第270話 農民、奉納の効果に驚く
「テツロウさん、それってお酒ですよね?」
「ああ。この町の酒場でも売ってる『アルガス芋のエール』だな」
そういえば、この町にも酒場があったんだものな。
俺、一応、未成年だから、あんまり気にも留めずにいたのだ。
あれ?
そういえば、前にファン君が歌を歌うクエストとかやってたっけ?
今改めて冷静に考えると、俺よりもそっちの方が問題がないか?
中身は小学生なのに、酒場で歌、って。
まあ、その辺はゲームだから、ってことで曖昧にしておくとして。
せっかくなので、テツロウさんが持っているお酒を見せてもらうことにした。
【素材アイテム:素材/食材】アルガス芋のエール
中央大陸では割とよく飲まれているお酒。原料となるアルガス芋の味によって、各地方で風味やコクなどに特色が出てくる。
へえ、アルガス芋から作ったお酒も普通にあるんだな?
まあ、それはそうか。
話を聞く感じだと、そもそもアルガス芋以外でお酒になりそうな原料がなさそうだもんな。
「芋焼酎ってことですか?」
「いや、飲み口はどっちかと言えば、ビールに近いな。『ぬるめのフルーツビール芋風味』って感じだな」
「ねえ、テツロウ君、ぬるいのは単に冷やしてないだけってことでしょ?」
「ふむ、飲めなくはないが……こちらの酒場はあまり酒の種類を置いていないのでな。無理にここで嗜むより、向こうに戻ってからの方が無難だな」
「いや、でも、けっこうするんだぜ? コップ一杯で500Nだ。これ一本だと3,000Nだしな。冒険者の中でも酒好きの連中は、酒を取るか宿を取るかが悩みどころだって言ってたしなあ」
「あ、けっこう高いんですね」
小さめのコップ一杯で一食できる額か。
やっぱり、こっちだとお酒は嗜好品って扱いになるんだろうな。
「ちなみにこの酒って、森の西の方にある隣村で造ってるんだってさ。ただ、ほら、セージュの畑で芋をたくさん作り始めただろ? だから、そっちを流せば、今後はもうちょっと酒の値段を安くできるかも、とは言ってたな」
酒場のおやじさんが、とテツロウさんが続ける。
へえ、それは知らなかった。
自分ではあんまり気にしてなかったけど、芋を増やすのって、そっちの方にも影響があるんだな?
そういうことなら、もっと頑張らないといけないよな、うん。
『そうっすね。お酒を造ってるのは『ウェストリーフ』の方が主流っすね。本当は『セントリーフ』の方でもがっつり関わってるとこがあるんすけど……まあ、そっちはちょっと難しいっすから』
なるほど。
『グリーンリーフ』の中でもお酒を造っている集落もあるのか。
一応、ベニマルくんたちのような鳥モンさんたちが住んでいた場所も集落ってことになるらしいから、きちんとした村や町になっているかは微妙だけど。
うん?
ということは、案外モンスターさんたちがお酒を造ってる可能性もあるのか?
とりあえず、『ウェストリーフ』については覚えておこう。
「ねえ、ベニっち。その『なんとかリーフ』ってのは、森を中心にってこと?」
『そうっす。ちなみにこの町があるのは『サウスリーフ』っすよ』
テツロウさんの問いに、正確には『千年樹』を中心にっすね、と答えるベニマルくん。
あ、ここではレーゼ様とかは言わないんだ?
一応、その辺は線引きがあるようだな。
「へえ、なるほどなあ」
「それで、東の平原が『イーストリーフ平原』なのね」
「確か、ヤマゾエが向かったのが『ノースリーフ』だったな」
みんな感心したようにベニマルくんの言葉に頷いているな。
実際、かなりの物知りキャラだしな。
たぶん、今日の催しで参加者に関してはラルフリーダさんの情報も解禁となるだろうし、そうなれば、テスター同士でも、もっとやりとりができるようになるだろうな。
うん、楽しみだ。
あと、お酒と聞いて、今更ながら気付いたのは。
「お酒も『調合』に使えそうですよね?」
「あー、そうだな。俺はまだ『調合』はノータッチだけど、面白そうじゃね?」
「ですが、薬とお酒ですか……? 個人的にはその組み合わせは少し危ないと思いますよ?」
「えっと……そういうものですか?」
ありゃ。
ちょっといいアイデアだと思ったんだけどなあ。
ハヤベルさんから、ちょっと待ったがかかってしまったぞ?
「どこまで、向こうの薬学や本草学に際しているかによりますね。薬草酒と呼ばれる物は確かにありますが、薬にお酒を混ぜた場合、効能の調整が難しくなると思います。お薬も効きすぎれば毒になりますからね」
「ふむ、薬を酒で飲まないというのは常識だな」
「でもさ、それはそれとして、試しにやってみる分にはいいんじゃね? どうせゲームなんだし、楽しんだもん勝ちだって」
「うん、そうそう。毒草食べても何とかなるしね」
悪乗りふたりがタッグを組んだ!
実はテツロウさんと不眠猫さんって似た者同士だよな?
まあ、言ってることは正論だけどさ。
要するに、失敗することも含めて、薬師修行って考えればいいわけだし。
「……そうですね。もしかすると不味くて飲みにくいお薬が飲みやすくなるかも知れませんね」
「そうそう、ハヤベルさん、あんまり考えすぎない方がいいって」
「テツロウはもう少し考えた方がいいと思うがな」
そんなこんなで、俺たちが少しずれた話で盛り上がっていると。
不意に、ケイゾウさんが乗っていた石を中心に、空中に何やら光の模様のようなものが描かれ始めているのが見えた。
――――って!?
あれって、空に大きな魔法陣ができてるのか?
周囲がざわざわと喧騒に包まれ始めた時。
『あ、あれは大丈夫っすよ。さっきセージュさんたちが使った分の効果が現れただけっすね』
「えっ!? あれがそうなの?」
ベニマルくんの言葉に驚きつつも納得する。
そういえば、さっきアイテムを使ったはいいけど、その効果についてはよくわからなかったんだよな。
別に身体が軽くなったとかそういうわけでもなかったし。
どうやら、ようやくラルさんによる分配が始まったらしい。
光によって描かれていくのは、複雑な紋様を含んだ魔法陣だ。
と言っても、ちょっと変に角度がついているせいか、俺たちからだとよくわからないんだよなあ。
打ち上げ花火を横から見ている感じというか。
いや、どっちかと言えば、絵柄花火を真下から見て変な感じになってるというか。
――――――と。
その光の魔法陣が突然消えたかと思うと、その光の奔流が地面に向かってひらひらと舞い降りてきた。
あっ!? もしかしてこれが回復効果か?
俺たちの身体に降って来た光が触れると同時に、身体へと溶け込んでいって。
「コケッーーーーっ!」
『コケッーーーーーーっ!』
踊っていたコッコさんたちが嬉しそうに叫びながら飛び跳ねている姿が見えた。
心なしか、石の上にいるケイゾウさんも嬉しそうな表情をしているし。
『すごいっすね。僕が思っていた以上に魔力が戻って来たっすよ? セージュさんたちの薬、効果てきめんっすね』
「そういえば、セージュとハヤベルさんって、魔力回復の薬も作れたんだな? そっちに関しては『けいじばん』でも触れられてなかったから知らなかったぜ?」
「すみません、皆さん。私も『けいじばん』に存在だけでも流そうと思ったのですが……魔力回復薬に関しては、まだ削除案件だったようです」
「えっ!? ハヤベルさん、いいの? ってことは私たちに伝えるのもまずくない?」
「ここだけの話、ということでしたら大丈夫だと思いますよ? そもそも、薬を『調合』したのは私ですけど、素材の提供はセージュさんですし、私もセージュさん経由で情報を得ましたから」
もし、サティトさんからの情報でなければ、まずいのであれば、その時点で何らかのペナルティがあったはずです、とハヤベルさんが頷く。
「確かにそうですね」
「てか、セージュ、お前けっこう色々と隠してるのな」
「いや、そういうテツロウさんも。きのこの話はどうなったんです?」
こっちに振られたから、こっちはこっちで聞き返す。
『きのこの妖精』なんて、それはそれでレアクエストの予感がするぞ?
「リディアさんに相談できたんですか? 向こうにいますけど」
「できた。けど、もう少し後にしてくれ、ってさ。どうやら、別の料理系のクエストが動いているらしいな」
「料理系のクエスト、ですか?」
あれ? それってもしかして、ファン君の手料理の件か?
踊りがひと段落したら、ユミナさんたちと料理班を組むとかどうとか。
何だか、あっちもこっちもいそがしそうだなあ。
「ま、だから俺は気長に待つことにするさ。とりあえず、この酒奉納してくるぜ」
「私も私も。果物とかでもいいよね?」
「教会のチーズはどうだ? これはこれで貴重品だそうだ」
「いももちを奉納してみようか」
あれれ。
てか、知ってる人だけじゃなくて、他の近くにいた人たちにも広がってるみたいだぞ? この奉納の流れって。
何となく、食べ物系が増えてるみたいだけど。
「何だか、普通にラルフリーダさんに奉納してる感じになったね?」
「食べ物だとどうなるのかな?」
『そうっすね。それにルーガさんの疑問ももっともっすね。僕もちょっと興味があるっすよ?』
どうやら、細かい部分はベニマルくんも知らないそうだ。
効果を引き上げるってことは、食べ物だと空腹値軽減かね?
まあ、少なくとも、踊りと奉納で適当にバランスが取れて来てるから、これはこれでいいのかも知れないよな。
とりあえず、この場はみんなに任せることにして。
俺たち薬担当は、新しい薬を作るべく、行動を開始するのだった。




