第272話 農民、ビーナス畑の変貌に驚く
「おい、ちょっと待て。俺、さっき頼んだばかりのはずだよな?」
「みかんがなってるね?」
「きゅい――――♪」
『僕は予想してたっすけどね。いやあ、壮観っすね』
所変わって、俺たちがやってきたのはラルフリーダさん家の側にある、例のビーナス畑だ。
一応、ここに来る前に、ハヤベルさんとかも同行可能か、ベニマルくん経由で確認を取ってもらったんだけど、そっちはまだ『許可』が与えられていないのでダメだってことになってしまった。
いや、ハヤベルさんの場合でも、事前に冒険者ギルドやら、師匠であるサティ婆さん経由で訪れるための打診をしてくれれば、条件付きで面会はしてくれるらしいけど。
そういえば、俺も最初はグリゴレさんやら、カミュやらに連れられてって感じだったもんな。
誰か、責任が取れる者と一緒で、かつアポイントメントを取っておけば、取り立てて禁止というわけではないそうだ。
要は、俺とかが持っている『許可』は『フリーパス』って感じの扱いらしいな。
で、今日のところは午前中に、例の遠征班の受け入れとかもあるので、急での予約面会はできないってことだったらしい。
別に、用事があるのはビーナス畑の方だけだったけど、その辺はひとまとめでダメ、と。
というわけで、ハヤベルさんたちには一足先にサティ婆さんの家に戻ってもらった。
俺たちがビーナスから『苔』をもらいに行っている間にも、可能な『調合』に関してはやってもらうことになったのだ。
そんなこんなで、早朝に引き続いて、ビーナス畑を訪れた俺たちだったんだが、ちょっと前に見た光景と畑の様子が一変していて、思わず唖然としてしまった。
「ふふ、マスター、凄いでしょ!」
「ぽよっ――――♪」
俺たちがやってきたのを見て、どこか誇らしげに胸を張るビーナスと、どこか嬉しそうにその周りを飛び回るみかん。
「いや……確かに凄いよな。この樹ってさっきの苗木だろ?」
「ええ、そうよ。もちろん、みかんも頑張ったし、ラル様も手伝ってくれたけど、わたしだって、頑張ったんだから!」
「ぽよっ!」
「ああ。本当に凄いな。ありがとう、ビーナス、みかん」
「ふふん、そう思ってるなら、頭なでてもいいわよ?」
「ぽよっ――――♪」
何というか、ふたりの褒めて褒めてオーラがすごいんだが。
ちなみに、ビーナス語だと『なでていいわよ?』は『なでなさい』の意になる。
なので、感謝をしつつ、ふたりの頭をなでていく。
一瞬、みかんの頭ってどこだろ? とか思いながらも、やっぱり、なでながら思うのは目の前の光景だ。
ビーナス畑の一角に、大きなみかんの樹……レランジュの樹が育っていて、もうすでに枝葉のところには手のひらサイズの実がなっているのだ。
そして、その樹のある畑も含めたかなりの広範囲に生い茂っているのは、ビーナスが眷属として生やした『苔』だ。
というか、前よりも更に畑の面積が広くなってないか?
苔だらけというか、まあ、効能的にはちょっとしたハーブ園だよな。
サティ婆さんやルーガも、ビーナスの『苔』がマジカルハーブの一種だって言ってたし。
いや、苗木がわずか数時間の間で大きな樹に育ったのも驚きなんだが、それだけではなく、朝の時点ではほとんど生えていなかったはずの『苔』をここまでの量を生やしてくれたってことは、ビーナス自身も相当無理をしたはずだろう。
うん。
本当に、ありがとう、としか言えないな。
いつも上から目線というか、偉そうな感じで振舞っているビーナスだけど、根っこの部分はとっても優しいからな。
今日も、催しの件で相談したら、『まあ、できる範囲で手伝ってあげるわ』と言っていてこれだ。
何だか、どんどんビーナスへの貸し分が増えていくばかりで申し訳ないんだが。
俺も一応マスターとして、何かできることがないか考えてはいるんだけどな。
「しっかし、まさか、レランジュの樹まで、この短期間で育てられるとはな……」
「そっちは、ラル様の力とみかんの『栽培』のスキルね。やっぱり、自分と同じ種を育てる方が効率がいいみたい」
「ぽよっ! ぽよっ!」
「ああ、まあ、そうよね。ふふ、わたしもちょっと『栽培』に関しては手伝ったのよ? みかんに負けてられないから、みかんにやりかたを教えてもらってね」
「そうなのか?」
それはすごいな。
どうやら、この樹を育てる経緯で、ビーナスも『栽培』スキルを覚えたらしい。
さすがは植物系のモンスターだな。
「ということは、そのうちにマンドラゴラも育てられるようになるのか?」
「そうだけど……もぅ! マスターったらデリカシーがないわよっ!」
「へっ!?」
何気ない質問をしただけのつもりが、突然、ビーナスがぷりぷりと怒りだしてしまった。
うーん。
相変わらず、ビーナスの沸点がよくわからないな。
そんな感じで俺が悩んでいるのを見て、ビーナスが嘆息する。
前もあったけど、出来の悪い息子を見るような目をしているぞ?
「まあ、マスターだからいいわ。それより、ここになってる実なんだけど、これ、たぶん、わたしとかマスターがみかんからもらった特別な実になってるわね」
「おっ!? そいつは嬉しいな」
朝の時点で俺がビーナスたちに託したのは、『レランジュの苗木』と『精霊樹の森の土』だ。
このふたつを組み合わせて、かつ、ビーナス畑で育ててみれば、もしかしたら面白いことになるんじゃないかって思ってな。
フローラさんの話だと、苗木に関しては『トヴィテスの村』で栽培していた分のレランジュの樹のものだと聞いていたので、難しいかもしれないとは思ったけど、『森の土』とここ、ラルフリーダさん家周辺の特殊環境。
それら全てを組み合わせるとどうなるかな? と考えたんだが。
どうやら、目論見がうまくいったらしい。
「ラルフリーダさんの話だと、この辺の魔素は濃いって話だしな。『小精霊』って要素はよくわからなかったけど、もしかして、と思ったんだよなあ」
「そうね。たぶん、ラル様も手伝ってくれたおかげだと思うけど」
「ぽよぽよっ♪」
「ほら、みかんもびっくりしてるしね」
なるほど。
みかんにとっても、ちょっと驚きの結果だったってことか。
まあ、そうだよな。
『レランジュマスター』だった頃のみかんがあれだけ消耗したうえで生み出された『黄金実の樹』だ。
それと似たような特別な実、ってことは、言うなれば、普通の苗から特別な樹を生やしたってことだし。
みかんとしても、その手段には興味があるのだろう。
出会って以来、一番テンションが高くなってるし。
「あ、そういえば、ルーガも苗木もらえたんでしょ?」
「うん、そうだよ」
「だったら――――」
「あ、ちょっと待ってくれ、ビーナス。ルーガがもらった方の苗木は表の畑の方で育てたいんだが」
「えっ? どうしてよ、マスター? 効果の高い樹が増える方がいいじゃないの」
「いや、例の『黄金実』の方のやつを『調合』する時に、フローラさんから注意もされたんだよ。そっちの実、食べ過ぎるとあんまり良くないらしいんだ」
「へえ、そうなの?」
俺の言葉にびっくりするビーナス。
いや、俺も聞いた時、びっくりしたけど。
フローラさんによると、やっぱり、効果が強い分だけ副作用も大きいらしいのだ。
だからこそ、『精霊樹の森』にある『レランジュの実』については、勝手に取ったり食べたりしないように制限しているらしい。
「ぽよっ――――?」
みかんの場合は、同種だからなのか、いくら食べても問題ないらしい。
その栄養源というか、『小精霊分』というか、まあ、そんな感じのものをしっかりと自分の身体へと吸収することができるから、って。
逆に言うと、俺たちのような他の種族にとっては、少し食べるなら、回復効果なり、身体に活力を与えてくれるけど、多量摂取した場合、吸収しきれない分の要素によって、反動が来るそうだ。
そもそも、果物系の食材として有用ってことでも『レランジュの苗木』をもらってきたわけで、これ、単なる薬の材料ってだけじゃないんだよな。
できれば、普通に食べられる実も欲しいのだ。
「ふうん、なるほどね。そういうことなら仕方ないわね」
「ぽよっ♪」
「きゅい――――♪」
説明を聞いて、ビーナスたちも納得してくれたようだな。
もっとも、みかんにとっては、樹が増えるだけでご機嫌らしく、嬉しそうに飛び回っているけどな。
それになっちゃんも一緒になってるし。
「何にせよ、これで『果汁系』の『調合』もできそうだな」
さっき、ハヤベルさんが奉納した分に入っていた『果汁系』の薬。
『レランジュの実』の果汁を軸とした、『薬油』とは別系統の液体の薬だ。
正直、『調合』に成功したのがひとつだけだったので、今日の催しに間に合わせるのは諦めていたんだが、これだけ実があれば、そっちも色々と試せそうだな。
そう、内心笑みを浮かべながら。
この場で素材を集める俺たちなのだった。




