に対して過剰に反応したのを見て、ビーナスも飲んでみたくなったそうだ。
あー、確かに俺もちょっと興味があるかな。
この水って、植物系の種族にも影響があるのかな、って。
さすがに毒とかじゃないだろうけど。
「あの、サティ婆さん、こっちが俺の仲間でもある魔樹種のビーナスなんですけど、魔法水って植物系の種族が飲んでも問題ありませんかね?」
ビーナスの紹介ついでに、サティ婆さんに尋ねてみた。
更にそのついでに、みかんやら、ベニマルくんやらの紹介もしておいた。
ハヤベルさんとベニマルくんは面識があるけど、サティ婆さんとはお初のはずだったしな。
ラルさんの部下って聞いて、サティ婆さんも納得したようだ。
さすがに、みかんを紹介した時は、ふたりともびっくりしてたけど。
まあ、なあ。
どこからどう見ても、空飛ぶ果物だもんな。
いや、サティ婆さんはむしろ、よく仲間にできたね、って感じのびっくりだったけど。
ここまで他の種族に懐くのはめずらしい、ってことらしいし。
『精霊種』以外、ってのはきれいにぼかしてたけどさ。
「そうだねえ。魔法水の種類にもよるだろうけどね。おそらく、この『水』だったら、魔樹種でも大丈夫だと思うよ? そもそも、セージュ、あんたにもらった『苔』だけどさ、この『苔』とこの『水』との相性も悪くなかったしね。もし、まずければ、『調合』の時に反応していたはずさね」
あっ、なるほどな。
そういう判断の仕方もあるのか。
『マンドラゴラの苔』と『お腹が膨れる水』で反発などが起これば、相性問題から警戒した方がいいって組み合わせになるみたいだけど、今回は特に問題なかった、と。
「あの……ビーナスさん、あなたがこの『苔』と生み出したのですか?」
「ええ、そうよ。マスターに頼まれたから特別に分けてるけど、本当はこの子たちはわたしの眷属なの。だから、大事に扱ってちょうだい」
「はい、わかりました。あの……セージュさん、ビーナスさんと『苔』との関係についてはもしかして……?」
「一応、ここだけの話ってことでお願いします、ハヤベルさん」
『そうっすね。ビーナスさんもラル様の保護下にあるっすから、もし、誰かが悪意を持って何かしようとしたら、間違いなく、ラル様が怒るっすよ?』
「ふふ、そうだねえ。もしそんなことになったら、間違いなく、この町にはいられなくなるだろうねえ」
「そうでしたか」
ベニマルくんとサティ婆さんの言葉に神妙に頷くハヤベルさん。
何だかんだで、この町のトップはラルフリーダさんだからなあ。
そして、当のラルさんはと言えば、ビーナスのことを可愛がってるし。
いつの間にか、畑が広がってきていることからもそのことはよくわかる。
それにビーナスって、ノーヴェルさんやフィルさんたちからも認められているから、実のところ、ラルさん親衛隊の一員っぽくなりつつあるんだよな。
俺は仮のマスターって感じで。
まあ、そこまで大事にしてもらえると、俺としても助かる。
『苔』を自在に育てられるってのは、かなりのアドバンテージになる反面、それをよく思わない場合、狙われる可能性が出てくるってことだし。
まあ、ビーナスの場合、あっさり殺されるようなタイプじゃないけど、怒って、他の人に対して心を閉ざしても困るしな。
その辺はしっかりと護っていかないといけないのだ。
「心配しなくても大丈夫よ、マスター。『マーキング』の封印も解除されたし、わたしも全力で抵抗するから。今なら『苔弾』もいっぱい作れるしね」
そう言って、不敵に笑うビーナス。
まあ、確かに、ビーナスの『苔弾』って、あの『流血王の鎧』にすら効いたもんな。
ノーヴェルさんも危険と判断して距離を取るってことは、かなりの危険物ってことは間違いないみたいだし。
うん?
あれ? ふと思ったんだが、もしかして、ビーナスの『苔弾』を上手に使えば、ノーヴェルさんとかにも一矢報いることが可能か?
放置されたままの『試練系』のクエストもあるし、その辺は可能性として頭の片隅にでも残しておくことにしよう。
「それよりもマスター! さっさと終わらせて、『お祭り』の方に行きましょうよ。何だかすごく楽しそうだったじゃない!」
「ぽよっ――――♪」
「ああ、そうだな。ごめんごめん」
「ふふ、子供たちも帰って来たし、大分賑やかになってきたようだねえ」
「そうですね。この町にもこんなに子供たちがいたんですね」
感心したようなハヤベルさんの言葉に、そういえば、と思う。
ビーナス畑からサティ婆さんの家に向かう途中で、催しに向かう人たちともすれ違ったんだけど、その中に子供たちの姿もあったのだ。
遠征での疲れも何のその、楽しそうなお祭りがあると知ったら、居てもたってもいられなくなるあたり、こっちの世界の子供たちも、向こうとあまり変わらないってことだろう。
……良かった。
変に冷めた子供たちばっかりじゃなくって。
「ちょっと、マスター!」
「わかったわかった。すぐ、俺も『調合』に取り掛かるよ。ルーガも頼むな」
「うん、もちろんだよ」
「ってか、ビーナスもそこまで急かすなら、手伝ってくれないか? 別に魔樹種って言っても、手が自由なんだから『調合』ができないわけじゃないだろ?」
そもそも、ビーナスの『苔』だしな。
そう、俺が言うと。
「ふふ、そうだねえ。モンスター系の種族でも『薬師』になれないわけじゃないからねえ。ちょっとやってみるかい? あんたには『苔』を分けてもらったお礼もあるから、あたしが教えてあげるよ?」
「ふうん……? まあ、あんまり興味はないけど、マスターが言ってるから教えてもらっても構わないわよ?」
「ふふ、じゃあ、決まりだね。こっちにおいで」
「はいはい、ちょっとマスター、手伝ってよ」
「わかったわかった」
カールクン三号さんから降りちゃうと、ビーナスの機動力が大幅に落ちるからな。
結局、俺が抱っこする羽目になるのだ。
「おやおや……ふふふ、それじゃあ、『調合』に取りかかろうかねえ」
どこか楽しそうな笑みを浮かべるサティ婆さんに促されて。
俺たちは、薬の『調合』に取りかかるのだった。




