第271話 農民、ナビさんのもとを訪れる
「ジェムニーさん、今日って、『お腹が膨れる水』を売ってますか?」
まず、俺たちが真っ先に向かったのはジェムニーさんのところだ。
ちょうど、この催しでも『大地の恵み亭』は出張店を構えていたので、ジェムニーさんもそこで普通に売り子をやっていた。
まあ、屋台というより、荷車に料理をセッティングした感じだけどな。
とは言え、さすがというべきか、サティ婆さんの家にもあった、火系統の魔石を使ったような感じの、魔導コンロのようなものはあって、そこでユミナさんの特製スープを温めて提供しているようだな。
あ、いももちもスープの中に入っているのか。
それで一杯500Nで売っている、と。
茹で系いももちだから、時折、別のスタッフが追加の鍋をお店から運んできては、そこに用意されたいももちを投入してできあがりだな。
お手軽だけど、ここ数日で町に広まったせいか、人気も上々のようだな。
というか、ユミナさんとジェムニーさん以外のスタッフなんていつのまに雇ったんだ?
たぶん、お客さんがはけなくなってきたからだろうけど。
さておき。
「あー、セージュいらっしゃいー。うん、もちろん、『お腹が膨れる水』も売ってるよ? こっちは迷い人さんのための物だからね」
「ちなみに、在庫ってどのぐらいあります?」
「んー? もしかして、買占めを狙ってるの? ダメだよ、セージュ。他の人のことも考えないとねー」
「いや、まあ、そうなんですけどね。今日はどうしても、この催しで量を使いそうなんですよ」
ジェムニーさんが嗜めてくるのも何のその、だ。
普段なら、当然配慮するけど、今日に関しては少し勘弁してほしいのだ。
というか、催しの規模が完全に想定外だし。
ひとまず、その線でジェムニーさんの説得を開始すると。
「うーん、確かにねー。というか、セージュが変な動きをするから、エヌ様も面白がってるんだよー? うん……まあ、確かにそういう意味ではご褒美って形もありなのかなあ? お願いだから、レイさんには内緒にしてよね? 『けいじばん』に吹き込んだ内容だったら、全部のスレッド目を通してるから、レイさん」
だから、絶対に『けいじばん』で触れちゃダメだよっ! とジェムニーさんが何度も念を押してきた。
いや、もちろん、そのつもりだけど。
正直、この『お腹が膨れる水』、便利すぎるんだよな。
量を確保するのとしないのとでは全然やれることが違ってくるのだ。
横を飛んでるベニマルくんも聞いてないふりをしながらも、興味津々という感じだし。
「まあ、在庫っていうか、必要量を言ってくれれば、ちょっとの時間で用意できるよー? もちろん、この辺の区画の魔素が極限まで低くなるほどってなるとまずいけど、この辺って、一応『グリーンリーフ』だからねー。元々周辺魔素は濃い方だし、条件さえ整えば、かなりの量を作れると思うよ?」
もちろん、何万個分となると無理だけど、とジェムニーさんが苦笑する。
いや、裏を返せば、数千個なら可能ってことか?
想像していたよりも遥かに量が多くてびっくりなんだが。
「ちなみに予算はー?」
「ひとまず、これの分でどうです?」
俺が取り出したのは、昨日までの売り上げ金の入った袋だ。
その袋に金貨がいっぱい入っていることにジェムニーさんが呆れて。
「ちょっとちょっと、もうこんなに稼いだの? さすがに今のお買い得価格だとまずいことになっちゃうじゃない……もー。まあ、今日はさっきも言ったけど、ご褒美ってことで特別だよ? ただし、セージュは明日以降はちょっと制約を付けさせてもらうからねー」
「制約、ですか?」
うわ、ちょっとやり過ぎたか?
いや、そもそも、今の調子で畑を活用していくと、こっちの世界の経済への影響がひどいとか何とか。
「まったく……本来、『グリーンリーフ』って内部で完結してるから問題がないだけなんだからねー。もし、外に流通させたら、簡単に他の地方の農業が破綻しちゃうんだから。って、これ以上言うと、エヌさま批判になるから言わないけど。とにかく、セージュには『お腹が膨れる水』を買う時に制約ねー。水は同じ値段で売ってあげるから、その器については自分で用意することー! それが制約だよ」
「えっ!? 器を作るのが制約ですか!?」
一瞬、何のこっちゃ? と思ったけど、よくよく考えるとこの制約がかなり厳しいものだってことに気付く。
今の『お腹が膨れる水』の容器……このペットボトルはジェムニーさんが魔素変換で生み出しているものなんだよな?
ということは、それ自体がいかさまってことだ。
その部分のずるに関して解除される、と。
「ただ、これ、意地悪だけで言ってるわけじゃないからね? 今のセージュたちって、『薬油』も作れるようになってるじゃない? そっちって、容器作りが必須だからねー。今はまだ作った量が少ない上に、サティトさんもフォローしてくれてるから、器があるけど、今後はそういうわけにはいかないからねー」
きちんとそっちも手を抜かずに頑張ってねー、とジェムニーさん。
あー、なるほどな。
そっちも当たり前の話だったな。
ポーションは液体である以上は器は必須だよなあ。
というか、さっきの奉納でまいた分の空のビンが普通に手元にあるし。
その時点で気付けって話だよな。
横でハヤベルさんも納得したように、ポンと手を打ってるし。
「そうですよね。確かに器も用意しないといけませんよね」
「うんー。まだここにいる三人――――セージュとルーガとハヤベルね、三人とも職業のあるなしはあるけど、まだ『薬師』に関しては、『見習い』だよね? だから、一部の物品に関しては、サティトさんから手伝ってくれてるってのがあるの」
「そうだったんですか」
「うん、そうだったんだよー。まあ、いきなりガラス器ってなると難易度が高いからね。別に、水を入れられるものだったら、何でもいいよ」
「何でも、ですか?」
あれ?
ということは、もしかして?
「ジェムニーさん、もしかして、市販の水筒でもいいってことですか?」
「あっ……!? う、うん、それでも大丈夫になっちゃうねー」
おい。
あっ!? って何だよ?
あからさまに、そっちは気付いてなかったよ、って感じにうろたえるのを隠そうとするジェムニーさんだ。
そうだよな。
別に、ものが『水』ってことは、『精霊の森』への小旅行のために用意した水筒やら水袋系のアイテムでオッケーって話だものな、これって。
「でも、可能なら、一回分の使用量ごとに器を用意した方がいいと思うよ? 一定量までなら誤差の範囲で済むけど、薬の、特に『薬油』のたぐいなら、過剰摂取で身体にダメージが来ることもあるからね」
「えっ!? そうなんですか!?」
「そりゃあね、薬なんだから当然でしょ? 用法用量を守らないと副作用で身体に害を与えるってのは当然のことだよ?」
取扱い注意のものなんだから、とジェムニーさんが含み笑いをする。
うーん。
やっぱり一筋縄じゃいかないなあ、これ。
とにかく、水筒に『薬油』を入れるのはNGってことか。
焦っている時に、適量だけかけるなんてできないしなあ。
ただし、だ。
「結局のところ、水樽とか用意すれば、『お腹が膨れる水』に関しては問題ないってことですよね?」
「うん、そうなるね……おっかしいなあ、ここは何らかの素材を使って、器を作ろうって話になるはずだったのに……」
どうやら思惑が外れたらしく、ジェムニーさんがぶつぶつ言ってるぞ?
これじゃ『制約』にならないって。
いや、そう言われても困るんだが。
基本、使えるものは何でも使うが俺のモットーだし。
「まあいいやー。それじゃあ、セージュ、さっきのお金で買えるだけ、だね? ひとまず今ある分は先に渡しておくからー。足りない分は、わたしが作ってからサティトさんのとこに納めるってことでいい?」
「はい、それで大丈夫です」
今から作らないといけないから、というジェムニーさんの言葉に頷いて。
ひとまず、今お店にある分だけ、『お腹が膨れる水』を購入した。
よし!
これで一番の要の素材はゲットできたな。
そんなこんなで、引き続き、その他の素材も集めに行く俺たちなのだった。




