第273話 農民、ビーナス畑で採取する
「あっ! そうだ、マスター。ラル様からの許可が下りたわ。わたしとみかんも『お祭り』に参加してもいいんだって」
「ぽよっ♪」
「おっ、それは本当か?」
樹になっているレランジュの実をせっせと収穫していると、横からビーナスがそんなことを話してきた。
ちなみに、樹の上の方に生えている実は、空を飛べるなっちゃんやベニマルくんたちが頑張ってくれて、俺とルーガが手が届く辺りになっている実を収穫。
ビーナスが『苔』を丁寧に採取してくれている。
みかんは、樹を育てるのに力を使ったせいか、ちょうどその場にいたカールクン三号さんの背中で休んでいるな。
ビーナスの話によれば、先程、ラルフリーダさんと町に戻って来た『遠征班』の代表者数名が話をして、今後の町の方針が決まったのだそうだ。
その結果として、ビーナスとみかんも晴れて、町の区画へと行くことが許されたのだとか。
「わたしの場合、足に『豊穣球』を装備した状態でだけどね。ふふ、ラル様ったら、命の危機に瀕したら、能力が暴走するかもって危惧してたから、それでそっちの『三号』が護衛兼移動のお手伝いとして任命されたの」
「そうだったのか」
「クエッ♪」
常にカールクン三号さんに乗って移動すること。
そして、『豊穣球』を肌身離さず持っていること。
それらが、町の区画に入る時、ビーナスに課せられた条件なのだとか。
「いや、そもそも、命の危機に瀕したら暴走するってのは、俺も初耳だぞ?」
「んー、わたしもなってみないとわからないわよ? ラル様の封印がどこまで強力かによるでしょうけど、確かに死に際だとそういうことが起こらないとも限らないし」
今のところはそういうことがないと思うわ、とビーナスが笑う。
てか、あんまり笑い事じゃないんだが。
ともあれ、もしこのままビーナスが成長していけば、少しずつ力も強くなるので、そうなったらどうなるかは不明とのこと。
あー、なるほどな。
そういえば、例の『鎧』との戦闘で、俺たちそれなりにレベルアップしてるからなあ。
まあ、もっとも、レベルこそ上がっても、極端に身体の動きとかが良くなってるって実感もないから、身体のレベルに関しても、どういう理屈になっているかは不明だ。
ちょっとずつタフになってきている気はするか?
少なくとも、魔力量については増えてきている実感があるかな。
作業で土魔法を行使しても、最初の頃に比べると疲労しにくくなってるしな。
ただ、わかりやすく、戦闘力があがっている実感はゼロだ。
いや、魔法が使いやすくなってるってこと自体が、戦闘能力の向上ってことなのかも知れないけどな。
「まあ、しばらくは大丈夫でしょ。少なくとも、わたしとラル様の力の差って、そんなわずかなものじゃないし」
「わかるのか、ビーナス?」
「ええ、何となく、だけどね。まあ、この間のラル様の本気っぽい時を基準にってところだから、あれでも手加減してる可能性もあるわね」
それでも、ビーナス百人分以上は差がある、って。
いや、すごいな、ラルさん。
本当にあの人に護衛っていらないよな。
念のためって意味では、本当に念の入った話だよ。
「そういえば、もう、町の外に行ってた人たちは帰ってきたんだな?」
「ええ、そうみたいね。わたしも、大きな盾を持った人は紹介されたもの」
「大きな盾を持った人?」
「そうよ。男の人ね。確か、冒険者ギルドの偉い人って言ってたかしら?」
へえ、なるほど。
たぶん、ビーナスが言っているその人が、この町の冒険者ギルドのギルマスだな。
確か、ラングレーさんって言ったっけ。
それにしても、大きな盾持ちの戦士か。
「武器とかは持ってなかったのか?」
「そこまでは知らないわよ。あんまり興味なかったし」
「いや、そこは興味を持てよな」
「だって、わたしにとっては、敵か味方がわかればいいもの。ラル様からの紹介なら味方で間違いないでしょ? それで十分よ。盾の話は、どっちかと言えば、マスターが気にするだろうと思ったから伝えただけよ」
面倒を見てくれる人は覚えるけど、とビーナスが肩をすくめる。
「後は、エルフっぽい男の人とか、ラル様と同じドリアードっぽい子とかが一緒だったわね。あー、そうそう、ひとりかなり大柄な人もいたわ。『山』にいる巨人種ほどじゃなかったけど、マスターの倍ぐらいはあったわよ」
「なるほど、巨人種か」
そういう種族はいる、って聞いてたしな。
ただ、俺の倍ぐらいの大きさじゃ、ゲームの世界だとちょっと大柄な人って感じもしないでもないけど。
チョップが得意なプロレスラーの人とか。
いや、あの人よりちょっと大柄なら、十分に巨人か。
「確かに、ラルフリーダさんとかの話を聞く限りだと、この『グリーンリーフ』なら色んな種族がいそうだよな」
困った種族とかの駆け込み寺みたいな場所らしいしな。
そんなことを考えならが、ベニマルくんの方を向くと。
『そうっすね。巨人種の人もいるっすよ? てか、森の中でもけっこう重要な役割を持ってるっす』
「あ、そうなんだ?」
『ふふ、そうっす。何せ、ラル様の樹もそれなりに大きいっすけど、ドリアードの場合、本体がもっともっと大きな人とかもいるわけっすよ。僕らも眷属ってか、下っ端っすけど、そうなると、身の回りのお世話とか、僕らのサイズじゃ難しいんすよ』
「あっ! なるほど。つまり、巨人種が――――」
『そういうことっす。『千年樹』さまを含めて、身の回りのお世話係っすね』
それはびっくりだな。
いや、話を聞けば頷けることだけど。
あれだけの大きな樹だ。
お世話をする人もそれなりに大きくなければならないのだろう。
あ、そういえば、クリシュナさんも元はお世話係って話だよな?
確かにあの大柄な銀狼さんならわかる気がする。
もっとも、それでもあの『千年樹』と比べると、桁違いに小さいけど。
よくよく考えたら、あの樹一本がひとりの人格を持った存在なんだよな?
ドリアードが成長していくと、もの凄いことになるってことだろう。
「この町には巨人種の人っていないのかな?」
『うーん、僕もこの町の中までは詳しく知らないっすからねえ……さっきの冒険者ギルドのマスターって人も会ったことがないっす。ただ、巨人種の場合、『人化』じゃないっすけど、そっちに近いスキルを持ってれば、小さくなれるって話っす』
だから、もうすでに住人の中にいるかも知れないっす、とベニマルくん。
へえ、そうなのか?
どうやら、小さくなっていると普通の人と見分けがつかないらしい。
ひょっとしたら、大柄な人とかがそうなのかもな。
大柄ねえ……。
案外、リクオウさんとかそっち系じゃないのかね?
素手でラージボアをねじ伏せたって話だから、ちょっとしたヘラクレスだもんな。
向こうでの格闘家の経験ってやつはすごいよ、うん。
『あ、セージュさん、大分、上の方の実は取れたっすよ』
「きゅい――――♪」
「ありがとう、ベニマルくん、なっちゃん。俺とルーガも、これで大体は終わりかな」
「うん、ほとんど集め終わったよ」
「マスター、こっちもよ。これだけあれば、十分でしょ?」
「ああ、十分すぎるよ。ビーナス、ありがとうな」
貴重品であるはずの『苔』が大きな袋いっぱいある状態だ。
これで不満なはずがないよな。
さすがに、これだけあれば、今日明日の催しで使う分としては十分すぎるだろ。
「じゃあ、そろそろ、サティ婆さんの家まで戻るか。ビーナスもついて来て大丈夫なんだろ? サティ婆さんに紹介するよ」
「ええ。三号に乗せてもらうわ」
「クエッ♪」
「ぽよっ――――♪」
そう言うが早いか、みかんを抱きかかえるような姿勢で、カールクン三号さんの背に横座りをするビーナス。
何だかんだで、ジャンプぐらいはできるからすごいよな。
意外と器用なのだ。このマンドラゴラさんは。
そんなこんなで、採取を済ませて、サティ婆さんに家へと向かう俺たちなのだった。




